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16.魔鉱石採掘場と居住区

黒髪黒目の少女はドラゴンに願う、「私を食べて下さい!」と。

何をぬかすんだこの童は、とも思ったが、どうやら少女は『死』を求めているようだ。ならば、痛みも感じないよう、一瞬でその命を終わらせてやろうと、ドラゴンは最大火力の魔法を放った。

───だが、少女は傷一つ負う事なく、生きていた。

生まれ持ってのスキルか、加護か、あるいは呪いか。だが、この世界に永遠等ない、原因を解明して、少女の望みを叶えるべく、少女とドラゴンは、共に旅を始める───。

 魔鉱石採掘所、居住区。

 そこは、この国イディクエサ最北の防衛ラインギリギリの場所に造られた、人ならざる者が、獣人が、唯一生きる事を許された地である。


 「──成程、研究用の魔鉱石が入っていた箱が四つ、確かに無くなっている」


 居住区に着いて早速向かったのは、三日前、略奪にあった保管庫だ。

 師匠はそこで、在庫管理表と実際残っている物資の数を確認していた。


 「この数のままだと、少し心もとないな。後で拠点の余剰分を回してもらい、次々回以降の注文数を少し多く──」


 ブツブツと呟きながら、師匠は手元の用紙に補充数や今後の納品予定を物凄いスピードで書き連ねていく。俺は、そこら辺の事は分からないので、大人しく後方でその様子を見守る他ない。


 そもそも、どうしてこんな雑務を、師匠がやっているのかと言うと。

 ここに住む獣人は、師匠以外の人には警戒してしまうのだ、牙を剥きだしにして唸る程に。


 この場所は数百年前から師匠の家──ロヴァレンス家が取り仕切っていた。だからだろうか、獣人はロヴァレンス家の現当主、アイリニーヒロヴァレンスにのみ大変敬意を示し、畏まる。

 が、それ以外の人間は本当に駄目だ、天と地の反応を見せられてしまう。

 入隊当初、初めて獣人に面会した時は、中々に心堪えた。

 師匠にブンブンと尾を振る姿に、顔が緩んだまま挨拶をと近づいたら、牙を剥きだしにして唸るのだから。

 そんな初対面であっても、中にはめげない同期もいた。諦めずに、何度も会っていれば、打ち解けられる、と本気で思っていたんだろう。

 「獣人に警戒される、何時までも仲良く出来ない」その事を先輩騎士達に相談する事もあったが、「俺達もだ!」と大いに笑われた。

 どうやらこれは誰もが通る道なようで、 そうして、意気込んでいた同期は、一年過ぎた今では、警護や見張りの任務以外、一切住民区に寄り付かなくなった。


 獣人の警戒行動については、以前から師匠も見かねていて、時たま、「余り警戒してやるな」と言ってはくれるのだが、今日こんにちまでその改善は見られていない。

 それ程直せないのだ、きっと獣人は、生理的に人間の事が無理なのかも知れない。

 だから、採掘所でも住民区でも、基本隊員は中まで入りこまず、周辺に待機している。何か急を要する事があれば、獣人が遠吠えで知らせる、と言うのが、今の体制だ。


 「……前々から、気になってたんですけど。どうしてここの連中は、略奪者の事止めてくれないんすかね。住んでる場所が違うと言え、同族なんだから」


 そうしてくれれば、こんなにも長い年月、物資の略奪何てされずに済んでいたのかも知れない。

 怪我人だって出ずに済んでたかも知れない。


 そもそも、ここに住まう獣人の食料や衣類、生活雑貨の提供は、全て師匠の、ロヴァレンス家の金銭で(まかな)われている。

 採掘場で働いてもらってるのは、あくまでもこの場に住み続ける事を許す為の対価でしかない。酷い話かも知れないが、それが、大昔に交わされた、獣人がこの地で生きる事を許す、条件なのだ。


 そう言う訳で、略奪者に盗られれば盗られる程、ロヴァレンス家から出る金額は増え、結果、師匠に迷惑をかけている事にもなる。

 敬意を払ってるなら、恩を感じているなら、ちょっとは捕まえようとしてくれたっていいじゃないか。

 

 「……彼等にも彼等なりに手を出せない理由がある。ブレイズ、今後そう思う事があっても、彼等の前でその様な言葉は出さないで欲しい」


 師匠は、獣人に対して少々甘すぎる気がする。 


 「──分かり、ました……。でも、その理由ぐらいは教えて下さい」

 

 そう言うと、師匠は少し困った表情を見せた。

 こちらを見るその目は、幼い子供に説明するのを躊躇ためらう、大人のソレだ。


 「……溝があるんだ。彼等の間には、埋める事が難しい程の深い溝が。そしてそれは、私達が知り得もしない、千年近く前から既に発生している。去った彼等にとっては仕方のない決断だったのかも知れない。だが、残った者の思いは、恨みは、今でさえ消える事無く残り──」

 

 「ここに住む彼等は、今の代になっても、過ぎた時代の罪悪感をずっと引き継いでいる。だから、止める事が出来ない。彼等は同胞を捨てたのだから、今更口出し何て、出来るはずがない」



*****



 先程の師匠の話は、中々に衝撃的だった。

 話の芯となる部分はぼやかしていたが、こんな話、歴史書の何処にも書かれていない内容だ。

 

 千年、千年かぁ……。

 いや、もう十分じゃない?解放してやれよ、そんな呪いから。


 「アイリニーヒ様!」


 あの話の後、師匠は直ぐ雑務を再開させ、今はもう既に他の場所に向けて移動の最中だ。

 どうやら師匠が言付けを伝えたかったのは、居住区内にある魔鉱石研究施設の研究員にだったよう。

 施設が近づくと、こちらの音や匂いで気付いていたのか、施設から出て来た一人の研究員が師匠の名を呼んで、物凄い速さでこちらに駆けて来る。 

 

 「レティ、息災だったか?」

 「はい!」


 レティと呼ばれた狼型の獣人は、四足歩行から二足歩行へと歩みを変えると、深々とその頭を下げるが、嬉しいのか、しっぽはバタバタと暴れている。


 「今日はどのような用でこちらに?最新の魔鉱石エネルギー効率の研究結果を聞きに?それとも魔石を製作する際のカットラインの見直しですか??それか、それか、以前植えた──」

 「レティ、三日前に略奪者が来たのは、聞いているかい?」


 息継ぎをしないで一息にツラツラと弾丸トークを披露するレティに、師匠は構わず会話をねじ込ませる。


 「略奪者が……いえ、聞いてません。研究の方に夢中でしたので」

 「そうか、では簡潔に話すが。今回、略奪者が研究で使用する魔鉱石の入った箱を、四箱持って行った」


 淡々とした説明、だがその内容を聞いたレティの耳と尻尾は、徐々に下がりだす。

 

 魔鉱石は貴重だ。

 只でさえ日々量を増やせだ、こちらにも売ってくれ、と言う催促の連絡がひっきりなしに来る。

 四箱も盗られたんだ、毎週納品する数を思えば、研究用にすぐの補充は見込めないだろう。

 だが、残っていた物だけでは底を付くのも時間の問題だ。

 

 これは、研究を一時停止するしかないな。


 レティも、そう言われると思っているから、自然と目に見える反応をしてしまっている。


 「なので、国に出す分を少なくし、今後、またこういった事が起きる事態を想定し、研究用の確保数を増やす事とした」

 「わ~~~!増えるのですね!それは良かった!!」

 「師匠ッッッ??!!!」

 

 師匠の決断に、レティは嬉しそうに花を咲かせ、弟子である俺は、焦りで叫ばずにはいられなかった。


 「何だい?ブレイズ」

 「何だいじゃないですよ師匠?!只でさえ国から増やせと言われてるのに、更に配給量減らすなんて!しかも理由が、研究分の確保が優先って・・・・・・」


 そんな説明でもした日には、あちこちから抗議が来そうだ。

 いや、何なら、直接王城で説明してもらおうかと連絡が来るかも知れない。

 

 「ブレイズ、仮に国の要望を聞き入れ、魔鉱石の量を今より増やしたら、国は、これらを必要とする者は、何と言うか分かるか?」

 「え?そりゃ、欲しかった物が行き渡るようになったんだから、ありがたいとか、助かるとか、ですかね?」


 俺の答えを聞いたレティが、マジかよコイツ的な視線を向けて来た。

 え?俺何かまずい回答した?? 

 と言うか、俺が答えてからの師匠の顔が怖い。ニコリと微笑んでるが、とてつもなく怖い。


 「ブレイズ、その答えは残念ながら違う。正解は──また同じ言葉を言ってくる、だ。ああ、後はそこに値下げの願いも付けて来るか」

 「は?」


 同じ言葉と言うと何だ?せっかく魔鉱石を多く出しても、今度はまたそれより多くの量を求めて来る?しかも値を下げろって??


 「私は魔鉱石の金額を上げるつもりも下げるつもりもない。が、数はこちらで調整させてもらう。増やせば、まだ取れるのだろうと数を吊り上げ、数が多くあるなら安くも出来るだろう、と言う連中が必ず出て来るからだ。逆に数が減ってしまっても、値をそのままで出していれば、数の催促はあっても値の変動を求める声は来ない。時たま元の数で納めてやれば今回は多かったですねと、元に戻っているだけなのに喜んだりするものだ」

 「うっわぁ……」

 「勿論国には研究用とは言わず、採掘量が減少傾向にあると報告しておく。王都にいる連中は連絡ばかりひっきりなしに寄こすが、結局一度としてこの場所に訪れる事は無かったのだ。見てもいない事を判断する事は出来ないだろう」


 どうやら俺は、魔鉱石に関わる仄暗い一片を知ってしまったようだ。

 そうなると、師匠が国からの催促を無視してるのも頷けるし、数を減らすのも、誤魔化す手としてはいいのかも知れない。


 「国が絡むと面倒ですよね。昔の支配人は数に関係なく、売れれば売れる程どんどん値を上げてたそうです。ですが、欲に眩み過ぎて、周りが見えなくなっていたのでしょう。最終的に足元を掬われて、(むご)い死を迎えたそうですよ」


 クスクスと笑いながら、昔起こった事を話すレティだが、所々強調して言ってる所が怖い。

 ロヴァレンス家がここを承る前の状況はとても酷かった物だと聞いた事もあるが……そうか、足から……。


 「第一、魔鉱石は未だ解明されてない点が多い。理解を深めるために研究用に数をあてるのは当然だろう。むしろ、今までが少なすぎたくらいだ」


 その言葉に深く、深~~く、首を頷けるレティ。

 だがそれも、今日以降は改善される事となるのだろう。それも、これも、皮肉にも略奪者のお陰とも言えよう。


 「──レティ、すまないが、私はまたしばらく研究所に来る事が出来ない。私が居ない間、引き続き各々の研究を進めていて欲しいのだが、任せたままでも構わないだろうか?」

 「!そんな畏まらないで下さい!アイリニーヒ様!勿論お任せ下さい。必ずアイリニーヒ様が頷けるような研究結果をお見せ出来るよう、研究員一同、精一杯努めさせて頂きます!!」


 拳を握り締め、吠えるように叫ぶ獣人の瞳には、炎のように熱いやる気が満ち溢れていた。

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