15.最北の防衛拠点
黒髪黒目の少女はドラゴンに願う、「私を食べて下さい!」と。
何をぬかすんだこの童は、とも思ったが、どうやら少女は『死』を求めているようだ。ならば、痛みも感じないよう、一瞬でその命を終わらせてやろうと、ドラゴンは最大火力の魔法を放った。
───だが、少女は傷一つ負う事なく、生きていた。
生まれ持ってのスキルか、加護か、あるいは呪いか。だが、この世界に永遠等ない、原因を解明して、少女の望みを叶えるべく、少女とドラゴンは、共に旅を始める───。
三日前の夜。
北方の魔鉱石採掘場、居住区にて、また略奪者が来たとの連絡を受けた。
アイリニーヒは早急に隊員数名を引き連れ領地から出立し、三日経った今現在、魔鉱石採掘場がある最北の防衛拠点へと辿り着いていた。
拠点では、待機や見回りをしている物、稽古をしていた物、誰もがアイリニーヒの姿を見かけるなり、右手を左胸に当て、敬礼の姿勢をとっている。
それに軽く声を掛けながら移動し、アイリニーヒは、「隊長を呼んできますので、しばしお待ち下さい」と言う案内の元、拠点の奥へと足を進めた。
乗って来た馬を隊員に任せていると、留守中の指揮を任せている第一部隊隊長、ダッハローニ・ヴィーナバハル伯爵が急ぎこちらに向かって来る。
「お忙しい中来ていただき、申し訳ありません。アイリニーヒ公爵様」
「気にするな。それより、負傷者は?」
「ハッ。当日、居住区を見回りしてた者等が、骨を折るなどの怪我を。ですが、そちらは既に治癒魔法士により治療済みです」
「そうか──略奪者は?」
「いつも通りです。奪うだけ奪うと、さっさと逃げて行きました。私達が居住区に着いた時には、既に転がっている隊員の姿だけしかありませんでしたので・・・・・・。ああ、ですが、ブレイズなら、詳しく知っているかもしれません。救援信号が打ちあがった時、誰よりも速く駆けつけていましたので」
「そうか、ブレイズが」
「お、噂をすれば。丁度本人がこちらに向かって来たようです。──おい!ブレイズ!!」
流石第一部隊隊長、声量が凄まじい。
数歩後ろに居たおかげで、真横でその声量を浴びずに済んだが、それでも身体にビリリと響く。
少し離れた場所に居たようにも感じたが、私の弟子であるブレイズはちゃんと呼び声が聞こえていたようだ。炎のような色の髪を揺らし、こちらに駆けて来る。
「師匠!いつの間にこちらに?!」
「先程だ。ああ、ダッハローニ、後はブレイズから話を聞く。引き続き、他の業務を頼む」
「ハッ!では、失礼いたします」
ダッハローニは機敏な動きで敬礼をすると、忙しいのだろう、駆け足でその場を去っていく。その姿を目で追い、十分に距離が離れた事を確認すると、アイリニーヒはようやく弟子へと口を開いた。
「──ブレイズ、ダッハローニから、襲撃時お前がいの一番に駆けつけたと聞いた。今回の襲撃は、想定より随分と速かったが……何か異変は見られたか?」
「俺、そう言う説明するの、苦手なんすよね……。あ~~、んと。……師匠、これは俺が勝手に感じた事なんで、役に立たないかも知れないんですけど」
「構わない、言ってみなさい」
「もしかしたら、結構ヤバいのかも知れない……なぁんて」
ぽりぽりと頬を掻きながら、ばつが悪そうに、結構ヤバいのかもとブレイズが言う。
その言葉だけで、アイリニーヒは今回の件の警戒度を上げた。
弟子のブレイズは、直感的な感覚が鋭い。何か違和感を感じたなら、そう思ったなら、確実に何かがあるのだ。
「──何を見て、そう思った」
「あいつ等、今回魔鉱石の入った箱まで盗って行ったんです。いつもなら食料しか持って行かないのに」
「魔鉱石?……──ブレイズ、それは確かか?」
「師匠と、剣に誓って」
「……分かった」
真っすぐに強い光を放つ、猩々緋の瞳を見て、嘘偽りを疑うのは無粋と言う物だろう。アイリニーヒは、弟子のその言葉に頷きを見せる。
「師匠は、今回の件、どう考えますか?」
「普通に考えるなら、武器、だろうね」
「ですよねぇ~~~。でも、なんでわざわざ魔鉱石を略奪したんですかね?魔鉱石ならあいつ等の居る場所にいくらでもあるでしょうに……。まさか、嫌がらせ、ですかね」
「それは否定しないが、単純に、掘るより盗る方が効率が良いからだろう。魔鉱石を掘るのは、中々に重労働だ。身体強化をかけながら掘ればより速く進むだろうが、それには魔力を消耗する。その消耗しきった魔力を回復させるにも、質の低い食事から得られる魔力量は高が知れる。ならば、多少リスクを冒しても、数分の身体強化で木箱に詰まった魔鉱石が得られる方を選ぶだろうさ」
「成程……」
質の低い食事か。
山の向こう側がどうなっているかとか、どのくらいの獣人や亜人が住んで居るかとか、俺は分からない。
けれど、この防衛拠点より先で生きているか、後ろで生きているか、只それだけで、このような差があっていいのだろうか?
略奪と言う行為を許すつもりはないが、何だか歯痒い気分になる。
「聴取はここまでだ。手間を取らせたね、ブレイズ。業務があるならそちらに戻るか、無いようだったら訓練へ向かいなさい」
「あっ、はい。ん……?師匠はこれから、何方へ?まさか、もう山を降りるとは言いませんよね?」
つい何時もの反射で、「はい」と言ってしまったが、師匠はこれから何処へ向かおうとしているのだろうか?よくよく周りを見ると護衛らしい姿がない。
「私は、これから居住区に向かう。一通り確認をしたいし、言付けもあるからね」
あっぶね。もう少しで、一人のまま行動させる所だった。
「師匠、いくらご自身が強いとは言え、護衛一人も付けないで歩き回ろうとするの止めて下さいよっ!しかも居住区に!ご自身の身分分かってます?!護衛が嫌なようでしたら俺がついて行きます!なんたって師匠の弟子なので!」
挙手をしながら己の師匠にズイズイ詰め寄った。
少々うざったいと思われるかもしれないが、残念ながらこの位グイグイ行かないとああだこうだ上手い言葉を吐いて、一人行動をしてしまうような人なのだ、アイリニーヒ・ロヴァレンスと言う、俺の師匠は。
「またか、ブレイズ。住居区に行くと言うのに、それでも何度も付いて行きたがるなんて、相変わらず変わってるな君は。まぁ、良いだろう、あそこの住民も君の事は受け入れてるようだから」
変わっていると言うが、俺的には護衛の一人も連れ歩こうとしない、師匠の方が変わっていると思うんですが。
まぁ、そこまでは口に出さないけれどね。
けど、いくら住民区とは言え、最低限の警戒心は持ってもらいたい。
だってそこは──獣人が住まう場所なのだから。