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あけましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくね。
一年で数日しか使えない挨拶だというのに、いざ正月になってみると、わざわざこんな定型文を何度も繰り返さなくてはいけないことに、飽き飽きしたりする。
そんな、あけまして一月初頭、最近のあたしの趣味は『追想』である。昨年の1985年には、色々なことがあったなと、この時期だからこそ思い返すのである。
例えば、両国国技館の完成。総理大臣を招いた落成式の様子を、テレビ越しに見てすごく感動した。あたしは東京の端っこに住んでいる身だけど、「国技館」なんて名前の建物が堂々完成してみると、都民であることをどこか誇りに思ったりする。「他県のみんな、刮目したまえ、文化の中心はここなんだぞ!」なんて、当時浮ついた気分になっていたことは、今になってみるとバカバカしい。だってうちから両国まで、普通に二時間くらいかかるから。
他にも、ショルダーホンとかいう巨大なメカが発売された。持ち運びできる電話らしい。
男女コヨー機会平等法? も成立した。よくわからない。
電電公社もNTTに名前を変えた。最近やたらとアルファベットを使う会社名が増えた気がするけど、気のせいかな?
沢山の出来事が、あたしの周りを、秋の日に舞う色とりどりの落ち葉のように、はらりはらりと舞っては、通り過ぎていったけれど――。
あたしにとっての「大切」は、その中でたった一つだけ。どれだけ落葉が見事だったとしても、重要なのは、太い幹のほうであるように、あたしを支えてくれる思い出は、舞い散る思い出たちの奥に、凛とそびえている。
去年、あたしは結城芽亜里ちゃん、通称メアちゃんという、同じ学校の女の子と、「親友」になった。メアちゃんと、どうやってただの友達から親友になったかというと……二時間は語りたいところだけど、ここは大幅に端を折らせていただく。彼女とあったことは、別にそこらの女子高生と変わりはしない。喧嘩なんかしちゃったりして、そこから仲直りして、女一匹、腹を割って語り合ったりなんかもして……ほら、ありきたりな話でしょ?
でも、きっとメアちゃんと親友になれたことは、これから何年歳を重ねようとも、重大な出来事に違いない。だからこそ、こうやって思い返してみるだけで、心がぽかぽかして、くすぐったくなる。ほんの一秒間の追想が、胸の中に火を起こし、心を芯から温める、大いなる人生の原動力になるんだ。
さて、自己満足の思い出語りはこのあたりにしておこう。
昨年は去るばかり、満を持して迎えた本年、1986年一月の正月休みは、三が日を終えてみて、さっそく寝正月の気配だった。だってあたしはまだ花の高校二年生、寝ていたって許される! ……四月が来て高三になるまでだけど。
そういった具合で、実家のこたつを要塞にして、もうすぐ受験生という現実と戦い続けていた、あたしのだらけきった日常、それも永遠には続かなかった。
一月五日の早朝、メアちゃんから一本の電話があったのだ。
冷えた廊下に置かれた黒電話、全身を縮こませながら電話口に立ってみると、すぐに彼女はこう告げた。
『久しぶりね、ゆめ。――ところで、あんた恋人もいないからどうせ暇でしょう? こたつと一体化するくらいなら、私の家に、ちょっと遊びに来なさいな。この私が、正月太りまっしぐらのあんたに、外出の喜びってものを教えてあげるから』
新年最初のメアちゃんのセリフは、優しさ少なめ、辛辣マシマシ、あけおめ抜きのフルコースだったけど、それでもあたしは嬉しかった。
なぜって? あたしこと、高崎ゆめは、親友のことが大好きだったから!
「メアちゃんから誘ってくれるなんて珍しいじゃん、もちろん行くよ!」
こうしてあたしはすぐに家を飛び出した。
今日のこの日が、いつかの追憶に足る、素晴らしき一日になることを願って。