11.真っ直ぐな瞳
黒髪黒目の少女はドラゴンに願う、「私を食べて下さい!」と。
何をぬかすんだこの童は、とも思ったが、どうやら少女は『死』を求めているようだ。ならば、痛みも感じないよう、一瞬でその命を終わらせてやろうと、ドラゴンは最大火力の魔法を放った。
───だが、少女は傷一つ負う事なく、生きていた。
生まれ持ってのスキルか、加護か、あるいは呪いか。だが、この世界に永遠等ない、原因を解明して、少女の望みを叶えるべく、少女とドラゴンは、共に旅を始める───。
「悔しいが、人の作る飯は旨いからな。酒も、ここ三、四百年で随分物が増え、旨くなったと来たものだ。ムゥ……いかん、思い出すだけで酒が飲みたくなってきたぞ」
今さっき白金大犛牛を食べたと言うのに、ゴクリと、リカロスが喉を鳴らす。
その表情は少しばかり夢見心地のようで、ご飯=町、と連想して、顔を暗くさせたイーリスとは正反対だ。
「次は、町に行くの?」
「町と言うより、村だな。ここから東南に行くと、アシスと言う村があった筈。序で手土産も買おうと思ってな」
「手土産?」
「お主のその体質について、ワシより知恵者に──と言うより、ワシの兄様に見て貰おうと思ってな。洞窟の奥から出て来ない方だからな、目新しい物を持っていけば、喜ぶだろう」
リカロスには兄が居るのかと驚いたが、そう言えば、会った時に言ったような気もする、と思い返す。
本当は、人の多い所には行きたく無い。
でも、リカロス、お兄さんの事を話す時、何処か嬉しそうだった。きっと仲が良いんだろうなぁ。
リカロスとお兄さんの為にも、私が、村に行って(買い物なんてした事無いけど)買うしか──。
「金銭はあるのだ、お主も、村に着いたら好きに使うといい」
「むぅ?」
リカロスはそう言うと、イーリスへ銅貨と銀貨が入った方の袋を渡し、自分は金貨の入った袋を、爪にへと引っかけた。
やっぱり、金貨は欲しかったのかなぁ。
ジィーッとその袋を見ていると、それに気づいたリカロスが、駄目だ、駄目だと、厳しめに声を張る。
「金貨なぞ子供が持っていたら、スリの良い的だ。こっちはワシが使うから、イーリスはそれで我慢してくれ」
「使う?リカロスが??でも、そんなにおっきい身体で村に行ったら、大騒ぎになっちゃうんじゃ、ないかなぁ……」
「ああ、成程、そう言う事か」
先程から怪訝そうな顔をしていると思ったら、納得だ。イーリスは、ワシがこの姿のまま、村に行くと思っている。そんなを事したら、大騒ぎになって村から誰一人居なくなり、買い物所ではなくなってしまうではないか。
「別に隠す事でも無いから言うが、ワシは人の形になる事も可能なのだ」
「────えっ」
「正確には、そう認識させてるとでも言うのかの?ワシが創ったものではないから詳しくは言えんが、まぁ、強力な認識阻害と幻影魔法だと思えばいい。──フム、実際見せた方が早いか。魔力も十分増えたしの」
そう言ってからの行動は、余りにも速かった。正に、瞬く間という表現がピッタリな程。
見せた方が早い、と言った辺りからリカロスの姿はブレてダブった。そして、その巨体が突如見えなくなった──と、思ったら、リカロスが居た場所に、大柄な男性が、姿を現した。
大柄な男性の肌は褐色で、髪は、リカロスの鬣と同じ、白に赤と紫のメッシュが入り、長さは太腿付近迄ある。顔を見れば、髪同様の同じ毛色の髭も生えており、隻眼の目は、澄んだ、朝焼けの色だ。
「──まぁ、こんな感じか」
「──……本当に、リカロスが人になっちゃった……」
瞬く間に、姿を変えてみせたリカロス。イーリスはそれに驚き、俯き、終いにはフルフルと震え出してしまった。
「ヌゥ?どうしたイーリス、やはり人の姿は──」
「──ッ凄い……!ドラゴンも人と同じ姿になれるなんて……童話だけの世界だと思ってた。リカロスの角とか翼とかしっぽは??見えない所に隠してるの?」
どうやら、俯いて震えていたのは、興奮によるものだった。キラキラと目を輝かせたイーリスは、「どうなってるの?どうなってるの?」と、ぐるぐる回りながら身体を見てきた。
確か、人の読む童話の中には、ドラゴンが人になり、人の子と出会い、冒険に出たりする系のものがあるらしい。この反応を見るに、イーリスはその手の童話が好きなのだろう。
「──……まぁ、出そうと思えば出せるが、この姿の時は極力出さないようにしている。それより、イーリス」
「んん?」
「ワシの思い違いでなければ、お主、人の身が怖いのではなかったのか?」
それを指摘されたイーリスは、今までそんな事忘れていたかのように、ハッとした表情をリカロスに向ける。
「──……平気なのは、リカロスは、怖くないから……かな?」
「怖くない?ワシを???正気かイーリスよ」
自分で言うのも何だが、ワシの人としての顔つきは、強面な筈だ。
しかも隻眼、凶暴さが更に増し、村人や冒険者より、盗賊だと言った方が納得される顔だ。なのに怖くないとは……イーリスの感性は、ちとズレてるのかも知れない。
「どうして、そう思ったんだろ……不思議」
うーんと首を捻るイーリス。
確かに私は人が苦手だ、苦手と言うより怖い。
だって、あの視線が──
「────────そっか」
瞬間、イーリスの疑問に嵌るピースが現れ、パチンとした音が、自分の内から聞こえた。
どうしてリカロスの事が怖くないのか分かった。
私を見た人たちは、皆、皆、私を、『厄災の魔女』としか見ていなかった。
その視線は、怒りであったり、恐怖、妬み、疑心、嫌悪、軽蔑、嘲笑ったものや、欲に眩んだ、血走った物までと様々で、そのどれもが私を不安がらせ、怖がらせるものだった。
例え、『厄災の魔女』だとしても、私を育ててくれたおじいちゃんやおばあちゃんのように、「関係無い」と言ってくれる人が居るかも知れない。
大丈夫。
そう淡い夢を見て外に出たから、それらの視線は尚更恐怖でしかなく、結果的に私は、人が、その視線が、怖くなってしまっていた。
でも──、リカロスはそうじゃない。
リカロスは、私を真っすぐ見てくれる。
澄んだ、朝焼け色の瞳で。
そこには、皆が私に向ける憎悪なんて無くて。
私はそれに、凄く、救われている。
「どうしたイーリス、己の感性は他とは違うと、気付いてしまったか?」
「そんな事ない、よ……じゃなくて」
「ん?」
イーリスは言い出し辛いのか、数度口をもごもごと動かす。
今度は茶化さず、その後の言葉を待ってみると、覚悟が決まったのか深く深呼吸してから口を開いた。
「──……実はね、リカロスには言えてなかったけど、私、────悪い、魔女なの」
「お主が、魔女、とな??」
「うん」
「………………」
せっかく大切な事を伝えたのに、リカロスは見るからに、「な~に言っとるんじゃお主」と言う顔をしていたし、実際そう言われながら頭がボッサボサになるほど力強く撫でられた。
「自ら死を求める程、思い詰めていたり。殺そうとした者を庇うような奴が、魔女な訳あるか」
ああ、ほらやっぱり。
「第一お主、魔法すら使ったことがなさそうなのに、何が魔女──……なんじゃイーリス、その顔は」
リカロスは知らない。
黒髪黒目を前にして、「魔女じゃない」と言ってくれる人が、果たしてこの国に、どれだけ存在するのかを。
『魔女じゃない』それだけで、どれだけ枷が軽くなるのかを。
「──やっぱり、リカロスは、怖くないなって」
その日から、黒髪黒目の幼い少女は、少しだけ、笑うのが上手くなった。