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■夜会■

「…随分と買物に時間がかかったようだな」

「「すみません…」」


だって、レキュールは人がいっぱい並んでたんだもの…と紘乃は思ったが、そんな事を目の前の黒部には口が裂けても言えなかった。


パーティ用の服を選び終わった後、百貨店の中にある有名スイーツ店で、持ち帰り用に焼き菓子を買った。そこで、思わぬ時間を取られ、慌てた華出達にヘアサロンに突っ込まれてから1時間。

黒部の指定していた午後6時を大幅に過ぎ、7時半の今、やっと天宮コンツェルン本社に帰りついたのだった。


ここまで乗せてくれた日村と華出も、準備があるとかで何処かへ行ってしまったし。

まさか焼き菓子のお土産では許してくれないであろう黒部の前で、智香と紘乃はただ頭を下げるしかなかった。


「もういい。主賓への挨拶もせねばならんから、行くぞ」

「しゅひん?」

「西積不動産の執行役員の一人、藤堂泰治…政界にも通じている血気盛んな中年の男だ。…なんだ、日村達から聞いていないのか」


…オヤ?


智香と紘乃は顔を見合わせ、首を傾げた。

確か、日村達が言ったのは『二人の歓迎パーティ』ではなかったか。

もしかすると、体よく騙されたというクチかもしれない。


「何をしている、急げ!」

「「はいっ!!」」


黒部は強い口調で指令すると、あっという間に歩き出す。慌てて彼を追いながら、二人はエレベーターに飛び乗った。

行先階は、地下2階。

『B2』と印字されたボタンを黒部が押すと、浮遊感が一瞬あり、ガラスの箱は一気に降下をし始める。

この感覚は胃が持ち上がるようで、智香はあまり好きではない。

百貨店からの帰り道、日村の車の中で我慢できずにつまんだ焼き菓子が、追い打ちをかけるように不快感を煽ってきた。


「うげっ…さっき食べたクッキーがっ…」

「もどすなよ」

「よこさんふぁいと! …でも、流石に私も気持ち悪くなるかも…。このエレベーター早すぎないですか、黒部さん」

「世界最速と言われるブルジュ・ハリファのエレベーターと同じらしいからな」

「え、それってどれくらいなんですか?」

「秒速18m。オレ達が乗った階は59階だろう。計算すると約15秒程でB2に…」


ポーン…。


黒部が説明をしている途中で、そのエレベーターは目的階に到着した。


「…という事だ。行くぞ」

「そ、それってつまり3階分を約1秒で降下してるって事に…うえっぷ…」

「ぎゃあ、よこさんしっかり!」


エレベーターから降りたものの、足元がふらつく智香は、非常口の扉横にある自動販売機に寄りかかった。

もともと三半規管は強くない方だし、空腹に中途半端に入れたクッキーがエレベーターで変に上下されたせいか、まだ胃がおかしい。

黒部が眉を寄せる。


「すいません、黒部さん。ひろち…峅原さんと先に行ってて下さい。車でもどすのもアレなんで、私はちょっと休んで、後から電車とかで行きます」

「そうだな、時間がないのでそうさせてもらう。行くぞ峅原」

「は、はい。よこさん、無理しないでね」

「うん、ありがと」


力なくひらひらと右手を振った智香を後に、紘乃は黒部に続いて歩き出す。

男が一番右奥の、出口スロープに近い場所にある車に向ってキーを向けると、ピピ、という電子音と共にフロントランプが呼応するように点滅した。


運転席に乗り込もうとした黒部だったが、反対側で紘乃が困惑している様子を見て首を傾げる。


「どうした。乗れ」

「え、えーと…こういう場合はどちらに乗ったらいいのかなぁと…」


先ほどの日村の車には華出も同席したので、助手席は彼の席となった。

こちらも二人だったので自然と後部座席に座ったのだが、今度は黒部と自分だけだ。

人によっては親しくない者が助手席に来るのを嫌がるし、かといって後部座席に入れば、それはまるでタクシーに乗る客のようである。


「おかしな事を。助手席に座ればいいだろう」

「あっ、いいんですか?」

「? お前、オレに送迎のマネをさせろというのか」

「…ですよね! ごめんなさい、助手席失礼しま~す!」


ぺこり、とお辞儀をした後で紘乃は迷いなく助手席に入り込む。それを確認した後、黒部も運転席に座り、エンジンキーを回した。

低い唸り音が車体を包み、滑るように黒部の車──アウディが走り出す。

地上出口に差しかかると外灯がフロントを照らし、黒だと思っていたその車は、パールの入った深い青だと気付いた。


「わぁ、綺麗…」


夜空にも似た煌めきを持つその色に、紘乃は無意識のうちに感嘆の声を漏らす。

ちら、とその表情を横眼で捉えた黒部が、口の端に笑みを刻んだのに、彼女は気づかなかった。


アウディはどんどん加速し、首都高へと入る。この時間は渋滞している事が多いのだが、今日は意外と空いているようで車の速度メーターは今、130kmを示していた。

それほどのスピードなのに少しも不安にならないのは、黒部の運転技術が安定しているせいなのだろう。


「…よこさん、大丈夫でしょうか」

「今頃あの男が出発する筈だ。見つけたら乗せてもらえるだろう。心配する事はない」

「え? あの男って…」


黒部は、その人物が現れるのを知っていたのだろうか。

もしそうであれば、それは彼なりの優しさなのかもしれないと、紘乃は少し嬉しくなった。




丁度その頃、駐車場の自動販売機の下では、屈みこんだままの智香が大きな深呼吸を一つしていた所だった。

幾分かは収まったが、まだ動きたくない。今日のパーティが自分達の歓迎会でないと解った今、いっその事ボイコットしてしまおうかと考える。


「…何やってんだ、テメェ」

「っ!?」


突然と頭上から声をかけられ、智香は驚いた。見上げると、ダークブラウンのジャケットを羽織った銀髪の男が不審者を見るような瞳で見据えている。

あの嫌がらせは、忘れない。


「…金田さん」

「コーヒー買うのに邪魔なんだよ。どけ」

「ふぎっ」


金田は、屈みこんでいた智香の頭に無造作に左手を置き、ぐい、と押しのけてきた。

そしてポケットから出した硬貨を、小気味良い音を立てながら自動販売機に入れていく。


「何、飲む?」

「へ?」

「なんか買ってやるっつってんだから早く選べ。コーヒーでいいか」

「あ、じゃ、じゃあレモンドリンクで!」


呟かれるように聞かれたので一瞬耳を疑ったが、気分が優れない智香を気遣ってくれたらしい。

金田がボタンを押すと、レモンドリンクが智香の目の前に落ちてきた。

取りだしたそれは冷えていて、頬に当てると気持ちが良い。


「それ飲んだら、さっさとついてこい」

「え? 何処にですか?」

「馬鹿テメェ、皇帝ホテルに呼び出されてんだろ。これ以上遅れてアイツに怒鳴られんのはオレなんだからな。…めんどくせーけど、連れてってやるんだから早く飲めや」


少量ずつレモンドリンクを口にしていた彼女の前で、金田は壁に寄りかかりながら、やる気なさそうに車のキーをくるくる回している。

その仕草に、本当は彼もパーティーなんか行きたくないんではないだろうかと、智香は考えた。


「よし、飲んだな。じゃあ乗れ」


奥に隠れるようにして停まっていた一台の車を、金田が親指で示した。見れば車高が低く、薄暗い駐車場の明りの中でも色が解る。

なるほど、華出が言っていた通り、それは真っ赤だった。


「まだ調子悪そうだな。車で風入れてやろうか」

「あ、はい」


周りを走る車の排気ガスも好きではないが、少しでも外の空気が入ってくるのならば、気分も落ち着くだろう。金田は思っていたより優しい所があるのだなぁと、智香は安堵しながら助手席に入り込んだ。

エンジンキーが回される。


「窓開けてもいいですかー」

「あ? 窓、ねぇよ」

「…へ?? でも風を入れてくれるって…」

「あー、だから。 こうだろ」


駐車場出口に向う車の中、窓の開閉スイッチを探していた智香の横で、金田は手元のボタンを軽く押した。

その直後、プシュ、という空気音と共に頭上のカバーが後ろに収納されていく。

これは…オープンカーだ。


智香がしまった、と思った瞬間、金田はニヤリと笑い、危険な光を瞳に宿した。


「…飛ばすぜ」

「っっっ…!!! ぎゃあああああああああああ」



ネオンが光る都会の道に、悲痛な女性の声が響き渡り、消えていった。




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