14話 領地の視察
バクラヴァ領で家臣団との打ち合わせや下準備が終わったら、王宮に向かい伯爵家当主としてのお披露目になる。
バクラヴァ家の男児としてはまだ5歳の従兄弟がいるが、現在はキャロンとともに母方の実家で隠棲生活を送っている。元々ゴフリーはアマレットの父とは腹違いの私生児であり、妻の身分も高くない。田舎の方で静かに暮らす事になるだろう。
アマレットが望めば従兄弟を後継者として養子に取り、育てることはできるとのことだったが、後継者に関しては悩ましいところで、ひとまず保留にしてもらっている。
幸いにも家臣団はアマレットが新たな領主となることを歓迎してくれた。
特に教育もきちんと受けていない若い女性であることから、受け入れられるかとアマレットは不安がったが、ゴフリーは決していい領主とは言えなかったためアマレットはむしろ歓迎されたのである。
グランからも必要な教育を受けつつ、領の現状について学んでいく。
「これまでゴフリー様は不作の年でも税を下げることはありませんでした。そのため領民達は現在疲弊していて生活も逼迫しております。今年は豊作が予想されますが、むしろ税は上げるより下げた方がよろしいかと」
「アマレット、確かにここの領民の生活は逼迫していると噂を聞く。あとでともに視察に行こうか」
政務を担う家臣は優秀でありながらも領民のことをよく考えてくれている人で、アマレットは安心した。数字もきちんと分析できるように勉強したいと願うと、家臣は感激したようにアマレットの手を取った。
「数字をご領主様がきちんとご確認なさるのは不正を防ぐためにもとても大事なことです! ゴフリー様はろくにご確認なさいませんでした……」
ゴフリーは数字に弱く、税収の表もまともに読まなかったという。だからこそグランが少しつついただけで横領が発覚したので、ある意味ありがたいというべきかなんというべきか、であるが。
そして領の現状を確認するためグランと共に視察に赴く。なお、ドレスはグランが褒めてくれた若草色のデイドレスだ。アマレットはあれからこのドレスが大層お気に入りだった。
確かに領民の生活は逼迫しているようで、農民達は痩せているものが多かった。
どの程度税率を下げればどの程度生活が楽になるか、単に税を下げるだけではなくむしろ税を適切に領民に還元するにはどのような施策がいいか、などグランに講釈を受けながら畦道を歩く。
粉挽小屋や医院、孤児院など、領主の管轄で管理している施設も確認していく。
「これは、酷いですわ……」
その孤児院は、崩れかかった壁もまともに修繕できておらず、酷い有様だった。
「あら? あなた方は?」
出入り口の掃き掃除をしていた職員の女性が、不審げにつぶやく。身なりのいい貴族然としたグランとアマレットだ。この孤児院の状況では、警戒心を抱いても仕方ないだろう。
「私新しくバクラヴァ伯となったアマレット・バクラヴァですわ。前々伯オランジェットの娘ですの」
「まぁ、オランジェット様の!? よくご夫妻で視察に来てくださっていたあの!? ではゴフリー様から代替わりしたっていうのは本当だったのですね」
パッと女性の顔が明るくなる。両親が孤児院などにもきちんと目を届かせていてくれたおかげで、アマレットも初対面で信用を得られたようだ。
こんなところでも両親から守られているような感じがして、アマレットの心は温かくなった。
「どうぞこちらへ、お入りくださいませ。視察にいらしたんですのね。大したおもてなしもできませんが」
「いえ、そんなもてなしだなんて、お気遣いなく」
「せんせぇー! その人だぁれ?」
そこに、元気に孤児院の庭を走り回っていた、しかしとても細くて華奢な体格の少年が尋ねてきた。
「こんにちは。新しいバクラヴァ伯のアマレットですわ。今日は孤児院の視察に参りましたの」
「えー? 伯爵さま? 見えない!」
「こらっ、リモン! なんて事言うの!」
「まぁまぁ、気にしないでくださいな。私もあんまり伯爵には見えないなって自分でも思っているのよ、ふふ」
恐縮する職員の女性にもやわらかく微笑んで、アマレット達は院長室に案内された。
「院長先生、代替わりしたバクラヴァ伯様が視察に来てくださいましたよ」
そう言って案内された院長室には、優しげで気品のある老婦人がいた。アマレットとグランが自己紹介をすると、驚きつつも綺麗に礼を返してくれる。
「まぁ、よくぞこんなところまでお越しくださいました。伯爵様に侯爵様まで」
「自分の領のことですから当たり前ですわ。むしろこのような状況になっているだなんて申し訳ありません。今の現状をお聞かせくださいますかしら?」
聞くと孤児院の困窮ぶりはなかなか酷いものだった。
年々予算は削られ、雨漏りを修繕するお金もない。食事にも困る有様でほとんど寄付金頼みということだった。
「それは酷いな。早急に改善せねばな。アマレット、ゴフリーからの賠償金がこれから入るはずだ、それなら臨時予算として捻出できるだろう」
「そうですわね、せめて雨漏りと食事の改善だけでもすぐに手をつけなければ、子供達が風邪をひいてしまいますわ」
「本当に、本当にありがとうございます」
「いえ、領主として当然の義務ですもの」
ゴフリーの残した負の遺産はなかなか大きかったが、それも一つ一つ対応していく。両親の残した大切な土地だ。幼い頃に記憶している明るく暖かなバクラヴァ領を取り戻すために頑張ろうと、アマレットは誓うのだった。




