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重ならずとも、遠からず。  作者: 新田 涼介
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日常から非日常へ

 高校生、大学生になるとよく「男女の友情は成立しない」と聞きます。それは心・体の発育発達に伴って、異性を性の対象として見てしまうからと自分で考えているのですが、実際私も男女の友情は成立しないと思っています。

 ですが、もし互いを性の対象として見ながらも行為はせず、この関係を続けたらどうなるのでしょうか。次第に性欲は無くなり「友情」は成立するのか、それともどれだけ経ってもどこかに性欲はあり続けるのか。自分が体験すれば1番分かりやすくて早いのですが、そんなどうでもいいようなことを考えるのもまた面白いんです。

 そんなどうでもいいことだけど、と考えていたことを物語として短く書いてみたので読んでみてください。

 始まりは本当に偶然だった。

 僕がたまたまその日にマッチングアプリを入れて、たまたま彼女にいいねして、たまたま彼女もいいねを返してきて、何気ない会話から始まって。

 苛つくことばかりだった日常が、その日から変わっていったんだ。




 年始に襲った大寒波の影響で、街は昨日と全く異なった顔を見せていた。

 アパートを出て一人、バイトに遅れると焦った白須は、二・三度転びそうになりながらもバス停へと急ぐ。幸いと言っていいのか、出発時刻を過ぎているバスはまだ来ていない。バス停には長い列が出来ていた。

 

 歩く人も、走る車も、一様に凍った足元に怯えている。全てがゆっくりと進む中で、冷たい冬の風だけが騒がしく頬をかすめていく。 


 約十分後、フロントバンパーに氷の髭を生やしたバスが到着した。車内にはサラリーマンや大学生が既に詰め込まれており、乗り込もうとする白須を睨みつけてくる。まるで大罪を犯した服役囚。

 

 バス停が違えばお前らも同罪だろ。


 

 (おはようございます。降雪の関係でバスが遅延しており、出勤が遅れます。申し訳ありません。)


 車内で遅刻を覚悟した白須はバイト先である児童館へメールを送る。返信はすぐにきた。


 (気象の予測はある程度できるはずです。今後は気を付けてください。)


 黙れ。と、入力した文字を消し、感情のない分かりましたを送り返した。背中に当たる他の乗客の体が鬱陶しくて、静かに力をこめて押し返した。

 

 結局バイトには十五分遅れた。





 「ただいまー」


 力のない声が冷え切った室内に響く。返って来るはずのないおかえりを待って少し寂しくなった。

 手を洗って、暖房を付けて、チェアにどっと座り込む。

 道を覆った氷雪は一日中解けることはなく、白須は帰宅途中にも何度か転びそうになった。

 部屋を見渡して目に付くのは、壁にピンでとめた子供たちの絵だ。暖房の温風に当てられて、壁から離れて寄ってを繰り返している。


 子供の頃からかっこいい人になりたいと周囲に言っていた白須は、周囲が勧めるがまま、高校を卒業して警察官になった。友人からはかっこいいと言われたし、満足していた。しかし、社会は決して甘くなく、惰性で続けた警察を二年で辞職し、やりたいことを見つけるまで好きなことをして生きることにした。

 子供が好き、この絵と子供との毎日は白須を癒してくれる。白須は少し笑って風呂の準備をした。




 風呂から上がり、冷凍のチャーハンをチンして食べた後、換気扇の下で深く煙草を吸う。ストレスのせいか、最近一日に吸う本数が増えた。

 換気扇を止めた後、スマホを枕元に放って吸い込まれるようにベッドへ潜った。

 この生活になり一年、そろそろやりたいことを見つけなくてはならないと焦る反面、何かきっかけが欲しいと周囲に頼る自分もいる。

 それじゃダメなことは分かってるけど。


 ヴー


 スマホがバイブレーションしたため見てみると、警察時代の悪友、裕太からLineが来ていた。悪友と呼ぶ仲の通り、裕太とは警察時代に色々遊んでいた。警察官であり、警察官に相応しくない奴だ。


 (最近調子どう?ちなみに俺はいい感じ、今度マッチングアプリの子と夜会うことになったわ!絶対いける(笑)また金貯まったら飲み行ってナンパしよーぜ!)


 変わらない裕太の活気ある様子が文章を通して伝わってきた。裕太はいつも白須に非日常を与えてくれた。

 しかし、そんな裕太が今は羨ましく、妬ましい。


 女の子と会う、それも夜!


 裕太とナンパしていた時は女の子をお持ち帰りしたこともあったが、そんな非日常から随分と離れていた白須は忘れかけていたあの気持ちよさ、性に身を委ねる心地よさをまた味わってみたくなった。


 思い立ってからの白須の行動は一日の疲れなどなかったように早く、気づけばマッチングアプリ内の年齢確認を終わらせていた。

 

 枕元に設置されたデジタル時計は午後九時三十七分を表示しており、窓の外にはいつの間にか降り出した雪の結晶が、日常の足跡をゆっくりと隠していた。

 



 アプリを入れて十数分、四・五人がいいねを返してくれた。

 隣にいないのに、隣にいるように感じる女の子達の写真を見て白須は胸が高鳴る。


 二枚以上の写真、年齢、性別、趣味等から構成されるプロフィールを見て、良いと思った異性にいいねを送る。いいねが送られてきた相手はその異性を見て、自分も良ければいいねを送り返してやっとメッセージのやり取りができる。

 個々によって目的は様々だが、白須を含めた大半の男は専ら性欲の発散、つまりヤリモクだ。そんなヤリモクに嬉しい機能として、アプリには位置情報をオンにしていれば相手との大体の距離が分かる機能が備わっている。

 ナンパのように声を掛ける手間が、ここではいいね一つで済まされるのでその点はナンパよりも楽だと白須は思った。

 

 「んー、会話が続いてもなぁ」


 白須が求めるのは会う口実を作ることができる相手だった。


 ヴー


 またアプリからの通知が来る。いい加減この通知音にも飽きてきた。返信を考えるのも面倒くさい。

 しかし、そう考えた白須の脳内は一瞬で「あい」という名の女の子のことしか考えざるを得なくなった。


 (私たち多分家近いですよね?もし良かったら今から散歩しませんか?)


 白須の鼓動は速くなった。先程まで隣に感じていた複数の女の子は消え、今隣には「あい」がいた。

 展開が早すぎる。これは現実なのか。

 白須は速くなった鼓動を正常に戻すため、アプリを閉じて窓の外を眺めた。相変わらず真っ白な雪が降り続けている。

 やはり急展開のためこの後のことを上手く考えることができない。一時間後自分は性欲を発散するという目的を達成しているかもしれない。しかしそうではなく、美人局のような詐欺に引っ掛かり、人生の淵に、崖に立っているかもしれないとも想像する。


 それはまるで吹雪で前方が見えず不安な中、山頂という少しの希望の光だけを頼りに進もうとする登山家の心境であった。


 白須は落ち着こうと換気扇の下で煙草に火をつける。深く吸った煙草からはチリチリと小さな音が聞こえた。

 煙草が短くなるにつれ白須は落ち着いていき、灰皿に押し当てるころには速くなった鼓動も正常に戻っていた。


 少しでも希望があるのなら。白須は「あい」について、深く考えることをやめて覚悟を決めた。

 覚悟を決めた白須の行動は速かった。

 

 (え、もちろん!誘ってくれて嬉しいです!)


 返信を終えた白須は机上にスマホを置き、また換気扇の下で煙草に火をつけた。





 吐いた煙は壁に当たって広がり、やがて換気扇へと吸い込まれていった。


 

 

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