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■百貨店へ行こう!■

「いやー、俺、峨人にあんな事できる子見たの、初めてだよ」

「…ホント、すみません…」

「私達も、人に服を投げつけたのは初めてです…」


国道を70kmのスピードで走るレガシィB4の中で、日村がハンドルを握りながら、後部座席の二人に話しかけた。助手席の華出は、くすくすと笑う。


「僕は気持ち良かったけどね…まぁ峨人サンも笑ってたし、大丈夫なんじゃないか?」


そう。

思わず制服…メイド服を投げつけてしまった智香と紘乃に、峨人は少し驚いた様子を見せたが、直ぐに瞳を柔らかくさせて笑ったのだ。

金田が爆笑する中、逆に怒ったのは黒部で、白戸が彼をなだめてくれた。


ただ、やはり仕事用の服は必要だろうという事になり、ならば視察がてら日村の受け持つデパート先に服を買いに行こうという事になったのが30分前で。

何故か華出も立候補し、4人で日村の車に乗り込んだのだった。


「赤い車って、でも素敵ですね~」

「びっくりしたよね」


日村のレガシィは煌めく赤いボディで、目の前に停まった時は多少ならずとも驚いた。

が、彼が車の横に立っていると、当たり前のように似合っているのだ。

『そう?』と言いながら、華出がブルーベリーガムを二人に渡す。


「マルスフにはレッドカラーの車持ち、結構いるよな、克己。テツ…金田もそうだし、水嶋のフォルクスワーゲンもそれは目が冴えるほどの赤だよ」

「へえぇ~、金田さんはわかる気がするけど…あの真面目そうな水嶋さんも真っ赤な車なんですね。意外」

「ツカサは絶対俺の真似だって! あいつさ、俺がこれ買った時に『赤は目立ちすぎるんじゃないか』とか言ってたクセに…」

「日村さんっ、前見て! 前!」


眼鏡をくいっと持ちあげる仕草をしながら、振り向いてきた日村に、智香が叫んだ。

一番手前の信号が、黄色から赤に変わった瞬間だった。

急ながらも、日村は上手にブレーキを踏み、停止線をちょっと超えた所で車をストップさせる。


「…悪い」

「ホントだよ。レディ達を驚かせたから、『レキュール』のスイーツは克己の奢りな。仍古谷クン、峅原クン、これから行くビルに美味しいスイーツの店があるんだ。後で寄ろうね」

「わあ~い!」


以前手に取ったスイーツの本に紹介されていた、焼き菓子の有名な店を思い出し、紘乃が喜ぶ。

車はビルが立ち並ぶ大通りを過ぎ、高級百貨店の駐車場に入っていった。

そこから売り場に出たまでは良かったが、普段あまり縁がない空間に、智香達はどうも落ち着けない。


「ひろちん…あの私、こんな高級な服を買うお金はないんですが…」


一番近いお店にあった花柄のブラウスを、とりあえず手に取った智香が、値札を見てガタガタ震え出した。覗き込んだ紘乃は、数字を確認する。


「ええと、いち、じゅう、ひゃく、せん、まん…。ななまんはっせんっ!!??」

「このうっすい、ぺらっぺらの布が78,000円だよっっ!!??」


いつもの、隣町の通り店にある3,150円の服がダイスキな二人にとって、この金額はとてもじゃないが無理がある。

お触り代とかが発生しても不思議じゃないそのブラウスから二人は即座に後ずさった。


明日から、自分の持ってる服の中で一番のモノを着てくるので、今日はスイーツ食べてもう帰りましょ?


半泣き状態の瞳で振り仰いできた紘乃に、華出が呆れたように溜息を吐く。


「値段とか薄いとか以前に、それは君達に似合わないだろう…というよりも、まず入らないだろう」

「「うっ…」」


ダイレクトすぎる華出の言葉に、万年ダイエッターの二人は同時に腰回りに手を当てた。

日村が笑いながら、ポケットからサンドイエローの長財布を出し、そこからクレジットカードを引き抜いて片目を瞑る。


「まー、支払いは会社持ちみたいだからさ。金額は気にしないで見て行こうぜ? 君達のテイストだと…3階とかじゃないかな」


先頭を歩く日村に、智香と紘乃は慌てて付いていく。会社で使う服に、会社がお金を出すのは嬉しい事だが、そのカードの色に二人は目を吸い寄せられていた。


「えー、ひろちん? 先ほどの黒いカードは…」

「うん、よこさん。紛れもなくブラックカードだねぇ…」

「…まあ、時々いるけどね。ネギと卵にそのカード使うんかいって思うけどね」


庶民のスーパーでも見かける事はあるが、やはり、使われるのはこういう場所が妥当だろう。

エスカレーターで3階に降りた時、華出がパン、と手を打った。


「じゃあ、時間もないし…二手に分かれてさっさと買ってしまおう。僕は仍古谷クンをプロデュースするから、克己は峅原クンを頼むよ」

「オッケー」


そう言われた瞬間に日村が紘乃の手を握って歩き出し、華出は智香の腕を取って、逆方向に進み始めた。

連れ去られていくかのような智香と、自分を引っ張る日村を交互に見て、紘乃が目を白黒させる。


「えっ? ええっ??」

「君達、似てるようで似てないからな。似合う服も違うだろ? 俺のカンでは峅原さんはこのブランドが似合うタイプだと思う」

「うぁっ」

「あ、悪い」


ぴた、と突然日村が止まり、引っ張られるようにして後ろを歩いてた紘乃は、その大きな背中に顔面をぶつけてしまった。女性としては背が高い方の紘乃だったが、日村の方が10cm以上は高い。

瞬間、男の上着から、清潔で甘い香りがしたが、彼女はそれよりも気になる事があった。


…うう、鼻水付いてないかな。


何せ思い切りぶつかったのだ。はずみで染みを付けてしまっていたら申し訳ないではないか。

紘乃は大丈夫です、と答えながら鼻を擦り、案内された店を見る。


その店の服は確かに彼女の好みで、まだ会って間もない日村が何故解るのだろうと不思議にさえ思う。

色々な人と接する事が多そうな彼の、得意とする事の一つなのかもしれない。

紘乃の考えをよそに、日村は洋服を選んで、店員に声をかけた。


「すみません、これ試着いいかな? あ、俺じゃなくてあの子が」

「かしこまりました。どうぞこちらへ」

「日村さんっ?」

「うん。着てみてくれよ」


日村が、にっこりと太陽のような微笑みを向けて洋服を差し出してくる。

確実に断りきれない笑顔に、困った顔をしながら、試着室へと紘乃は入れられた。

まず、着れるかどうかが問題だというのに…。


「お誕生日ですか? いいですね、彼氏さんが服を選んであげるっていうのって」

「いやー、誕生日というか、まあ記念日かな」

「そうなんですかー。記念日デートなんですね、うふふ」

「ははは」


…ははは、じゃありません、日村さん。否定しましょう?


扉の外で女性スタッフと談笑する日村の声を聞いた紘乃は、居た堪れない気持ちで、男が選んだ服を試着する。

フランボワーズのような赤の、シックなワンピース。

…仕事用にしては、少し派手なのではないだろうか。


「紘乃、着た?」

「は…いっ? …ちょ、日村さんっ?」

「おー、可愛い可愛い」


突然と名前を呼び捨てにされて、驚いた紘乃が試着室の扉を開けると、目の前に立っていた日村が手を叩いて喜ぶ。

隣に立っている女性スタッフも笑顔だ。


「ああ、でも、上着は白だと上品すぎるかもな。グレーもいいけど…」

「同じ柄の黒はどうですか?」

「お、それにしよう! 紘乃、こっちと合わせてみてくれないか」


スタッフと日村の共同作戦か何かか、紘乃は自分の意見を言う間もなく、着ていた白のカーディガンを脱がされて黒と変えられる。


「似合うな。…よし、これお願いします」

「有難う御座います」


どうやら彼の満足感は得られたようだ。

日村が右手でひょいと例のブラックカードを渡すと、見慣れているのか、女性スタッフは一瞬も驚かずに清算に向って行った。流石というか。


「あのさ。くらはら、って言いにくいから、紘乃でもいい?」

「…いいですけど…それより、この服は仕事には向かないと思うんですが…」


しかも隠密行動?的な仕事をするのには、悪目立ちすぎる色じゃないのかな。


後ろの裾を確認しながら紘乃が聞くと、日村は白い歯を見せて悪戯に笑った。


「大丈夫。それは仕事用じゃなくて、今夜のパーティ用だから」

「…はああっ??」


仕事だとばかり思っていた、この先。

唐突に知らされた予定に、紘乃は間抜けな顔をして口を開けた。



──よこさん、大変です。

私達の知らない間に、大規模イベントが仕組まれていたみたい。


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