15話 いざ王都へ
領地における喫緊の問題について取り決めを行ったら、早速王都に向けて出立する。
しかし……。
「どうしましょう。爵位持ちとして国王陛下にお目通りできるようなドレスは持っていませんわ。前回ご下命いただいた時はお母様のドレスを着て行ったのですけれど、それだと問題ありますわよね」
伯爵家の娘としては問題なくても、当主として着るにはあまりに時代遅れだし華やかさにも欠ける。
「問題ない。俺が王都へ行った時に、服飾屋へ注文を出してきた。既成のものに手直しする形にはなるが、サイズは前回の採寸時と変わっていなければ問題なく仕上がっているはずだ」
「まぁ、ありがとうございますグラン様。お買取させていただきますわ」
「いや、代金は必要ない。プレゼントだ」
グランが微笑む。
「そんな、もらってばかりでは申し訳ないのに」
「いいや、水竜の血の呪いに光明が差したんだ。一生かけても返せないほどの恩だよ」
「でもまだ、実現できると決まったわけではありませんわ」
絶対に実現したくはあるが。だって実現できなければ、グランが苦しむことになる。それに憂いなくグランのそばにいられなくなってしまう。そう考えたところで、アマレットは赤面した。
「と、とにかく! 私ももう無一文というわけではないのですから、もらってばかりでは申し訳がありませんわ」
「なら、とびきりうまい菓子を焼いてくれ」
グランは笑って取り合ってくれない。もう、とアマレットが困っているのを、楽しそうに見ていた。
「到着いたしました、グラン様、お嬢様」
アマレットの世話をするためについてきたモカとアシュレが、揃って残念そうに声をかけてきた。
『もう! 二人がいい感じの雰囲気だったのに、到着しちゃうなんて空気の読めない馬ね!』と、二人のメイドは王都にサクッと到着してしまった馬を睨む。とんだとばっちりである。
理不尽なメイド達の怒りなど知らぬげに、馬はぶるると鼻を鳴らした。
ラポストルの屋敷は、グランがずっと領地に引きこもっていたため手入れが間に合わず、バクラヴァ家の屋敷に逗留することになった。
王都のバクラヴァ邸の使用人とは9年ぶりの顔合わせとなるが、古参のものが幼い頃のアマレットを覚えてくれていたため、比較的居心地よく過ごせそうだった。
ただし、厨房に入ってお菓子作りをすることについては大分驚かれてしまったが。
長旅の疲れを、ゆっくりと癒す。アマレットはこれまでの怒涛の日々を思い出していた。
花嫁候補としてグランの屋敷に赴き、お菓子をたくさん作った。グランが王都に出立してからはキャロンの襲来に耐えながら、グランの帰還を心待ちにしていた。
そして、伯爵の爵位を得て、グランの秘密を知った。
——グラン様は、私のことをどう思っているんだろう。
ずっとそばにいて欲しいとは言われた。でも、花嫁候補の話については特にあれから話してはいない。女性としてドレス姿を褒めてくれたり、ちょっとした装飾品を贈ってくれたり、その度にアマレットは胸が高なってドギマギしてしまうのに、グランは落ち着いている。
——ずっと、一緒にいたいな。
でも、そのためにはまず魔力のことを調べなければ。グランはきっと、緊急時にアマレットの安全を確保するための手段がなければ、ずっと側にはいられないと言うだろう。
彼は優しすぎるほど優しい人だから。
王宮には、高名な魔術師の方がいると言う。アマレットは面識がないけれど、国王陛下に尋ねれば答えてくれるだろうか。水竜の血筋のことは国策にも関わってくることだから、国王にも相談した方がいいだろう。
明日グランに相談してみよう、とアマレットは考えながら眠りについた。




