表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/5

4.

4.

 一旦、結城家に戻ったあたしは、メアちゃんから「リビングでは掃除の邪魔になるから」と、二階にあるメアちゃんの部屋へと通された。

 彼女の部屋は、おとぎ話のような、可愛らしい白い家具で埋められた広い部屋だ。この時点で、あたしの実家の、座敷牢みたいなしけた自室とは比べ物にならないクオリティだけれど、何点か、気になる点はある。例えば、ベッドの横の壁に掲げられた大漁旗とか(さっき見たやつだ)、勉強机の横に置かれた巨大な赤コーンとか、何気なく衣装ダンスの横に立て掛けられている、学校でしか見たことない通常の十倍サイズの三角定規とか。

「……ねぇ、メアちゃんまた物増えた? 主にビッグな物が」

「父が仕事で、色々な物を持ち込むのがいけないのよ。この部屋は海岸と同じで、流れついた物が漂流しているだけなの」

「へえー……」

 このままじゃこの娘、いつかビッグな物の下敷きになって、ぺちゃんこになっちゃう気がする。

 気を取り直して、あたしとメアちゃんは、部屋の中心に設置された白木の丸テーブルを囲んで座った。

 テーブルの上に件の雑誌を置いて、まず口を開いたのは、この部屋の主のメアちゃん。

「それで、あのレコード屋に行って、あんたの知りたいことはわかったかしら?」

「とりあえず、雑誌の持ち主は、物を見る目があるみたいってことはわかったよ。貴重な雑誌を、いつまでも戸棚に隠していたんだもん」

「『隠してた』ってのは、あくまであんたの見解でしょう? 私は全てたまたまだと思うわよ。あの戸棚の持ち主は、雑誌の価値なんて知らず、たまたま、戸棚の中に雑誌を置き忘れただけ。それだけじゃないかしら」

 メアちゃんの予想は、一見、現実的で妥当な発想だったけれど、あたしは否定した。

「それはないと思うよ」

「あら、どうして」

「だって、あの戸棚、どう見たって『食器棚』だから」

 物置の中で見た、棚の姿をあたしは振り返る。

「戸棚の形状を思い出して欲しいんだけど、前面に縦長のガラス戸がついてて、中身は段になった収納だったよね。あれ、絶対に食器を入れるためのものでしょ」

「言われてみればそうね。あの形状では、他の用途に使うには不便すぎるわね」

「だからね、あの戸棚は――持ち主がどう使うかは自由だけど――基本的には、食器を入れておくための物のはず。なのに、そこにレコード雑誌を放りこんでおくなんて、すごく不自然だよ」

「なるほどねぇ。つまり、棚の持ち主は、意図があってこの雑誌を食器棚に放り込んだと、ゆめはそう言いたいわけね。――で、なんのために?」

 結論を急ぐメアちゃんには申し訳ないけど、あたしの推理はまだまとまっていなかった。なんらかの答えを出すには、もう少しだけ調べなきゃならないことがある。

 次の一手は、思いついていた。

 両手を三角に重ねて、あたしはメアちゃんを拝み倒す。

「名高い貿易屋さんのお父さんを持つ、蒐集家のメアちゃんを見込んで、一つお願いを聞いていただけませんかね」

「ふふ、言ってごらんなさい」

「この家に『ポラロイドカメラ』って、ありませんか?」

 


 数分後、あたしは再び、裏庭の物置の中に戻ってきていた。手元に、発売されたばかりの白いポラロイドカメラを抱えて。

 ――ポラロイドカメラ。別名、インスタントカメラともいう。普通、カメラはフィルムに映像を焼き付けて、それを写真屋さんに持っていって現像することによって、写真になる。でもこのタイプのカメラは、面倒なもろもろをすっ飛ばして、シャッターを押すとすぐに下から写真が出てくるという、夢のメカなんだ。

「本当に持ってるなんて、やっぱりすごいよメアちゃん。これって結構高級品なのに」

「父が仕事で使っていたものがあって、ラッキーだったわね。父は私とは逆で、割とこういうコンパクトなものが好きだから」

「スモール・マニア、なんだね」

「こんなものを持ってきて、記念撮影でもするつもり?」

「そんなところだよ」

 ポラ(そう略す人が多い)を持ったのは初めてだけど、テレビコマーシャルがよく流れているから、使い方くらいは知っている。

 物置の戸を開いて光源を確保すると、レンズを例の食器戸棚に向ける。シャッターは前面部分についているので、手ブレしないよう慎重に、右手人差し指でぽちり。

 ――カシュッ。ヴィィィィンッ。

 本体が振動して、内部で稼働音が鳴り響く。すぐにカメラの底部から、一枚の写真が、ファックスのように引き出されてきた。

「どう、綺麗に撮れたかしら?」

「まぁまぁかな」

 物置の外に待機していたメアちゃんに、現像されたての写真を渡す。

「なるほど、戸棚の写真を撮影したかったのね。……でもこの出来じゃ、私の嫁入りの時に、あんたに写真を頼むことはできないわね。ひどい写りよ」

「やめてよ! 親友のメアちゃんがどこぞの馬の骨の物になるなんて、考えたくもない」

「噛みつくところはそこじゃないでしょうに」

 あたしの溢れ出る姑心を浴びたところで、メアちゃんは写真を返してくる。

「気が済んだなら、そろそろ何を企んでるのか教えて頂戴よ、ゆめ」

「この写真、あたしの近所の家具屋さんに見せようと思って。家具屋さんなら、この棚のことも何か知ってるかも」

「ついに本題に入ろうというわけね」

「うん! ……でも、ちょっといいかな」

 あたしは後ろ歩きで物置を出ると、再びカメラを前に向ける。

「家具屋さんに行く前に、もう一枚だけ、撮っておきたいものがあるんだ」



 『家具の大黒だいこく』は、あたしの言葉で表現すると、昔ながらの『気難しい店』という具合になる。御年、六十五歳になる店主がほぼワンマンで経営している小さな家具屋さんで、彼が自分で素材を選び、作り上げた家具を、販売している。

 もちろん、家具の大黒に自動ドアなどというハイカラなものはない。軒先はガラス戸で、それを開け放つと、製作所兼売り場になっている、開けっ広げな空間が現れる。

 店主の大黒さんは、一応カウンターということになっている、店奥の作業机で新聞を読んでいた。

「あけましておめでとうございます! 大黒さん」

「何しに来た、裏の家の小娘」

「うわっ、相変わらず人を出迎える態度とは思えない……」

 だが勘違いしないでもらいたい。大黒さんはこうやって皮肉屋な外面で、優しい性根を隠そうとしているだけの、ただの照れ屋さんなんだ。あたしは昔からご近所さんだから、その実に職人っぽい性格に理解がある。

 構わず大黒さんの方へ歩いていくと、彼はやっと新聞をそこらに置いた。

「なんだ、今日は人連れか。ぞろぞろ来てもお年玉はやらんぞ」

「最初から期待してませんってば。――こっちは親友のメアちゃんです」

「どうも初めまして、上の方の、開発地のあたりに住んでいる結城芽亜里です」

「ご丁寧にどうも。……すごいべっぴんだなあんた」

「うふふ、よく言われますわ」

 強者同士というか、妙に緊張感ただよう顔合わせが済んだところで、あたしはさっき撮影した写真を取り出してきた。

「大黒さん大黒さん! これ、どう思います?」

「えらく急な……こりゃ写真のフイルムか。しっかし、写りが悪すぎやしねぇか?」

 そうは言いつつ、大黒さんは首にかけていた老眼鏡を取り上げて、写真をじっくりと鑑定してくれる。

「――ほう、被写体はマホガニーの食器棚か。デザインからして、こりゃ相当に昔のモンだな」

「どれくらいの年代とか、わかりますか?」

「こういうアンチ(ティ)ーク風な家具は、ほとんど六十から三十年くれぇ前に国に入ってきたもんだ。だが、こいつは見た目からして、輸入されたのは六十年前、つまりは1920年代頃の物だと予想した」

「やっぱり戦前の、それもすっごく古い物だったんだ」

 中身の雑誌が四十年も前も品物なんだから、予想していたことではあったけど、やっぱりその年月は衝撃的だった。

 それは大黒店長も同じだったのか、ぽつりとつぶやく声が聞こえた。

「こんな立派な家財が、よくもあの大戦を生き残れたな……」

 その時、あたしの心の中で、ざわり、と何かがうごめいた。それは、まだはっきりとしない、形のない違和感だったけれど、それでも感じ取れることがあった。

 ――近づいている。

 あたしは家から着っぱなしのジャンパーのポケットに手を入れて、もう一枚の写真を机の上に置く。

「大黒さん、これもお願いします」

「オイオイまだあんのかい」

 あたしが追加した写真を、大黒さんは愚痴りながら、台の上で引き寄せる。じろじろと吟味してみて、やがて、すでにクシャクシャの老いた眉根に、さらに深い一本のシワを寄せた。

「こりゃ、誰の家のモンだ?」

 低い声。顔を上げた大黒さんに向かって、隣のメアちゃんが手を上げる。

「それは私の家の私物。裏庭にある『物置』よ」

 あたしが取り出した新しい写真、それはメアちゃん家の「物置」を撮ったものだった。ポラロイド用のフィルムの台紙には、開け放たれた大型の物置が写っている。

 深呼吸してから、大黒さんはメアちゃんの方を見て話し出す。

「あんた、芽亜里ちゃん? メアちゃん? どっちでもいいが、この物置についてどれくらい知ってるんだい?」

「別に大して。強いて言うなら、材質が杉ということくらいしか」

「ハハッ、これはただの杉じゃねぇ……『屋久杉』だ。木目でわかる」

 大黒さんはそう言うと、立ち上がって、作業場の方へと移動する。あたしたちが呆然と見ていると、彼は積み重なった木材の中から、薄い一枚の板を持ってきた。

「ほれ、これが屋久杉の板材だ」

「確かに、うちの物置と同じようですね。繊細な木目の調子がそっくり」

「だろ?」

 大黒さんは笑みを浮かべると、再び椅子にどかっと腰掛ける。

「屋久杉っちゅうのは、マグロで言えば大トロ。木材それ自体に価値のある、高級品だ。屋久島で採れる杉の中でも、樹齢千年を超えるものだけが『屋久杉』と呼ばれ、高密度で腐りにくい、優良な素材として重宝される」

「そっか、だから物置に――」

「俺が言いてぇのはそういうことじゃねぇんだよ、ゆめ」

 口を挟みかけたあたしに、大黒さんは物置の写真を差し出して、『よく見ろ』とばかりにぐいっと押し付けてくる。

「素人目にはわからねぇかもしらんが、この物置、造りとしてはかなり『雑』だ。例えるなら、小学生の自由工作。板を重ねて箱にしたような、お粗末な構造してやがる」

「か、辛口……! さっきまで褒めてたのに」

「材質はな! だから不自然ってんだ。最高級の材料を使っといて、こんな出来にする職人なんかいるはずがねぇ」

 不機嫌に言い放つと、大黒さんは今一度、あたしの方に目を向けた。

「――とまあ、俺の見解はこれで全部だ。とにかく、全体的に気持ちワリィ写真だったわ」

「どうもすいません」

「んで、結局お前はウチに何しに来たんだ?」

 あ、えーっとそれは……。

 どうも頭からは説明しにくくて、あたしが口ごもっていると、傍らにいたメアちゃんが、代わりに答えてくれた。

「これは『追想』ですわ、大黒さん。私たちは今朝からずっと、心当たりのない身元不明の戸棚が、果たしてどこから来て、どんな記憶を持っているのかと、必死で追いすがっているところなのです」

 大黒さんはやっぱり、不思議そうな顔をしていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ