09.白金大犛牛
黒髪黒目の少女はドラゴンに願う、「私を食べて下さい!」と。
何をぬかすんだこの童は、とも思ったが、どうやら少女は『死』を求めているようだ。ならば、痛みも感じないよう、一瞬でその命を終わらせてやろうと、ドラゴンは最大火力の魔法を放った。
───だが、少女は傷一つ負う事なく、生きていた。
生まれ持ってのスキルか、加護か、あるいは呪いか。だが、この世界に永遠等ない、原因を解明して、少女の望みを叶えるべく、少女とドラゴンは、共に旅を始める───。
「ウム、やはりこう言う時は飯だな。腹立つ事は食って忘れるに限る。これだけ兎がいたのだ、イーリス、お主も少しくらいは捕まえられたのだろ──」
気持ちを入れ替えようと、本来の目的だった事を切り出すが、周囲を見て気付く。捕らえられたような兎がいない、と。
「これだけ居るのだぞ?一羽ぐらい捕まえられて……ないな」
「可愛さで、手が止まってしまい……」
おずおず、静々と、申し訳なさそうに言うイーリス。まぁ、よくよく考えれば、こんな甘い性格のイーリスに、狩りなど無理な事だったのかもしれない。
「……お主の性格を、もっと深く考えればよかったな。────しかし、果たしてこれを、人の身に喰わせて良い物か」
捕まえたばかりの獲物に視線を向け、唸るリカロス。イーリスもその白金色の大きな生き物に目を向ける。
「白くて、おっきな……牛さん??」
「白金大犛牛だ。セイクヒュレでも限られた場所にしか生息しとらん、雷魔法が中々に強力な奴よ。一部の人間は、コレを崇めてると聞いたが……廃れたか?」
「崇めて……?じゃあ、食べちゃいけない牛さんなの?」
「ワシは問題なく喰えるが、人の身だとな。コイツは蓄えてる魔素量が多い、だから人が食うには適していないのだ。ああだが、お主は毒は効かんからイケるかも知れんな」
魔素量が多ければ、器の小さな人間では受けきれず体が持たない、それはある意味一種の毒のような物だ。毒が効かないイーリスならば、そこも関係がないのかも知れない。
生肉は流石に食えんだろうし、燃やせば魔素量も下がるだろ。
鋭い爪を使い、白金大犛牛の身を適度に切り削げば、そのまま火属性の魔力を使い、肉を焼く。内側から熱せられた肉はジュワジュワと音を上げ、引き締まった身から余分な水分と油が落ち、瞬く間に蒸発していく。
そよ風が注ぎ、綿兎の飛び交う草原で、食欲をそそる香りが立ち上がった。
焼き過ぎても硬くなるだけだからと、リカロスは適度な加減で魔力を注ぐのを止め、今度は近くに転がっている、高さの丁度良い岩だけに炎を吐きかけた。
熱された岩の一部だけが赤く色を変え、草原は燃える事無く綺麗なままだ。
リカロスは、その焼けた岩を皿代わりにして、焼いていた肉を置く。
内側から焼いた肉は、岩の上で転がすうちに表面も良い焼き色になり、最後に、イーリスでも食べやすいように出来る限り小さく切ってやる。
「ほれ、これなら主でも食いやすいだろ」
「はわ」
犛牛の一部を切り裂いたと思ったら、最終的に熱された岩の上に、適度に焼かれ、切られた肉が用意された。
切られた身は、中から焼くと言う、ドラゴンならではな焼き方ではあったが、以外にも中は少しの赤い色と艶を残しており、岩の上でジュウウと上がる音と香りは、忘れかけていたイーリスの食欲を刺激する。
リカロスが獲ったものだ、生肉をデンッ!と出されるつもりでいたのだが、予想に反し、人に寄せた出され方で驚いた。
「い、いただきます」
カトラリー何て物は待ち合わせていないので、行儀は悪いが直に掴んだ。熱々な肉を摘まんでも、一定以上の熱を感じないのは、この体質のせいなのだろうか?何とも不思議なものである。
「ム、────……ッ!」
モムリ、と肉を噛みこめば、しっかりとした弾力が歯を押し返す。
「体調に変化はないか?食えそうか?」
そう聞いて来たが、イーリスはもむもむもむもむと、しっかり咀嚼していたので、何度も頷く事で大丈夫だと伝える。
「このお肉、しっかりしてるけど、柔らかい……」
「──ウム、白金大犛牛は見た目の割に肉質が柔らかいな、だが肉の味はしっかりしとるし、油も落ちて丁度良い具合になった。何より、魔素の保有量が多いから、消耗した魔素が満たされて良い」
「でも、こんなに美味しいの、私だけ食べてていいのかなぁ」
肉を数枚齧っては、突然そんな事を呟きだしたイーリス。
何かしらの含みを感じたが……今は、触れないで、上手く誤魔化すとする。
「別にいいだろ。それぞれが、その時々で、美味いもんを食ってるのだから」
その言葉に、イーリスが何を思ったのかは知らない。
だが、ぼそぼそとリカロスの言葉を復唱し、何処か納得した所があったのか、沈んでいたイーリスの表情が、ほんの少し、明るくなった気がした。
「──うん、きっと、美味しいご飯いっぱい、食べれてるよね」
岩の上に置いた肉は、イーリスには多すぎると思ったが、そんな事は無く、ペロリと全部平らげてしまった。これが子供の食欲かと感心していたが、死の平野と灼熱の火山地帯を歩いていたのだ、あんな所に食料何てある筈がない。単に飢えていただけなのかも知れない。
「………………」
リカロスは、無言で追加の肉を焼くことにした。