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1話 花嫁候補

 美しき清流のほとり、趣味のいいカントリーハウスが今日からアマレットの住居になる。住み心地の悪い王都の実家よりはマシではある。とはいえ……。

 「いきなり花嫁候補などと言われましても、ねぇ」


 きっかけは10日ほど前。突然現王陛下から呼び出され、いったい何事かと青くなりながら拝謁したあの日。突然国王より水竜侯と名高いグラン・ラポストル侯爵邸へ花嫁候補として赴き、離れにて暮らしを共にするよう命じられたのだ。


 「そなたも知っての通り、竜人の血を引く水竜公はわが国にとって重要な人物であるが、未だ独身で後継もおらぬ。そなたには花嫁候補として公の元へ赴いてもらいたい」

 「わ、私《わたくし》などでよろしいのですか?」

 

 直答を許されたため、思わず聞いてしまう。

 アマレットはバクラヴァ伯爵令嬢ではあるが、微妙な立場でもあった。両親はアマレットが幼い頃に亡くなり、現バクラヴァ伯は叔父が務めている。アマレットが今後結婚し男児を産めば直系となるため継承争いが勃発する可能性があり、早めに他家へ嫁がせようという叔父の意向はあった。だが叔父の娘——アマレットの従姉妹であるキャロンが散々アマレットの悪評を吹聴していたために婚姻もまとまらず、これまで宙ぶらりんの立場であったのだ。

 まともなドレスも与えられないためお茶会にも参加できず、侍女もつかず、食事も与えられないため自ら調理を行ったり、洗濯を行ったりもしていた。幸いにもアマレットは図太い性格で、厨房の使用人達、特に菓子職人と親しくなり料理やお菓子作りを楽しんでいたためそれほど不幸は感じていなかった。ただし、『使用人の真似事をする奇人令嬢。茶会で菓子を楽しむより厨に入り浸って菓子を作るのを好む変人』と従姉妹が悪評を周囲に話していたため見合い話はさっぱりだったが。

 ——まあそもそも、令嬢でありながら使用人のように厨房に入り浸っているのは事実ではあるのだが。

 

 「むしろそなたが適任であろうな。水竜公はことのほか甘味を好む。その上偏屈者で人と接するのを避けていてな。屋敷への出入りを許しているのは昔からいる使用人のみなのだ。菓子作りに長けているそなたであれば受け入れられやすかろう」

 「まあ」

 

 水竜公ラポストル侯爵はアマレットと負けず劣らずの奇人らしい。


 「まあ偏屈者ではあるが、悪い奴ではない。いずれにせよそなたにとっては今の家に居るよりは良かろう。花嫁候補である限り実家に戻す事はない。少し気難しい奴ゆえ、正式な婚約者となるまで時間がかかってもかまわぬ」

 家の恥ずべき状況を知られていたことに思わず頬が紅潮する。ただ、国王は父ともそれなりに親交がありアマレットを気にかけてくれていたようだ。確かに家を出れるのであれば悪い話ではない。長期間婚姻に至れずとも問題ないのであれば、家を出て菓子職人として侯爵家に奉公するとでも思えばいいのかもしれない。その間に手に職つけて実家を出る算段をつけられれば上々だ。

 それに、叔父もこの話を手放しで歓迎した。水竜公へ嫁ぐとなれば跡目争いの可能性は完全に潰えるのだし、そもそも19歳まで婚約者の決まらないアマレットを厄介払いしたがっていたのだ。


 しかし、従姉妹のキャロンはアマレットが水竜公へ嫁ぐことを気に入らないようだった。

 

 「はぁ? なんであんたなんかがラポストル侯爵様のところへ嫁いだりするのよ! あんたはこの家でずっと使用人の真似事でもしていればいいのよ!」

 「そうは言われても……、国王陛下のご下命だもの、逆らうわけにはいかないわ」

 「うるさい! 口答えしないで!」


 キャロンはいつも大人しいアマレットが口答えするのが気に食わないようで、髪飾りを投げつけて走り去った。それはキャロンに奪われたアマレットの母の形見である。


 ——これを投げるだなんて、流石にやめて欲しいのだけれど……。


 はあ、とアマレットはため息をつく。


 丁寧に髪飾りを布巾(ハンカチ)で拭き、キャロンの衣装棚に仕舞う。本当は取り戻したいけれど、アマレットには諦め癖がついていた。


 気を取りなおすように厨房へ向かう。


 「ボッシュボール、今日は何を作ろうかしら」


 菓子職人のボッシュボールは、アマレットに親切にしてくれている使用人である。幼いアマレットが泣いているのを、一緒に甘いお菓子を作って食べようと誘ってくれたその日以来、ずっとアマレットは慕っている。


 「聞きましたよ。甘味がお好きな水竜公様の花嫁候補として向かわれるとのこと、おめでとうございます。せっかくですから、今日はいっとう甘いフロランタンでもお作りしましょうか」

 「まあ! いいわね、フロランタン!」


 フロランタンとは、キャラメリゼしたアーモンドをクッキー生地にのせたお菓子である。とても甘いが、ローストしたアーモンドの香ばしさがその甘さを包み込んで、それがまた美味しいのだ。


 「ボッシュボールと離れ離れなんて、寂しくなるわ」


 アマレットはしんみりと呟く。

 この家で叔父や従姉妹に虐げられながらも、アマレットは明るく、使用人と仲良く暮らしていた。その芯の強さを、ボッシュボールは尊敬している。


 「お嬢様なら、きっとどこへ行っても幸せになれますよ」


 アマレットを虐げる親戚たちから離れて、彼女の良さをわかってくれる人と結ばれるように、とアマレットと親しい使用人達は願っていた。

 

 そのような経緯を経て、アマレットはラポストル侯爵領へと辿り着いたのだった。

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