20話 修行の日々
修行の日々が続く。
何日間も、ただ魔力が吹き荒れるのに耐える修行を繰り返し、ようやくアマレットは魔力の循環を加速させた状態でも動けるようになった。
次は、この循環を維持したまま菓子を作る修行だ。
それには安全のため賢者立ち合いの元、王宮の厨房で作ることになった。
体はきつくはあるが、お菓子作り大好きなアマレットのことである、王宮の厨房の設備の整い方には目を輝かせた。
そんなアマレットを見て、屋敷の厨房を大規模に改装するか、などとグランは考えていた。
「カスティーリャ殿、このような状態ではアップルパイより簡便な菓子にした方がいいのではないでしょうか」
辛そうに促迫した呼吸をするアマレットを見て、グランが進言した。パイは手間暇もかかり腕力も必要で作るのが大変だ。度々アマレットの菓子作りを見学していたグランはすでにそう学んでいた。
「じゃが、グラン殿の一番の好物はアップルパイなのであろう? 魔力に適合した食物を偏食するという事は、グラン殿の魔力に最も適合しているのはアップルパイのはずじゃ」
例えアマレットが辛そうであろうとも、民の命がかかっている以上、手を抜くことは許されない。
本日も宰相が同席しており、それだけこの計画の重要度が国にとって高いことを窺わせる。あるいは、監視役か。
まずは簡単な林檎のフィリングの作成のみ練習する。
季節的に林檎が市場に出回り始めたため、タイミング的にはちょうど良かった。
しかし、いつもはスルスルと皮を剥くアマレットがつっかえつっかえとなっている。
「魔力循環の流れを滞りなく決まった速度に制御するのじゃ。そうすると体の動きも楽になるんじゃよ」
横ではカスティーリャがアドバイスをしながら、作業は続いていく。四苦八苦しながら作られた林檎のフィリングは、形こそ不揃いであるものの、甘くねっとりとして味はいい。
久々に口にするアマレットの菓子に、グランはパクパクとつまむ手が止まらない。
「ふむ。魔力の適合は良いようじゃの。これでアマレット嬢の魔力がグラン殿の魔力と適合しなければどうしたものかと思っておったが。二人は相性がいいようじゃ」
その言葉に、グランとアマレットは揃って赤面する。これには老獪なカスティーリャも微笑ましくなってしまった。
その後も、お茶会や夜会の合間合間に修行を続けていった。
途中、アマレットの作る菓子に味見をしたカスティーリャと宰相が魅了されてしまうという事もあったが、無事に修行は終了し、領地へと帰還する準備も進んでいった。
そうして、王都を去る日が迫ったある日のこと。
「アマレット、近々行われるランタン祭りに参加してから帰らないか?」
それは、王都の広場で行われる歴史ある祭りだった。ランタンを夜闇に飛ばし、一年の無病息災を祈る。
貴族は大概、広場に面した屋敷に集まったり、王城で行われる夜会に参加して、バルコニーから空に吸い込まれていくランタンの絶景を眺めるのだ。
「夜会の招待状はすでにある。社交は少し気が重いかもしれないが、バルコニーの特等席も予約したんだ。そこでゆっくりランタンを眺めないか」
グランと一緒に、その素晴らしい光景を眺められたら、どれほど幸せだろう。
アマレットは二つ返事で了承した。
しかしながら。
——わあああ、どうしよう!
屋敷の自室へ戻ったアマレットは、一人頭を抱えていた。
ランタン祭りでは、親しい人と互いにランタンを交換し合う。
恋人や夫婦は赤いランタンを、家族には青いランタンを、友人には黄色いランタンを。
愛しい人に赤いランタンを贈って想いを伝えるのは、この国の伝統のようなものだ。
——黄色のランタンを用意するか、いや、でも、気持ちに嘘はつきたくないし。でもグラン様の負担になっちゃったらどうしよう!
ジタジタバタバタ。悩み深き乙女をほほえましーい顔で見守るモカとアシュレは、当たり前のように赤いランタンの手配を行なった。
翌朝、目の下にクマを作ったアマレットが、こっそり赤いランタンの手配を頼んできたのも、もちろん二人の予想通りなのであった。




