49.動き出した、私の世界-⑲
これは、『厄災の魔女』と恐れられる、黒髪黒目の少女"イーリス"が、長い時を生きる古龍”リカロス”と、出会う前の出来事────。
「ハッ、ハッ────」
イーリスは走りながらチラリと横目で後方を見れば、何故だか何時の間にか、灰色狼がいっぱい付いて来ていた。
思いがけない幸運。けれど、だからと言ってイーリスは速度を緩める事なく、そのままひたすらに崖へと向かって行く。
「わ、きゃ」
後方にいる灰色狼を食べに来た砂漠蟲が、地中から飛び跳ねそのまま前方の地中へと戻っていっても、イーリスは直ぐに体勢を立て直し、恐れずに走って行く。
──可笑しいよね、私。こんなに魔物に追われてるけど、全然怖くないんだ。
だって、もっと怖い事があるから。
*****
「ロゾニクス公!不味いです、もうッ」
身体強化をかけて走ってきたが、それでも魔女との距離はまだ遠く。
「チッ、こうなったら」
ジュタールは担いでいたレッフェディオンを、いきなり横に投げ捨てた。
「~~~~っちょッ?!」
一瞬何をしてくれるんだこの人はとも思ったが、投げ出されたレッフェディオンの身体を、警戒用として周囲を飛び回っていた盾が、ダンッと音を立てながら瞬時に受け止めた。
「いいか、レッフェディオン!今からお前を魔法可動域ギリギリまで飛ばし、全力でブン投げるッ。後の着地は自身で何とかしろ!」
「は?!あぁ゛~~~~分かりましたよ!!」
投げるのは構わないが、一番の問題である着地を丸投げされてしまった。
こんなに魔力が少ない状態では、衝撃に耐えきれる程の防御魔法を纏えるかが博打状態だ。
だが、だからと言って他の案を考える時間も無い。レッフェディオンはジュタールのその案を、半ばやけくそ気味に承諾した。
「行くぞ!」
「~~~~~~ッはぃ!」
ジュタールの合図により、盾は一気に加速する。
その速度は余りにも速く。
ジュタールの魔法可動域である、三十メートル付近に着くのもまたアッと言う間だった。
レッフェディオンを乗せていた盾は、その身を角度の付いた縦向きから横向きに変え、そのまま弾かれたようにぐるりと回転し────。
レッフェディオンは遠心力の力で、一気に押し飛ばされた。
「~~~~ッッ!!」
着地直前に風魔法で更に衝撃威力を緩和したレッフェディオンは、砂塵を巻き上げながら数回転転がり、その勢いのまま起き上がり──身体強化と風魔法による補助をかけ、誰よりも速い速度でイーリスの元へと駆けだした。
だが、先程の着地に、砂漠蟲は反応したみたいだ。
既に過ぎ去った場所からは砂漠蟲が顔を覗かせており、砂漠を駆ける餌達に狙いを定め始めたかと思えば、ロゾニクス公が盾を使い、砂漠蟲がこちらに向かう前より速く、殴り飛ばしてくれていた。
走る事だけに集中できたレッフェディオンは、灰色狼を後ろから次々と追い抜かしていく。
が、それでもまだ、イーリスには届かなくて。
彼女の姿は、既に崖先にあった。
「ダメだッ!────イーリスッッッ!!!」
晴れ渡る砂漠の上で、悲痛な叫びが響き渡る。
傾きだした身体に、届かないと分かっていても、レッフェディオンはその手を伸ばした。
視界からフレームアウトするその一瞬は、まるで、世界の時の流れが緩やかになったかのように錯覚させられ、イーリスの姿はゆったりと、ゆったりと崖の中へと呑まれて行き────
イーリスの姿が視界から消えた瞬間、世界はまた、当倍速で動き出した。
「っ?!」
ガクンと視界が揺れた。
懸命に動いていた足が、イーリスが崖に呑まれていってしまった光景を見て、力が抜けてしまったようだ。
自分の足に突っかかったレッフェディオンは、勢いよく地面を転がった。
「………………」
ピクリとも動かなくなったレッフェディオンの横を、灰色狼達は構う事無く通り過ぎて行く。
彼等は止まる事は無く、まるでイーリスの後を追うかのようにその身を崖の中へと捧げて行った。
「……───追いかけ、ないと」
レッフェディオンは四つん這いの体勢から身を起こした。そして、ゆっくりとした足取りで大地を踏み込み、歩を進めて。
レッフェディオンの往く手を、三枚の盾が塞いだ。
それを避けて進もうとすれば、更に一枚の盾が目の前に突き刺ささり──
「何、馬鹿な真似をしようとしているんだ貴様はッ!!!?」
追いついたロゾニクス公に、肩を掴まれ振り返えさせられた。
「──ッ邪魔をしないで下さい!!」
レッフェディオンはその手を、このやるせない気持ちをぶつけるかのように払いのけた。
まるで、子供の癇癪でも見ている気分だ。
だがジュタール・ロゾニクスと言う男は、そんな子供の癇癪を、優しく受け止めるなんて事はしない。
「お前が落ちた所で何が出来ると言うんだ?!死体を増やすだけだろ!」
払いのけられた手で、レッフェディオンの胸ぐらを掴んだジュタールが怒鳴る。
「────ッッでも!僕はっ、任されたと言うのに、こんなっっ」
そう答えれば、ジュタールは胸ぐらを引き寄せ、吠えた。
「任されたから何だと言う!」
「────ッッ」
何も背負ってない者のその台詞は、自暴自棄になりかけていたレッフェディオンを掻き立てるには、十分すぎた。
「────ッ十一年ですよ?!」
レッフェディオンは叫んだ。
「僕はっ、お父様の十一年近い努力を無駄にしたんですよ!!?このまま、終わらせる何て、そんな事、出来る訳────ッ」
そう叫ぶレッフェディオンに対して、ジュタールは怒気を含んだ視線を向ける。
「──それで?このまま終われなくて、その末お前が死んだとアイリニーヒの奴が知ったら、それこそアイツを追い込むだけだと……何故そこまでの考えが向かんのだ貴様はッ」
「ッッ」
その言葉と共に胸ぐらを掴んでいたその手が、レッフェディオンを突き飛ばす形で離され、よろけたレッフェディオンはその場に尻をついた。
「第一、貴様はガキのくせに何でもかんでも背負い込もうとして……そう言うのは、全部俺のせいにしてしまえばいいだろうが。個人的な理由で『厄災の魔女』を連れ去った挙句、取引でお前に返して尚その後も、俺ならば守り切れるだろうと言う傲慢さで同行をさせたのだから」
「……イーリスを連れ去った理由はどうであれ、その後の事は僕の無謀さによるものです。その結果、貴方達の隊にも迷惑をかけ、挙句、サミアさんは────ッ」
「サミアね──」
ジュタールは身を翻すと、来た道を戻り始めた。
「付いて来いレッフェディオン。あの場で何があったのか、調べるぞ」




