08.慈悲
黒髪黒目の少女はドラゴンに願う、「私を食べて下さい!」と。
何をぬかすんだこの童は、とも思ったが、どうやら少女は『死』を求めているようだ。ならば、痛みも感じないよう、一瞬でその命を終わらせてやろうと、ドラゴンは最大火力の魔法を放った。
───だが、少女は傷一つ負う事なく、生きていた。
生まれ持ってのスキルか、加護か、あるいは呪いか。だが、この世界に永遠等ない、原因を解明して、少女の望みを叶えるべく、少女とドラゴンは、共に旅を始める───。
何でこのドラゴンは、攻撃をしてこないんだ?
こっちが全く動けない程の威圧を、叩きつけてると言うのに?
ジュゼはそれが理解出来なかった。
威圧を向けると言う事は、こちらに対しての警告だ。
一度目が威嚇だとしたのならば、二度目は、攻撃するぞと最終通告したような物だ。なのに、このドラゴンは、不機嫌そうに唸るばかりで攻撃をしてこない。
異常と取れる行動だ。
「………………」
攻撃をしてこない、ならば、今のうちに少しでも隙を作り、仲間を逃がす事は出来ないか?
そんな事を少しでも思ってしまったのが悪かったのか、急に、バチンと、何か強く叩きつけるような音が響く。
「ぐっ?!」
バチンと言う音が響いたと思ったら、次の瞬間には、耐え難い重力が全身に襲い掛かり、気付けばドラゴンの尾に捕まってしまっていた。
しかも、パーティーメンバー全員纏まって。
今の一瞬で何が起きたのだろうか?ギリギリと締め上げられる圧迫感と、仲間の呻き声で、幻想なんかではないと突き付けられるが、正直、今までの事全部、幻であって欲しかった。
チラリと視線を動かせば、隣のアトラは威圧が耐えられなかったのだろう、気絶しており、後ろのゾムザは尾の締め付けが苦しいのか、耐え忍ぶ声が漏れる。
シークはまだ無事かと確認しようとした矢先、尾が勢いよく振りかぶられ──宙に放り投げられた。
殺されると思っていたドラゴンの元から離れていく光景に、安堵を溢すものもいただろう、だが、ジュゼはそうではなかった。
見てしまったのだ、投げ飛ばしたドラゴンの側に、『厄災の魔女』が寄り添うのを。
そこから連想してしまうのはどうしても最悪な事で。
まさか、厄災の魔女が、ドラゴンを仕えたとでも言うのか?
もしもそれが、本当に起きてしまっている事だとしたら────。
この事を、ギルドに報告しなければ。
だが、それが叶うかは、彼等が無事に、着地出来るかによるのであった。
「……『殺しては駄目』とは、随分甘すぎるのではないか?イーリスよ」
目障りな冒険者を、放り投げ終えたリカロスは、不服そうな声をイーリスに向ける。
「でも、ほら。私は、何ともないから……」
両腕を広げながらくるりと回り、傷一つ無い事を見せる。が、そんなもの無くて当然なのだ。
「あの攻撃は、どう見ても殺すものだった」
リカロスは見たのだ、冒険者がイーリスに向かって、人に向けるには強過ぎる魔法を、何の躊躇もなく放ったのを。
明らかに常軌を逸した行動だ。それとも、冒険者と言うのは、偶然居合わせた子供に魔法を放つような、外道に成り下がりでもしたのだろうか?
イーリスがあんな攻撃で死なんのは分かってる、分かっているが、気に食わなかった。
攻撃をしたと言う事は、殺られる覚悟があると言う事だ。だから、ワシの連れに手を出した報いを受けさせようとしたが、イーリスが、『殺しちゃ駄目』だと言い──腹の虫がおさまらんから、ぶん投げてやったのだ。
「……うん。私、真っ黒だから。怖かったんだよ、きっと。それに、多分、これが普通なんだよ」
確かに、イーリスは人の身にしては、随分珍しい毛色をしている。しかし、それだけで攻撃されるのが普通なんだろうと言われ、そうか、と納得する筈がない。
イーリスには色々と聞くべき事はあるだろうが、何せ、出会いの場が場故、訳ありなのは承知済みだ。それを口に出さないと言う事は、まだ知ってほしくないからか、言えない程、心に傷を負っているからか、単純に知られたくない理由があるからか。
昨日の今日だ、懐かれているからと言って、打ち明けるには、また別の信頼も必要だろう。時が経てば、自ら話す事もあるかも知れないが、余りに酷いようだったら突くのも、止む無しだ。
「普通か。……フンッ腹の虫は収まらんが、まぁいい。ワシだってお主に言って無い事とかあるしの」
例えば、さっきイーリスは殺しては駄目だと言い、ぶん投げた冒険者。あれらの生死がどうなっているかと問われれば、分からないとしか言いようがない。
放り投げたあの高さからでも、人は落ちれば死ぬ。だが、イーリスはそんな事知らんし、あれほどの上空を飛んだ後だ、あの位で死んでしまうとは、結びつかないだろう。だから、放り投げても、それ以上は何も言わないのだ。
全員無事だと思っているから。
だからこれは、言わなくていい、知る必要もない、余計な話だ。
とは言っても、それはあくまで何もしなかった場合、そうなる可能性が高いと言うだけであり、運よく木がクッション材となり、助かるかも知れないし、培った経験を活用し何らかの方法で助かっているかも知れない。が、やはりこれも、知らなくていい話なのだ。