17話 お茶会にて
はじめてのお茶会である。
主催者は公爵令嬢エクレール・ブルトンヌ。ブルトンヌ家はバクラヴァ領にとっては主要な取引先にあたり、重要度の高い人物であった。
お茶会の場にはご令嬢達が集まっている。爵位を有するもの達との会合についてはグランがついてきてくれるものの、令嬢のお茶会ではアマレットは一人だ。
孤軍奮闘、亡き父母に恥ずかしくないように頑張らなければ、とアマレットは気合いを入れる。
しかしながら、特殊な育ちのアマレットが考える「お茶会で上手くやる」は少し感覚がズレていた。
簡単に言うと「人と仲良くしましょう」の延長線上で、社交を考えていたのである。
「アマレット様は、お菓子作りがお得意ですとか」
くすり、とある令嬢が嘲笑うように言った。しかしアマレットはその悪意に気づかない。
「はい、グラン様にもよく召し上がっていただきますの。この季節ですと、旬のラズベリーを使ったチーズタルトなどが美味しいですわね。とろりとしたラズベリーのコンフィチュールを、酸味の効いたレアチーズ生地の上に流してミントを乗せるんですの」
ゴクリ、と令嬢の喉が鳴った。製作過程から味のバランスの見方まで把握したアマレットの語るお菓子の話は、やけに生々しく美味しそうだ。そのせいで聞いていた令嬢達の毒気も抜かれてしまう。
「もしよろしければ、今度私が作ったお菓子でおもてなしをいたしますわ」
この若き伯爵手強い! と他の令嬢達は思った。そんな美味しそうなお菓子の話を聞かされたら、遊びに行きたくなってしまうではないか!
いやいや、と主催者であるエクレールは首を振る。すっかりアマレットのお菓子語りに魅了されている令嬢達に情けないと嘆息した。
ここは噂の水竜公であるグラン・ラポストル侯爵との関係について探りを入れるべき場だろう。
どこの派閥にも属さないグランがバクラヴァ伯アマレットの後見人となったのだ。この上婚姻して縁続きともなれば、一気に勢力図も変わってくる。
そう思いエクレールはズレた話題をグランのことへと変えた。
「それにしても、ラポストル侯爵は素敵な方でいらっしゃいますわね。まるで騎士ダリウスのよう」
「騎士ダリウス様、ですか?」
アマレットは誰のことだろう、と首を傾げる。
「まあ、ご存知ないんですの!? 有名な叙事詩に登場する騎士ダリウスですわ。そのような教養もお持ちでいらっしゃらないなんて、後見たる水竜公ラポストル侯爵に相応しくありませんわね」
ここぞとばかりにエクレールは攻撃した。高貴な血筋を持つ自分こそが水竜公には相応しいのでは、と思っているのだ。
「申し訳ありません、エクレール様。両親が亡くなってからは使用人同然の生活をしていたため、教育を受けていないのです。でも、グラン様は私の恩人ですから、ご迷惑をおかけしないように一生懸命勉強しますわ。エクレール様、騎士ダリウスのことを教えてくださりありがとうございます。どのような叙事詩ですの?」
あまりにふわふわとした柔らかなアマレットの返答に、エクレールは言葉に窮した。「自分の弱みは一切晒さず、相手の弱みを見つけたら即座に攻撃する」貴族流の戦い方を身につけたエクレールに、「使用人同然に暮らしていたから教養がない」などと素直に話すアマレットは未知の存在だった。教えてくださりありがとう、などと感謝までするとは。
それに……。
「まあ! 正当な直系であるアマレット様に使用人同然の扱いだなんて、横領の話は伺っていましたが、直系でもない妾腹のゴフリー・バクラヴァがそのようなことをするなどと、許し難い悪党ですわね!」
血統を重んじるエクレールにとって、直系たるアマレットを、アマレットの父とは腹違いでありバクラヴァ家の私生児であったというゴフリーが、冷遇するなどあり得ない話であった。
「それに、何はともあれ貴女は爵位を継いだのです! 貴婦人としての教養は必要不可欠ですわ! 政治に混乱をきたさないためにも、わたくしが鍛えて差し上げますわ!」
なんだかよくわからないが、友達ができてよかった、とアマレットは思った。
屋敷でやきもきしながら待っていたグランは、まさか公爵令嬢を後ろ盾につけて帰ってくるとは、と遠い目をした。




