18話 叔父との面会
魔術師との面会が叶うまで、まだ少し時間がある。
先日のお茶会で、貴族の世界——特に血統主義に改めて触れたアマレットには、少し思うところがあった。
バクラヴァ家の私生児であった叔父は、一体アマレットに何を思っていたのだろうか、と。
王都の貴賓牢に勾留されて、裁判を待つ身である叔父に面会したいと主張するアマレットに、グランは戸惑った。
「面会したとして、決して耳当たりのいい言葉を聞けるとも思えないが」
「それでも、なのです。わがままを言って申し訳ありませんわ、グラン様。それでも私は、叔父に会うべきだと思ったのです」
「そうか、わかった。申請してみよう」
姪であり、横領の被害者でもあるアマレットの面会申請はあっさりと通った。
訪れたそこは、冷たい石造りの建物であった。内部は貴賓牢とは名ばかりの、椅子とベッドだけが置いてある粗末な部屋で、覗き窓には鉄格子が嵌めてある。
かつて伯爵位にあったものが勾留されているにしては、随分とみすぼらしかった。
そこは、あまり尊い血筋ではないけれども、通常の牢に入れるには身分が高い、そんな者を勾留するための場所であった。
拘束されたゴフリーが、面会室まで看守に引っ立てられてきた。
髪はボサボサに荒れ果てて、血走った目だけがぎらぎらと光っている。
かつて綺麗に整えられて、伯爵然としていた姿とは天地の差であった。
「お久しぶりですわ、ゴフリー叔父様」
「何をしにきた! アマレット! 私を笑いに来たのか!」
「いいえ、叔父様、違いますわ」
アマレットは、覚悟を決めて話し出す。人を傷つける言葉を放つ、そのための覚悟だ。
「先日お茶会で言われましたの。直系の私を、妾腹の叔父様が虐げるなど、許されない話だって」
「なんだと、貴様。貴様まで私をそのように愚弄しに来たのか!」
ゴフリーの目が憎しみに燃える。
アマレットはそれに対して首を振った。
「違うのです。私、考えてしまったのです。もし立場が逆で、直系の叔父様が妾腹の私を虐げていたら許されていたのかしら? 叔父様は、そんな冷たい貴族の世界で生きていたのかしら?」
「だったら……だったらなんだ! 哀れみなど受け取らんぞ! 私を哀れんだりしたら、貴様をどんな手を使ってでも殺してやる!」
「違いますわ、叔父様。違うのです。……私、あなたに愛されたかった」
想定外の言葉に、ゴフリーが言葉を失う。
「両親を失って、私は家族の全てを失いましたわ。その頃には祖父母ももう亡くなっていましたし、兄弟姉妹も居ない。叔父様が引き取ってくださると聞いて、寂しさに毎晩枕を濡らしていた幼い私は、飛び跳ねて喜びました。新しい、“かぞく“ができる、って。叔父様と、叔母様と、キャロンと、皆と仲良くして、暖かく暮らそうって」
まだ10歳の幼い少女が、庇護者の愛を求めないわけがない。
愛されたかった、愛されなかった、その思いをアマレットは吐き出す。
「“本当の家族“と言えるものがない冷たい屋敷で暮らすのは、身が凍えるほどの孤独でした。幸い使用人達は優しかったけれど、家族とはまた違いました。ねぇ、叔父様、叔父様もそうだったのかしら?」
「だったら、なんだ。傷の舐め合いなど、ごめんだぞ」
低く唸るように、ゴフリーが言う。
「違いますわ、叔父様。キャロンとクラストのことですわ」
従姉妹のキャロンと、まだ5歳の従兄弟であるクラスト。彼らは紛れもなくゴフリーの子だ。
「彼らにとって、あなたは親なのです。紛れもなく、家族なのです。かつての貴方のような、幼い頃の私のような、身の凍える孤独を味わわせる権利は貴方にはありませんわ。貴族社会への憎しみで、目を曇らせないでくださいませ」
アマレットは、いつにないほどの厳しい声で告げた。
「それ、は……」
「親の責務を果たす、と言ってくださいませ。いえ、言いなさい、ゴフリー。クラストはまだ5歳なのです。貴方には知られないようにしていましたが、後継として厳しく当たられていたクラストは、時折私に甘えてきたんですのよ」
今まで知らなかった話に、ゴフリーは驚きで言葉を失った。
妾腹の伯爵と社交界で囁かれていたゴフリーは、息子であるクラストに、極度の優秀さを求めた。血筋が卑しいからと言わせないためである。愛よりも体面を気にしてのものであったため、側から見れば極端に行きすぎた教育でもあった。
そんなクラストに、優しく接していたのが、アマレットである。
しかし、クラストがアマレットに甘えていたことをゴフリーは知らなかった。
「また、面会にきます。いつか釈放された貴方が、父としてあるべき姿で過ごすことを願っています」




