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06.臆病者の綿兎

黒髪黒目の少女はドラゴンに願う、「私を食べて下さい!」と。

何をぬかすんだこの童は、とも思ったが、どうやら少女は『死』を求めているようだ。ならば、痛みも感じないよう、一瞬でその命を終わらせてやろうと、ドラゴンは最大火力の魔法を放った。

───だが、少女は傷一つ負う事なく、生きていた。

生まれ持ってのスキルか、加護か、あるいは呪いか。だが、この世界に永遠等ない、原因を解明して、少女の望みを叶えるべく、少女とドラゴンは、共に旅を始める───。

 空に放り出されたイーリスであったが、そこは流石ドラゴン。宙返りするかの要領で円を描くように旋回、急降下し、元の位置へとイーリスをキャッチする。勿論、今度は落ちないよう、風魔法で補助済みだ。


 「ハーハッハッハハッ、悪いな!己の背に誰か、それこそ人など乗せた事が無い故、掴まってられず落ちるとは知らんでな!」

 「し、心臓が出ちゃうかと思った……」


 ぜーはーぜーはーと、肩で息をするイーリスは、涙目になりながら自分の胸付近を触ったり、口をもご付かせたり両耳を塞いだり、出ていない?出ていないよね?と何度もせわしなく確認している。


 「だがしかし、お主がこの高さから落ちればどうなってたか、と言う興味はあったな。まぁ、そんなつまらん殺し方はせんが」

 「?この高さから落ちると、どうなっちゃうの?」

 「そうだのー、この高さから何もせずに落ちたら、竜種であっても、ひしゃげて死ぬな。だから気になったのだが……」

 

 正直、イーリスなら何事もなかったかのように弾んで、地面を転がってそうではあるが。

 

 「お、落とします……?」

 「そんなつまらん殺し方はせんと言っただろう!む、ほれ、目的の場に着いたぞ!」


 プルプルと小動物のようにか細く震える声を一喝すれば、目先に目的の山と、まだ色の若い草原が見えて来た。単独だったらそのまま先にある、標高のある山へと向かうのだが、今はイーリスが居る、一度手前の草原に降りる事にした。

 バサリ、バサリと、両翼をはためかせると、揺れる草原から白い毛玉のような物がふわりふわりと浮いて、また草原の中へと隠れて行くのが見えた。


 「!綿兎」


 背中でその様子を見ていたイーリスが、白い綿毛をそう呼ぶ。

 綿兎、とは、イディクエサの草原や稀に森林にも出る、食用可能な草食動物である。特徴はその名前にもあるように、綿毛を連想させるような白い毛に、丸みのあるフォルム。風魔法の性質が少し有り、危険を察知するとその身をふわりと浮かせ、綿毛のように移動するのだ。因みに、肉質は柔らかく、ほのかな甘み、爽やかさを兼ね備えており、綿兎は冒険者や民衆にとって、好まれている食材だと言えるだろう。


 「ん?ああ、アレはそういう名で呼ばれていたのか。だが、ワシの目的の獲物は違うでな」


 首を動かしイーリスの服を器用に咥えると、そのままペイッっと草原へ放り投げた。草原は一見ふさふさとした見た目だが所詮は草、それがクッション材になる筈もなく、受け身の取れないイーリスは、またもや顔面からべちゃりとダイブする。

 顔全体で草の香りを感じつつ、耳にはピィピィ、ピィピィと、甲高い綿兎の鳴き声が響く。ドラゴンが居る事で危険を感じ、逃げ惑う綿兎が、次々イーリスの背中にモフリと乗っては飛び去っていった。


 「……イーリス、お主、そ奴等に危険視もされんのだな。まあ、それなら丁度いい、ワシはそっちに見える山の方で狩りをしてくるから、お主も自分で食べる分を捕まえると良い」

 「えっ」


 リカロスはそう言うと、まだ雪が(まば)らに残る山の方に、さっさと飛び立って行ってしまった。

 

 「捕まえる……」


 一人草原の中、ポツンと置いて行かれたイーリスは、近くに居た綿兎をジッと見つめた。綿兎は特に逃げる事もなく、白くふわふわな毛で包まれながらも深緑のつぶらな瞳をイーリスに向け、首は何処だか分からないが、コテンッと傾げてみせる。


 可愛い……。


 逃げないならば捕まえられるかも?と、伸ばされた両腕が途中で止まり、その愛苦しさに悶えてしまう。


 「綿兎、美味しいのは分かってるけど……生きてるのは、可愛いくて無理だよ……」


 リカロスも狩りをすると言っていたし、少しだけでも分けて貰えないだろうか?そんな事を考えながら、リカロスが向かった山を見ると、先程迄快晴だった筈の上空が、とてもどんよりしていた。

 雨でも降るのだろうか?そう思った矢先、地面が震える程の雷が、山に向かって一直線に降り注いだ。


 ドォオオオンと、弾けた音と振動に驚いたのは、自分だけではなかったようだ。ビリビリとした空気に、綿兎も一斉に飛び上がる。

 そして、何処が安全なのか分からなくなってしまった綿兎達は、何故かイーリスの方へと向かって翔んで来た。


 「わ、わわわわわわ……」

 

 一斉に詰め寄った綿兎のせいで、草原には、不自然な白い山が、こんもりと出来上がる。そんな綿兎達は、雷鳴が落ちる度全身をビクリと跳ねさせ、毛もぶわりと逆立たせた。その中心に埋もれてしまったイーリスは、綿兎の毛のくすぐったさに、成す術なく必死で耐えるしかない。

 突如発生した雷は、すぐに止む事はなく。雷鳴が轟く度、綿兎達はビクビク、ブルブル怯え震え、甲高い声を上げ続けた。

 綿兎はとても臆病な生き物だ、その為警戒心もとても強い。それなのにこの場で自分の所に来たと言う事は、少なからず頼られているから、かも知れない。

 

 撫でてあげれば、落ち着いたりするのかな? 

 私だったら、怖い時そうしてもらったら、ホッとしちゃうけど……。 

 

 「でも、私が撫でた位じゃ、怖いの収まらないよね……」


 それでもやってみよう、そう思って動きづらい中伸ばされた手は、突如聞こえた声により、ピタリと、固まってしまった。


 「ジュゼ!こんな危険な所さっさと離れようぜ!見ただろあのドラゴン!」

 「だったら尚更だ。ちゃんと情報をギルドに報告しないと。ラトア、あの場所は何処だか分かるか?」


 少し離れた所から、そんな会話とガチャガチャとした金属の擦れる音が聞こえてくる。イーリスはそんな彼等の会話を耳にし、彼等が何者なのかを理解する。


 「──冒険者…………」


 そう呟くイーリスの顔は、怯えた物だった。

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