16話 国王との謁見
国王に謁見するにあたり、まずは服飾屋に屋敷へと来てもらう。
ドレスは淡いクリーム色の、甘いお菓子のような色合いだが、形は大人びた甘すぎないデザインのものだった。
アマレットには淡い色がよく似合う、とはグランの談である。
最終調整としてサイズを合わせ、装飾品類も確認する。いつもプレゼントしてもらって申し訳ないと恐縮するアマレットのため、グランは母の形見を用意していた。
尚更アマレットが恐縮したのは言うまでもない。
そうして全ての準備を万全に整えた後、国王より謁見を許す旨の報せがあり、拝謁の日程が決まった。
その日は朝から戦場であった。
モカとアシュレがきびきびとアマレットを磨き上げ、一分の隙も無く仕上げていく。
その様子にアマレットは青くなった。こんなに綺麗に仕上げて拝謁しなければいけない国王陛下に、ご下命を受け取る際の自分はなんと見窄らしい格好で行ってしまったのだろう。
実際には、モカとアシュレは侯爵の隣に立つものとして見劣りしないように、花嫁候補として磨き上げていたのだが、それはアマレットの知らぬところである。
かつての自分の粗相を取り戻さねば、とアマレットは一段と気合を入れた。
「謁見をお許しいただきありがとう存じます。陛下のご栄光をお讃えいたします」
「よい、楽にせよ」
国王はひらひらと手を振って、格式ばった雰囲気を崩すように言った。
「久しいな、グラン、アマレット。息災であったか」
「はっ。陛下の格別のご高配を賜りまして、よき日々を送っております。ですが、その件についてご相談申し上げたき儀がございますれば」
「ほう」
国王は面白がるように片眉を上げた。
そこでグランは、水竜の血に纏わる本能の話、そしてアマレットが提示した解決策について、相談できる高名な魔術師を紹介してほしいと願い出た。
「はっはっはっは。魔力たっぷりのアップルパイとな。これは面白いことを考える。これはそなたの元へアマレットを遣わしたのは正解であったな。そのようなことであれば国策にも関わる問題。早急に手配しよう」
「ありがたき幸せ」
そうして、謁見は無事に終わった。
屋敷に戻ったアマレットは、ふうぅ、と長いため息をついた。
幼い頃は伯爵令嬢として育てられたとはいえ、長年庶民同然の生活が身に染み付いているのである。格式ばった場では緊張するのもやむを得なかった。
——ああもう、お日様にたっぷりあてたシーツに、昼間から寝っ転がりたい気分だわ。
そうぼやくも、伯爵となったアマレットはやるべき事も多い。
王都へ来たからにはお披露目と社交を避けては通れなかった。
すでにお家騒動の噂は広まっており、新たなる伯爵へ、お茶会や夜会の誘いも多々舞い込んできている。
グランと相談しながら、参加すべき招待状を選り分けていき、それと同時に参加者の名前や爵位、その領地への基礎的な知識を頭に叩き込んでいった。
「もう、頭が爆発しそうですわ! こんなに肩が凝ったのははじめて」
「はは、それじゃあ今日はおしまいにするか。これだけやればある程度は大丈夫だろう」
休憩を得られて、アマレットは目を輝かせる。
何せずっと机に向かっていて肩が重かったのだ。思いっきり卵白を泡立ててシフォンケーキでも焼きたい気分だった。
「それでは、この後厨房でお菓子を作ってもよろしいですか? グラン様」
その言葉に、グランも嬉しそうに微笑んだ。
最近はやるべき事に追われてお菓子を作っている暇もなかったのだ。肩こりをほぐしがてらケーキを焼けるなら最高である。
そうしてアマレットが全力で泡立てた(肩の血流は回復した)卵白を使ったシフォンケーキは、きめ細かな生地に優しい甘さで、卵の風味がふわりと香る、極上の仕上がりだった。
これにはアマレットの負担を考えて、お菓子作りをしてほしいと言わないようにしていたグランも大喜びである。
なお、グランはアマレットが以前焼いた、日持ちする堅焼きクッキーをこっそり溜め込んでいて、それを齧りながら、アマレットの焼きたて菓子が食べられない悲しみを凌いでいた。
さながらリスであった。




