15:00 会議室3
結局それらは一つであって。
全ては 己の 中にある。
それを知るのが ただ 最後の時。
****************************************
──市場調査特殊部隊──
天宮コンツェルンの事業に関係する中で、内部による不正がないかを調べる為の任務を背負ったのが、彼らだった。
この会社の事業は幅広く、また規模が大きい。
名目として監査部は設けられてはいるものの、何処にいつ調査に入るかという情報は、どこかから漏れてしまう。
それは事前に『明日テストがありますよ』と知らされているようなもので、どんな不正をやっていようと対策が取られて、明るみに出ない部分がほとんどである。
監査部とは別に、個人で調査を行う権限が与えられているのが、天宮総帥直下で動く黒部のチームだった。
ある程度の事業範囲が、彼らに与えられている。
堀川 篤志
天宮がスポンサーとなっているスポーツ業界を視察する。
彼自身が元々ラグビーをやっていたというだけあって、身体にはしっかりとした筋肉が付き、実際の176cmの身長よりも大きく見える。
日村 克己
天宮が手掛けるコンビニエンスストア、スーパー、大型百貨店といった生活圏の小売を中心として動いている。
範囲が広いために動き回る事が多い任務だが、日村にとってはそれが合っているようだ。
誰からも好かれるような太陽の笑顔を持ち、快活な性格の彼に、憧れを持つ女性は少なくない。
水嶋 司
天宮の寄付金に支えられている学校や塾などの教育現場を視察する。
常に資料を持ち歩き、仕事を第一とする生真面目な性格だ。
しかしながら、データやシステムといったIT話に関しては熱く語る一面も持つ。
早乙女 琉柯
天宮が寄付金を出している宗教関係を担当する。
彼自身は宗教家ではないが、黒く長い髪を細く束ね、華奢な身体に和装を自然に着る姿は、つい手を合わせたくなるくらいに美麗である。
白戸 優。
天宮のホテル事業を担当する、柔和な笑顔を持つ男。
短髪に黒髪という一見真面目な公務員さながらの容姿を持ちつつも、その優しい仮面の下に一種の企みが垣間見えるというのは、同僚の話。
金田 哲
ハリネズミのような短い銀髪が印象的なこの男は、天宮に関わろうとする国内の裏稼業団体を担当し、幾度となく危険な現場に立ってきた。
命を落とす事なく潜り抜けてこれているのは、彼の狡猾さゆえだろう。
華出 哲男
天宮の飲食事業を、趣味を兼ねて担当する。
決して女性的な思考の持ち主ではないが、容姿は女性以上に美しく、仕草も優雅である。
気分屋で毒舌を吐く時もあるが、芯は他人を放っておけないという面倒見の良さを持つ。
佐野 峨人
天宮コンツェルンの、国内の社交場を担う主軸。
姿を見せない総帥の代わりにメディアの前で語るのも彼の仕事だ。老若男女問わず、その心を溶かす笑みを持つ男は、自分がどれだけの魅力を持っているかを解っている。
佐野 凪人
兄、峨人が国内を受け持つならば、双子の弟の彼は国外の主軸。
日本語、英語、中国語、韓国語、ドイツ語、イタリア語…6ヶ国語を操り、各国の主要企業のトップと対談する。適当だが自信に溢れた行動力は、他を圧倒させて抑え込む。
黒部 修一
天宮本社の内部監査を担当し、かつMRSFのリーダーを請け負っている。
鋭い眼光と有無を言わせぬ圧力で、過去いくつもの不正を暴きだしてきた実力を持つ。
この中では最年長で、社歴が一番長いのも彼である。
「…以上が、我々の簡潔な詳細だ。何か質問はあるか?」
一通り、名前と担当部門の説明を受けた智香と紘乃は、今しがた並べたてられた語句を反芻するのが精いっぱいだった。
まだ名前と顔が一致しない。誰が何処を受け持っているかなんて、記憶できるはずがない。
とりあえず解ったのは、全員が(外見だけは)すこぶる良い男だという事。
「…え、ええと…彼女はいますか…?」
「よこさんっ?」
突拍子のない質問をした智香に、紘乃が驚く。
「なんか一応お約束かと思って…ほら、私達まだ全然何も分からないじゃん? 小さい事から知るのも必要なんだよ、うん」
「それはまず年齢とかじゃないの…?」
「年齢もいいよね。でも、ぶっちゃけ年齢にはあんまり興味がない」
年下も年上も、好きになった人が好き、という信条の智香には年齢差は関係なかった。
オープン、かつ当たり障りない質問に、華出が顔を綻ばせた。
「いいね、そういう話題も。僕らにはあまり縁がない話ともいえる。…という事だそうだよ、皆? 最近どうなんだい?」
「その質問に、答える義務はない」
「あーあ、黒部サンは堅いなぁ。そんなんだから、35歳にもなるのに浮いた話が出てこないんですよ」
軽く舌を出して、華出が黒部に対して眉をしかめた。
金田がにやにや笑いながら、斜め向かい側に座っている男の顔を覗き込む。
「おめーはいるよな? 堀川のぼっちゃん」
「! …からかうのはやめて下さい、金田さん」
「へー」
この中では一番歳が若そうな堀川が、と智香達は思う。顔を真っ赤にしている所を見ると、本当なのだろう。しかも、純朴であろう彼の事だから、大切にしているに違いない。
黒部が咳払いを一つ、した。
「いい加減にしろ。会議中だ。…仕事の内容についての質問がなければ、この後すぐに任務に同行してもらう。異議はないか」
異議と言われても、何を違うと言えばよいのかも解らないのに。
困り果てて、ただ頷くしかなかった智香達に、佐野の兄の方が、瞳を輝かせて近づいてきた。
「よし。では早速これに着替えてくれ。思いだして良かった…」
「ん?」
いそいそと黒い袋から佐野が取りだしたのは、女性用の制服だった。
「え、これ着るんですか?」
「そうだ。その私服のままでは何かと動きづらいと思ってな。私が用意しておいた。今日二人が来ると知って、慌てて取りに帰ったのだ」
忘れ物とはこれのことか、と智香は思う。
確かに今着ている服は、お気に入りだけど他企業に出向けるような仕事用ではない。
汚れるかもしれないし、制服はありがたいなと思いながら、二人はそれを広げてみた。
紺地にひざ上20cmのミニスカート、白のフリルの襟が付き、胸元がV字型にこれでもかというくらいに開かれている、それは。
「メイド服は、やはり女性を可愛らしく見せるからな。…着替えを手伝うか?」
「「…こんなん、着れるっっかああああああっっっ」」
年上も役職者もなんのその。
智香と紘乃は本日何回目かの叫び声を上げ、2着のメイド服を佐野峨人の端正な顔面に思い切り投げつけたのであった。