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15:00 会議室

当たり前の事を いつから出来なくなってしまったのだろう。


ほんの小さい一歩が踏み出せなくなったのは どうしてだろう。


失われていくのは


一体どちらの世界なのだろう。



****************************************



黒部(くろべ)の視線が、正面から真っ直ぐに貫いてくる。

促されるまま、智香も紘乃も自分には不釣り合いな大きな革の椅子へ腰を下ろした。

日村が軽く手を振ってくれるのが、唯一の救いだ。


自分達を除いて、座席数は全部で10あった。

そのうち空席は3つである。

楕円テーブルを目の前に、黒部が一番向こう側で、時計回りにいくと、まず空席。その横が日村で、隣が銀髪…いや、金田(かなだ)という男。続いて空席がまたあって、そして白戸が座っている。


白戸から少し離れてはいるが、彼の左に位置するのが紘乃で、無論その横は智香である。

智香からまた離れ、食堂で日村に声をかけた水嶋、着物の男性、天然パーマの短髪の男性、空席…そして黒部に戻った。


そう、紘乃が分析をしていると、黒部が自らの左手首に視線を走らせる。銀のチェーンで出来ている大ぶりの高級そうな腕時計。太陽の光が文字盤のガラスに反射して、紘乃の目に突き刺さってきた。


「ふおぅっ」

「…時間だ。これより会議を始める」


眩しさに奇声を上げた紘乃を無視して、黒部が厳かに言い放った。

張り詰めた空気がその場に流れる。

その瞬間。


──ガチャッ


あの入口の大きな扉が、突然と開いた。

堂々とした足取りで部屋に入ってきたのは、落ち着いた中に十分な覇気を感じさせる男。


彼は、時計の反射光の眩しさに顔を背けて扉側を向いていた紘乃を一瞥し、黒いジャケットをなびかせながら、白戸の後ろを通り過ぎていく。


「…ドイツからのご帰還、お疲れ様です」

「おー、土産はあるんだろうな」


白戸が静かに労い、金田が椅子に座ったまま反り返るように男に声をかけた。


「向こうに着いた日に、ビールの空輸手続きをした。明日お前のデスクに届くはずだ」

「さすが、仕事早ぇっ …? なんだ? この紙」

「見れば解るだろう。領収書だ。1600ユーロ」

「てめっ…土産はココロだろお!?」


…どこかデジャヴを感じる会話だ。

一通り掛け合った後、男は黒部の元まで歩くと、右手に持った書類の束を差しだした。


「遅れたか?」

「…いや、今始まった所だ」


鼻で笑いながら、黒部は書類を受け取り、軽く目を通すとそれをテーブルの上へと置いた。

参入者の姿を正面から確認した智香が、紘乃を突く。


「あの人、ロビーで会った変態ナルさんだよ…!」


その男の顔は、確かに『佐野』だった。

突かれた紘乃は、だが首を少しばかり横に振ると、男を見つめたまま智香に返事をする。


「ううん、よこさん…あの人、違う。『なぎひとさん』のほうだよ」

「…へ?」


外見は佐野と同じだ。しかし、雰囲気がロビーの佐野とは違うのだ。

スーツかジャケットかという話ではない。ロビーで出会った佐野は相手を引き立て、心を解きほぐすような笑顔を作る、優しい印象があった。

だが、金田や黒部に返したこの参入者の笑みは、相手を抑え込む、自信に満ち溢れた者の笑みだ。その理由はただ一つ。


「…誰、それ」

「佐野さん、二人いたでしょ。峨人(たかひと)さんがロビーで会った人で、この人は弟の凪仁(なぎひと)さんだと思う」


紘乃は時折、驚くほどのカンを働かせる時がある。

瞬時に外見での雰囲気の違いを見破り、かつロビーのネームシールにあったもう一人の佐野の名前を思い出し、その名前に『仁』の文字がある事で兄弟と推理したのだ。

智香は、なるほど、と納得をしただけだったが、驚いたのはその会話を聞いていた白戸だった。


佐野の双子の弟は、黒部に書類を渡した後、横の席を引くとそこに座った。

どうやら空席の一つは、彼のものだったようだ。

兄と同じ端正な顔が、ふと扉の近くに座らされた智香達へ向けられ、視線がぶつかった紘乃は思わず瞬きを繰り返した。


「…ああ…そうか」

「そうだ」

「「???」」


ついに来たか、という表情で黒部と佐野の弟が会話をする。智香も紘乃も、分けが解らない。

天然パーマの短髪の男性が、挙手をして発言権を求めた。


「黒部さん。私はこの会議の理由と、彼女達のいる経緯を知りません。情報をお願いします」

「そうだな、堀川…まだハナイデが来ていないが、もうアイツ抜きでも良いだろう」

「峨人さんは来ないのか?黒部君」

「早乙女には話してなかったか。峨人は忘れた物があるらしくてな…家に取りに行った」

「それは珍しい。わかった。始めてくれ」

「ああ。…この会議の内容は天宮総帥から言いつかった事だ。発端は1週間前。新しい時期がきているのは皆が知る所とは思うが、そこに条件があると言われていてな…俺と佐野二人しか知らないはず…だったのだが」


黒部はそこで言葉を切り、苦虫を噛み潰したような表情で、白戸をちらりと見た。


「…何故、お前に情報が漏れているのかが解らん…」

「ふふ。さて、どうしてでしょうねぇ」


白戸は肩をすくめてみせた。


「…まあいずれは話すべき事だったから良い。天宮総帥はこう仰られた。『これからの仕事には同行者を必要とするものが多くなる。よって、選抜された者を遣わすので、共に行動して任務を遂行してほしい』…とな」

「はっ? 同行者を必要とする? 一体、どういう仕事なんだそりゃ!?」

「黙っていろ金田。俺だって深い内容はまだ解らんのだ…とにかく、どういう経緯を辿ったのかは不明だが…」


黒部と、そして7人の男の視線が、智香と紘乃に一気に降り注いだ。


「──仍古谷 智香」

「っ? はい!」

「…峅原 紘乃」

「…はい」


智香は姿勢を正して、紘乃はきょとんとしながら返事をする。


「お前達が『選抜された者』…だ。 くっ…こんな変哲のない一般人を選抜した総帥の基準が全く持って理解できないが…! まずは各々、何が出来るか、簡単で良いから全員に解るように説明が欲しい」

「「……えええええええええっっ」」


──未だかつてない無茶ぶりすぎる自己紹介を要求され、智香と紘乃は、思い切り叫ぶ他。

…なかった。

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