10話 従姉妹、襲来
本日2回更新予定です。次話は夜投稿しますので読み飛ばしにご注意ください。
バクラヴァ伯爵家の馬車が屋敷の前に停まっているのを見て、一体何事かと慌てて駆け寄ると、よく知る声が金切り声で叫んでいた。
「だからさっさとグラン様に会わせてよ! いらっしゃらないなんて嘘でしょう!? 使用人風情が伯爵家当主の令嬢である私を無碍にするつもり!?」
「ですから、グラン様は只今仕事で王都におります。こちらのお屋敷にはおられません」
「それは本当の事ですわ。キャロン」
後ろから声をかけると、キャロンがキッと振り返った。
「まあ、アマレットお姉様。お久しぶりですわ。似合わないドレスを着ているから、一瞬誰かと思っちゃった」
キャロンが何を言おうとも、もはやアマレットはなんとも思わないようになっていたが、グランのプレゼントしてくれたドレスを似合わないと言われて何故だかひどく腹が立った。
「一体、何をしに来たんですの? キャロン。先触れもなしに侯爵家の門戸を叩くなんて非常識ですわ」
「なっ、お姉様のくせに何様のつもり? グラン様の花嫁候補に選ばれて調子に乗っているんじゃない? やっぱり、そんなお姉様はグラン様にはふさわしくないわ。伯爵家と縁続きになるなら当主の娘である私の方がふさわしいわ」
なんというくだらない理由で襲来して来たのだろう。これは叔父が知ったら怒るだろうな、とどこか冷静な頭でアマレットは思う。
アマレットから継承権を完全に奪うためになんとか他家に嫁がせようと躍起になっていた叔父である。おそらくは叔父には目的を黙って出て来たのだろう、アマレットが心配だから見に行くとかなんとか言って言いくるめたに違いない。
『花嫁候補としてふさわしくない』という、アマレット自身納得しているはずの言葉に動揺する心を押さえつけようと、あえて冷静な思考を巡らせる。
「キャロン、それはあなたが決める事じゃありませんわ。勝手に侯爵家の花嫁候補になろうと押しかけるなんて、叔父様に許可はとっているの?」
「なっ……そんなのあんたに関係ないじゃない」
「ロンガン、叔父上にお手紙を書くのでレターセットの用意をしてくださる?」
キャロンを無視して執事に声をかけると、キャロンは目を剥いた。
「どちらにせよグラン様は今ご不在でいらっしゃらないわ。叔父様に報告されたくなかったら今日はさっさと宿にでもなんでも下がることですわね」
「わ、わかったわよ。グラン様が戻ってきたら教えなさいよね!」
教えるつもりはないが、グラン本人にはキャロンの襲来を報告しないわけにはいかない。そうすると結果的に話し合いは必須になるだろう。
先々の面倒ごとを考えてアマレットは頭を抱えたいような気分になった。
「アマレットお嬢様。ありがとうございました。あのご令嬢はあまりに話が通じず、私めではどうにもできず……」
「まあ、ロンガン、気にしないで頂戴。それよりグラン様に報告のお手紙を書くわ。伝書鷹に任せれば2日で着くでしょう」
「そうですね、それではご用意いたしましょう」
そうして一息ついた瞬間、集まっていた使用人とアマレットは同時に大きなため息をついた。
「はあ……」




