19話 魔術師との会合
お茶会に夜会にと毎日へとへとになりながらも、社交に勤しむ日々を送っていたアマレットは、ついに待ち望んでいた知らせを受けた。
魔力譲渡について相談できる王宮魔術師団顧問との面談である。
その場には宰相まで同席していた。
「お話は伺っております、バクラヴァ伯アマレット様。水竜公の御力に纏わる話とあれば、国の災害対策にも関わる話。国を挙げての協力を協力をいたします。予算もつきますので、必要なものがあればお申し付けください」
宰相の言葉に、アマレットは青くなる。自分のただの思いつきがこんな大ごとになっているとは。
「アマレット様。この国は10〜20年おき程度に大きな嵐に見舞われます。海水温の変動の関係と言われておりますが、今年は特に海水温が高い。杞憂であれば良いのですが、是非ともご協力願いたく」
「そうだったのですね、存じ上げませんでした。前回の大嵐が15年前ですから、あまり時間がないということでしょうか」
「その通りです」
緊張している場合じゃない、とアマレットは気を引き締めた。アマレットが思っていたより、次の水害まであまり時間的な余裕はないのかもしれない。下手をすれば今年にでも大嵐がやって来てしまう。そうなったらグランは、血の薄まりとともに減った力を振るって一人で戦わなければなくなってしまう。
——そんなことには絶対にならないように頑張ろう。
グランは、両親がアマレットに残してくれた遺産を取り戻してくれた、彼らの愛を受け取れるようにしてくれた恩人なのだ。今度はアマレットが恩返しする番だと気合を入れる。
「ほっほっほ。まあそう緊張するでないアマレット嬢」
高名な魔術師であるカスティーリャが鷹揚に笑った。
「魔力は緊張すると流れが悪くなる。魔力の譲渡をするなら、まず自分の魔力を自在に扱えるようにならねばのう。おそらく次の大嵐まであまり時間もないゆえ、少々強引にやらせてもらうぞ」
「いったい何をなさるのですかカスティーリャ様、危険なことがなければ良いのですが」
心配そうにグランが声をかけるが、カスティーリャは飄々とした眼差しのまま取り合わない。
「少々きつくはあるが、危険はない。水竜公、この可愛らしいお嬢さんが心配なのはわかるが、己の本分をわきまえよ。嵐をとどめるに必要なことなれば、多少の無理は通す」
そう言って、カスティーリャはアマレットの額をとん、と突いた。
その瞬間、まさしく大嵐のような何かがアマレットの体内を吹き荒れる。それは心臓の鼓動の度、胸元から血液とともにどくり、どくり、と送り出されて、身の内を焼き尽くすような熱を持って体を巡る。
熱と、吐き気に襲われながら、それが自分の体内を流れる魔力だと自覚した。
ふらつくアマレットを、グランが抱き止める。
「カスティーリャ様! これは本当に安全なのですか?」
「ほっほ。命に別状はないかという意味であれば、安全じゃのう。魔力の循環を加速させただけじゃ」
命に別状はないが、苦しみはあるという意味であろうか。もう止めさせようとするグランに、アマレットは首を横に振って耐える。
「魔力たっぷりのアップルパイ、であったか。アマレット嬢、それを作るなら、今その身の内を吹き荒れる魔力を制御する必要がある。血を媒介にして魔力を譲渡するなら、こんな修行は必要ないがの」
そう言われれば、止めようとしていたグランも引き下がらずを得ない。アマレットの生き血を啜るなど、想像するだに恐ろしく、耐え難いのだから。
その日一日、吹き荒れる魔力を制御する訓練に身を費やした。カスティーリャ曰く、魔力を込めた菓子を作るなら、その吹き荒れる魔力を制御しながら素材に注ぎ込まなければならないのだと言う。
立っているだけで精一杯の現状、本当にそんなことが出来るのかと不安になりながらも、ふらつくアマレットを支えるグランの温もりが、折れそうになるアマレットの心までもを支えていたのであった。




