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 外よりはマシだけど、かなり冷え切った物置の中で、あたしはひとまず第一手を考えた。メアちゃんの持ってきた〝身元不明棚〟の正体を探るために、最初に何をすべきかと。

「やっぱ最初は『現場検証』か。推理モノじゃ定番だよね」

「その戸棚だったら、いくらでも調べて結構。どうせこのままじゃ粗大ごみ行きだから」

「了解」

 メアちゃんのお墨付きをもらってから、埃を被った年代物の戸棚の上部に手をかける。棚の身長は、高二のあたしより少し低いくらいで、上段の木戸が一番開けやすい。

 木戸についた取手をつまんで、開けてみることにした。でも、思いの外、戸の建付けが悪くて、かなり踏ん張って取手を引っぱらなければならなかった。

 そのせいで、木戸が左右に打ち開かれた時、取手にかけていた力が半分くらすっぽ抜けてしまった。結果、戸棚全体が前方に激しく揺さぶられて、内側の収納スペースから、何かが衝撃でこぼれ落ちてきた。

「きゃあっ!」

 千年の眠りから覚めたゴキブリでもはい出て来たのかと、我ながらぶりっ子な叫び声を上げちゃったけど、足元を見ればそんなことはなかった。

 膝を曲げて、あたしはそれを拾い上げてみる。

「これ……本だよ」

 年季の入った、汚れた薄い一冊の冊子が、手の中にあった。ただ古いというだけで、別に臭いなんてしないけど、なんとなく冊子を手にしていない方の手で鼻をつまんでしまう。

「それにしても、古臭いデザインの表紙だね。題名だって……え、何これ? 『ブラクドーコレ』?」

「あんた、読み方が違うわよ。これは『レコード倶楽部』、右から左に向かって読むの。見たところ、戦前の雑誌みたいね」

「えっ、戦前?」

「ほらそこ、右上の方に年歴が入っているわ。昭和十八年、終戦の二年前ね」

「えーっ!?」

 一昨年ブームになったエリマキトカゲを初めて見たとき以来の衝撃を受けているあたしから、メアちゃんはいたって冷静に雑誌をかすめ取ると、表紙にその目を落とした。

「まさか、上段にこんな骨董品が入っていたとはね。奥の方にあったのかしら、さっき家族と軽く調べたけれけど、気づかなかったわ」

「これ、少しは手がかりにならないかな? 少なくともこの棚って、この雑誌の年代あたりに使われていた物ってことになるでしょ」

「そうね、昭和十八年ということは、西暦に直せば1943年。つまりこの棚は最低でも、今から四十年以上以前の物ということになるわ」

「わーっ、タイムカプセルだぁ!」

 さっきは鼻つまみしていたくせに、あたしは手のひらを返して、干からびた紙束に熱視線を向けた。メアちゃんが好きな言葉が「ビッグ」なら、あたしは「ロマン」だ。こういうのは大変胸が高鳴ります。

 けれど、メアちゃんはというと、物置内に投棄されていた別の座椅子に腰を降ろして、ずいぶん難しい顔をしていた。

「こうなると、逆に謎が深まったんじゃないかしら。だって、この家自体が建ったのが、約二十年前。でも、この見覚えのない戸棚は、四十年以上も前のものらしいのよ?」

「家より先に、家具があるんじゃおかしいもんね。――となるとやっぱり、メアちゃんのご両親の記憶違いで、誰かから貰ったとかで、途中で運び込んできた物ってことになるんじゃないかなぁ」

「それこそ不可解よ。こんなに素敵な大棚、運び込むのに大人四人は必要だわ。そのことが記憶からまるまる抜け落ちているとしたら、うちの両親の記憶力は鳥以下ね」

 うん、だから鳥以下だって言ってるんだよ! とは、あたしも流石に言わない。何より、メアちゃんが納得できる答えを用意するのが、あたしの使命なんだ。

「なら、もっと詳しい人に意見を聞いてみよっか」

「もっと詳しい人、というと」

「この家の近所のレコード屋さんだよ! あたし、今はこの戸棚よりも、むしろ中身の雑誌の方が気になってるんだ」

「私が特定して欲しいのは、棚本体の出どころなのだけれど」

「だから、この雑誌について調べることが、その『出どころ』に近づくことににもなるんだって」

 片手を伸ばして、メアちゃんが抱えている、きめ細やかな埃に覆われた雑誌の表紙に、そっと指を当てる。

「この雑誌にも、持ち主がいたんだよ。それは棚の持ち主と同じか、すごく親しい人。あたしはまず、その人の背景が知りたい。四十年も前に、持ち主が何を思ってこの棚に雑誌を隠したのか、それがわかって、初めて棚の正体に近づける気がするの」

「そういうわけね。――ふふ、あんたのものの考え方って、なんだかやっぱり……温かみがある気がするわ。あんたの、冬でも半袖着てそうな能天気さは嫌いだけれど、そういう奥深い一面は好みよ」

「惚れ直した?」

「調子づかないで。そうと決まれば、レコード屋にでもなんでも行きましょうか」

 ぴしゃりと跳ねのけて、メアちゃんは座椅子から腰を上げた。

 


 『八百屋やおやレコード』は、メアちゃん家の真裏にある、八百屋なのかレコード屋なのかはっきりしないお店だ。なぜこんな名前になったのかというと、理由はしごく単純、店長が「八百屋」という名字だからだ。冗談みたいな単語だけど、全国的にはないわけでもない名字らしい。

 遅れてきた大掃除の嵐が吹き荒れる結城家から飛び出し、徒歩一分とかからず、あたしたちは八百屋レコードの店内にたどり着いた。

「いらっしゃいませ……おや、裏手の芽亜里ちゃんじゃないか。それにお隣は、川沿いの家のゆめちゃん。あけましておめでとう!」

 店主の八百屋さんとは、近所に住んでいるメアちゃんだけじゃなく、あたしも結構顔なじみだ。なので、親しげに話しかけてくれた。

 新年から元気そうでなによりの中年店主がいるカウンターに、あたしはメアちゃんと連れ立って歩み寄る。

「あけましておめでとうございます。――ところで、今日はちょっと店長に見てもらいたい物があって来たんです」

「おや、挨拶もそこそこだね。まったく、最近のヤングは……」

「こっちは時間がないの、説教は後回しにして、すぐに見てもらってもいいかしら?」

「はッ! ……も、もちろん。お品はどちらでしょう芽亜里ちゃん?」

 ああ、そうだった。

 実はこの店主、メアちゃんの圧倒的なオーラが苦手なのか、それとも裕福そうな彼女の両親の力に怯んでいるのか、とりあえず彼女と話す時はいつもこうやって恐縮してしまうところがある。

 けれど、お陰様で話は早そうだ。あたしは早速、封筒に入れて持ってきた、例の雑誌を取り出す。

「これなんですけど」

 カウンターの上に雑誌を置く。別に乱暴というわけでもなく、普通に、ぽいっと放り出しただけだった。

 しかし、雑誌を目にするなり、店主が悲鳴を上げた。

「ひゃああっ!? 何をやってるんだ君ィ!」

「え……」

 あまりの豹変ぶりに、困惑してメアちゃんと顔を見合わせていると、すでに老け顔の店主が、さらに十年くらいやつれた顔をして、ふぅふぅ息を荒げながらこちらをにらみつけた。

「ゆめちゃん、これはとんでもない『お宝』なんだぞ! それをこんなに乱暴に扱うなんて……ッ」

「え、お宝?」

「そうだ、表紙のデザインだけでピンときた。これは大正創刊の超有名レコード雑誌『レコード倶楽部』だよ! 創刊当初から、レコード会社にスパイを送り込むとかして、業界のスキャンダルや、汚い裏話とかを、大胆に暴露するのがスタイルだったんだ。まぁそのせいで、『お前もうレコード関係ねぇじゃねぇか』って、発禁処分食らっちゃったけどね」

「はぁ」

「とにかく、これはマニアからしたら、喉から手が出るくらいに欲しい一品。特にこの号は戦争真っ只中のものだから、冊数が残ってなくて、一冊数万円はくだらない品なんだよ!」

「はいぃ?」

 その具体的値段は、店長の熱弁よりも、ずっとわかりやすく雑誌の価値を伝えてくれた。

 やっぱり、物って値段だ。あたしは突然、目の前の雑誌がとてつもなくありがたいもののに見えてきた。

 店長は今や目の色を変えて、雑誌に顔を近づけて鼻息を吹き出している。

「なあお二人さん、これ、譲ってくれないかい? ――四万円出す! うちで買い取らせてくれ」

「うふふ、どうする? 元はゴミになるはずだったものだし、この雑誌の処遇は発見者のあんたが決めていいわよ」

「あ、えーっと」

 店主とメアちゃんの二人に顔を向けられて、あたしは迷った。いや、本来なら、迷うことないと思うんだけど、それでも引っかかることがあった。

 ――誰のものかわからない物を、あたしの物として売ってもいいんだろうかって。

 ちょっと悩んだ末に、あたしは(さっきまでとは違って)丁寧に、カウンターに置いてある雑誌を取り上げた。その行く末を、店主がとても悔しそうに見つめていた。

「あたし、この雑誌は売りません。もうちょっとだけ、調べてみたいことがあるんです」

 それから、ひとまず店主の八百屋さんには、情報提供してくれたことに感謝して、レコード屋を後にした。その最中、彼はずっと名残惜しそうというか、執念深い目つきでこっちを見つめていた。

 最近は、レコードよりもカセットテープが流行りだけれど、ちょっとはレコードも盛り返して欲しいと、なんとなく思った。 


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