取り巻きも上手にできない令嬢ガブリエッタの野望と幸せ
ああ、忙しいですわ。
今日は、ソルトー伯爵の夜会にお呼ばれ。
私は、とりまきの一人として参加。
行きたくないですわぁ……
皆様と同じ流行りのドレスを着て。
皆様と同じほどよい笑顔と声のトーンで。
それさえも私は、上手にできないから……
まず、皆様と同じ流行りのドレスなんて、つまらないですわ。だから、この時点で気分が今ひとつなのですわ。
それだから気分を明るくしようと、とびっきりの笑顔と声のトーンでいってみたら、
「今宵は、お招きいただきまして光栄ですわぁ!」
と、皆様「ですわ〜」と言っているところ「わぁ!」と言ってしまい。
悪目立ちして、とりまきの皆様と伯爵様の目を引いてしまって。皆様、真顔。怖いですわ〜。
後から廊下で、とりまきの中でも「エキスパート」と陰で称されているご令嬢に呼び止められ、
「あんな大きな声を出すものじゃありませんわ」
と、お叱りを受けてしまい。
裏で叱られる令嬢なんて、私だけですわぁ……
「それから、ソルトー伯爵をとりまきながら他の殿方に目移りしていましたわね。いけませんわよ、物欲しそうにキョロキョロしちゃ」
とも叱られてしまい。
だって、物欲しいんですもの。
素敵な殿方が欲しいのです。
最近は、この気持ちが高ぶっていますの。
少し前まで一緒に、とりまきをしていたデイジー様がバシレウス辺境伯様とご結婚なさった経緯を見てからですわ。
バシレウス様は戦好きな野蛮な方で、病により唯一の取り柄だった美貌も失い果ては狼男になったとまで悪い噂の絶えなかった方。
私もとりまきの皆様と同じように怖がり、バシレウス様からの婚約のお話をお断りしましたわ。
けれど、デイジー様は婚約のお話を受け辺境の地へ嫁いで行かれ、その結果は予想もしなかったもので。
この間、夜会においでになったバシレウス様は噂と違いとんでもない美貌で、他国が攻め入ってきたのを追い返した英雄と讃えられていて。
隣に立つデイジー様は幸せそうにキラキラしていて。見ていたら涙が出ましたわ。
どうして私は――
バシレウス様からの婚約のお話を受けなかったの?
ポカポカポカ! ガブのポカ!
もう二度と、悪い噂などには惑わされませんわよ!
むしろ、そんな噂のある方に嫁げばよいのではないかしら?
そう思い、必死でキョロキョロそんな方を探しているのに。都合よくいるわけもなく叱られる始末。
なんだか、やる気が出ませんわー。
気の抜けた顔になっていくのが、自分でもわかります。
きっと、また叱られてしまいますわね……
あら?
私と同じような顔をしていらっしゃる殿方がいますわ。
気は抜けていても、とんでもない美貌ですわ。
金色の髪はサラサラで遠くからでもわかる切れ長の青い目が素敵ですわ〜。
歳も私と変わらないくらいで、まだ少年みたいにツンとした印象があって。
美少年から美青年に成長中といった印象ですわ。
私の視線にとりまきの皆様も気づきましたわ。
伯爵様のそばから、にこやかにさりげなく離れるのでついていくと私達だけの輪が完成。
「クラウザー伯爵のご従兄弟、いらしていたのね」
みんなでもう一度、先程の方をちら見。
「あの方、クラウザー伯爵のご従兄弟……」
クラウザー伯爵はしばらく前に、婚約者様に婚約破棄を突きつけたことが原因で浮気相手のご令嬢と共にお命を失った方。私には刺激が強過ぎるとかで詳細は教えてもらえませんでしたが社交界が、ざまぁざまぁと騒いでいたのを目の当たりにしましたわ。
ご従兄弟がいましたのね――
「あの方の、お名前は?」
「パトリオット・ルビウス様」
「ルビウス様?」
「陛下がクラウザーの名は不名誉なりと一族から名をお取り上げになりましたから、お母様の姓を名乗り始めたのよ」
「性を変えても、クラウザー伯爵の記憶が皆様から消えない限りは、ご従兄弟様は大変ですわよ」
「ええ、身内の不名誉はなにかと足を引っ張ると父も言っていましたわ」
「これからしばらくは、ルビウス家に華々しいことなど期待できませんわねぇ」
「それに、あのクラウザー伯爵に似た綺麗なお顔」
皆様、綺麗なお顔が大好きなはずなのに冷たい目をお向けになり、
「伯爵と同じように、浮気なさるんじゃなくて?」
「血は争えないと言いますものね」
「まさか、浮気で痛い目をみたのだから、それはないんじゃないかしら?」
「ええ、それに、ルビウス伯爵は社交嫌いであまり表に出てこなかった方よ。どちらかというと、冷たい性格の方なんじゃないかしら? それに、クラウザー伯爵の件で、女嫌いになったかもしれないですわね」
「そう言われてみれば、なんだか冷たい顔をして見えますわねぇ」
「こんな時に爵位をついでしまって。嫌嫌表に出てきているのですわ、きっと」
「なんだか運の悪い方ねぇ。一緒にいると不幸になりそうですわぁ」
「しっ、皆様そろそろ失礼ですわ。でも、正直なところ少し気になりますわねぇ」
「そろそろと言えばそろそろじゃなくて? ルビウス伯爵が婚約者を探し始めるのは……」
皆様、ゾッと身震い。
私も、震えが止まりませんわ。
これですわ。
この悪い噂の数々。
私の待っていた方のご登場ですわ!
屋敷に帰ってさっそく、お父様とお母様にご報告。
「お父様、お母様。私、もしも、パトリオット・ルビウス様から婚約のお話が来たらお受けしますわ。お家を出世させるためにもですわ」
「おお! ガブリエッタ、その言葉を待っていたぞ!」
「ついに目覚めたのね、素晴らしい野望に!」
お父様とお母様は大喜びで私をとりまき、
「金ならある。私達に足りないのは後は地位だけだ!」
「ガブリエッタが伯爵に嫁いでくれたら。そのためならなんだってするわ!」
お決まりの文句を合唱。
商家から財力で男爵の地位を手に入れたお父様とお母様は、さらに上に行く野望を隙あらば燃やしていますわ。
今までは、これにプレッシャーを感じるどころか「ガブリエッタは可愛い! 綺麗! ガブリエッタなら凄い人と結婚できる!」との励ましに奮い立っていたのだけれど。
いざ、その時を意識するとプレッシャーでしょうか。胸がドキドキしてきましたわ。
「しかし、ガブリエッタ」
お父様の妙に冷静になった声に顔をあげると、お顔も冷静になっていて、
「ルビウス伯爵といえば、しばらく前にスキャンダルを起こし亡くなったシャルル・クラウザー伯爵の従兄弟ではないかね?」
「はい。今宵も、悪い噂でもちきりでしたわ」
「だろうな。それに、ルビウス伯爵は爵位を継いだばかりだったような」
「若い方がこれから身内の不名誉の中で……大丈夫でしょうか?」
暗い顔になったお母様の肩に、お父様の力強い手が置かれて、
「身内が失敗を犯した後は、慎重になるものだ。ルビウス伯爵もそうに違いない。同じ過ちは犯さんよ」
「そうね! クラウザー伯爵は浮気で失敗したから、きっと浮気などせずに大事にしてもらえるわ」
後ろから優しく肩を抱いてくださるお母様に笑顔でうなずきましたが、お母様はまた冷静な顔になり、
「でも、どうしてそんな悪い噂の流れる伯爵に嫁ぎたいの?」
当然の質問をしてきましたわ。
「それは、バシレウス辺境伯様とご結婚なさった、デイジー様を思い出したからですわ。デイジー様はバシレウス様の悪い噂に惑わされず幸せになりました。それを見習おうと思いましたの」
「成功者に学ぶか! さすが、我が娘だ。確かに、悪い噂の絶えなかったバシレウス辺境伯は今では国の英雄だ。そうなることを見抜けなかったお父様を許してくれ……」
「私が噂を怖がったせいですわ。もう惑わされませんわ」
「うむ、ガブリエッタを信じよう。私より人を見る目があり野心もある!」
「あなたの商売人魂が、受け継がれているのねぇ」
可笑しそうで嬉しそうなお父様とお母様。
私のこの考えが商売人魂からくるものなのかはわかりませんが、褒められているので笑っておきますわ。
「よし、待っているのもなんだ。こちらから、ルビウス伯爵に掛け合ってこよう」
そう言うと、お父様は翌日には出掛けられて婚約話を持って帰ってきてくださいました。
あまりの早さに疑いを抱き、
「お父様、もしや、お金の力で私と婚約させたのですか?」
そんな無理矢理、ルビウス伯爵が嫌嫌結婚するなんて私も嫌ですわ。
「そんなことはしていないよ。伯爵家では例の悪い噂のせいで婚約者が見つからないのではないかと心配していたからね。そちらから来てくれるなど有り難いと、飛びついてくれたよ」
「よかったですわぁ。でも、本当に私でいいのでしょうか? 本当に私は可愛くて綺麗?」
「それに賢い! 急に不安な顔をしてどうしたんだね? ガブ?」
「結婚を前に不安になっているのね? 大丈夫よ、あなたなら。いってらっしゃい、ガブ」
急に不安に襲われた私を、お父様とお母様は色々励まして下さり、最終的には最近国は婚約破棄のみならず離縁の規定も厳しくしたからそう簡単には破棄にも出戻りにもならない、もうこちらのものだと言って送り出してくださいました。
よくわからない励ましですが、おふたりの怖いくらいの笑顔に後押しされて勇気が戻りましたわ。
「パトリオット様、ガブリエッタでございます!」
なんの変哲もない綺麗なお屋敷、初対面の場。
私は思い余って前のめりにご挨拶。
流行りなど気にせず――赤地に胸元にはピンクの薔薇、スカートは黄色いリボンでラッピングされたドレスを着た私をパトリオット様は驚いた顔で迎えてくださいました。
「パトリオットだ。よろしく、ガブリエッタ。私のような者のところに、場違いなほど華やかで明るい人が来てくれたな」
喜びとは程遠い困ったような悲しげな顔……
やはり、クラウザー伯爵のことで酷く傷ついていますわ。
私はなんて言えばいいかわかりませんわ……
「パトリオット様、私は、場違いでしょうか?」
「私の従兄弟の件も、彼のことが元で私にまとわりつく噂も聞いているだろう? よくこんな前途暗い男に嫁入りしてくれたと言いたかったんだ。なぜなんだ?」
「私、噂など全部嘘だと思っていますわ。それに、パトリオット様はクラウザー様のようにはならないと思っていますの!」
胸の前に掲げた両手に力を込めて言うと、パトリオット様の目が見開かれて輝き出しました。
「――そう思ってくれる人が来てくれて、嬉しい」
嬉しいと言うお顔に笑顔はなく。
まだまだ悲しそうですが、差し出された手に手を乗せると優しく握ってくださいました。
「これからよろしく、ガブリエッタ」
「よろしくお願いいたします。どうぞ、ガブと呼んでくださいませ」
「ガブね。なんだか、噛みつかれそうだな」
「もう、噛みついていますわ。離しませんわよ!」
とびっきりの笑顔に、引きつった顔を返されてしまいましたわぁ。
気をつけないと。本当に噛みついてくる怖い女だと思われるかもしれませんわね。
「パトリオット様、おはようございます〜」
次の日からは、とりまきの皆様がほがらかな話し方で場を和ませていたのを見習うようにしました。
効果はあったようで、パトリオット様は食事やお茶や散歩など、ふたりで過ごす時間をこまめに作ってくださって。
相変わらず笑顔はかすかにしか見られないし、私もまだ緊張していてあまり会話はありませんが、穏やかな新婚生活を満喫中。
やっぱり、パトリオット様は噂と違い素敵な方でしたわぁ。
次は、バシレウス辺境伯様が手に入れたような名誉をパトリオット様にも掴んでいただきたいですわ。
「パトリオット様、いつか、名誉を手に入れましょうね」
ふたりきりの部屋で思わず胸にすがった私を、パトリオット様は静かに優しく抱きしめてくださいました。
幸い、領民は堅実に土地を治めるルビウス家を慕ってくれていて、クラウザー伯爵の悪影響はなく平和な毎日ですが、やはり貴族達の目は気になるのですわ。早くパトリオット様を見る目を変えたいですわ。
かと言って、バシレウス辺境伯様のように他国と戦ってというわけにもいきませんし、どうすれば……
バシレウス辺境伯様……そうですわ!
バシレウス様は今、他国との戦いで被害を受けた国境周辺の復興支援を求めていたはず。
お父様が言っていました。価値ある投資先には私財を惜しむなと。以前はよくわかりませんでしたが、今ならわかりますわ。
バシレウス辺境伯様に誰よりも支援すれば、きっと感謝されますわ。そうなれば、国の英雄に感謝された人という名誉をパトリオット様は得られるはず。
そのためなら、なにも惜しみませんわ!
「パトリオット様、バシレウス辺境伯様から復興支援のお願いのお手紙が来ていませんか?」
「バシレウス辺境伯からの手紙? うん、来ているが?」
「来ていましたのね、よかったですわ。実は、お父様の元にも来ていて少し復興資金をご支援したそうなのですが、まだまだ足りないようだと聞きましたの」
「ああ、被害はかなりのものらしいな。しかし、辺境の地だ、資金も物資もなかなか集まらないらしい。私も微々たる支援はしたが……」
微々たるしかできなかったと言いたげな、苦しげに遠い目をするパトリオット様。お優しい方ですわぁ。
――本当に、お優しい方なのですわ。
嫁入りの日に、パトリオット様のお父様とお母様に聞きましたのよ。パトリオット様がこんな時に爵位を継いだのは、クラウザー伯爵の事件にショックを受けて心労が溜まったお父様をお助けするためだったのだと。ご自分が辛いのも構わずに、矢面に立つことにしたのだと。
パトリオット様には絶対に、幸せになっていただきたいですわ。
「パトリオット様、ぜひ、もっとご支援をお願いしますわ」
「もっと?」
「はい。そのために私達の私財が減っても、多少の節約暮らしや苦労も構いません」
「そこまで?」
パトリオット様の戸惑いの眼差しにも、動じませんわ。
「支援の方法も資金だけに限りませんわ。確か、お手紙には復興事業者も足りないとありました。土木工事や建設工事をなさる方ですわね」
「土木工事? そんな泥臭いことを私にしろというのか?」
さすがに貴族のプライドに響いたのかパトリオット様のお顔が冷たいと皆様が言っていたものに……私を見つめる目も怖いですわぁ。
でも、ここで引き下がれません!
私も同じ態度でいきますわよ。
「して、ほしいですわ……」
どれくらい睨み合ったか。
パトリオット様が先に瞬きなさり、
「それは、名誉を手に入れることと関係あるのか?」
「ありますわ」
「わかった」
私の考えを話す前に、パトリオット様は扉に向かわれ、
「しかし、私は土地を治める以外のことはしたことがない。ガブリエッタの父上は元は手広く事業をしておられた方だったな。助言をいただきに行こう」
「はい! お父様なら喜んで助けてくださいますわ」
穏やかな眼差しに戻られたパトリオット様と共に、さっそくお父様にご相談。
お父様はやはり喜んで助けてくださり、支援の計画から事業者の手配や着手まで全てサポートしてくださることに。
それが始まると、パトリオット様は辺境の地へ向かわれました。こまめにくださる手紙で進行状況がよくわかりますわ。それに、私のことを忘れず気遣ってくださって。つい、お返事の手紙が長くなってしまいますわぁ〜。
パトリオット様と離れていた間は寂しかったですが、お父様が資金もほとんど出して下さったので私達の暮らしは変わらずに済みました。
事業も一段落つき、戻られたパトリオット様はなんだか逞しくなられたようですわ。
お手紙には、復興事業の現場を視察したとは書いてありましたが、まさか、土木工事に参加したのかしら?
聞きたいけど――
“聞くな。聞いても答えない” という目で見られてそっぽを向かれた気がするので、聞かないでおきますわ。
兎にも角にも、喜びの再会をした私達。
「ガブ、これは土産だ」
テーブルの上に置かれた箱の数々。
「向こうの名産品だよ。お菓子もある」
「お菓子! 嬉しいですわぁ〜」
つい、箱に手が伸びそうになりますわ。
そのとき、パトリオット様が先に箱に手を伸ばし一番小さな箱を取りました。両手サイズの重厚な木箱ですわ。
「これは、バシレウス卿からガブにとくださったものだよ。今回の礼の品だ」
開かれた箱の中には、首飾りが。
繊細な金鎖と見たこともないピンクの宝石が丸く輝いていますわ。
「バシレウス卿の領地で最近発掘された宝石だそうだ」
「綺麗ですわぁ〜」
魅入られたように首につけてみると。
「ガブに、よく似合ってる」
どうですかと聞く前に、言ってくださいました。
少し気恥ずかしそうに。でも、真剣なまっすぐな瞳を向けて。
「嬉しいですわぁ〜〜!」
「よかったな」
パトリオット様も笑顔をはじけさせてくれましたわぁ。可愛いですわぁ〜。
そして、ジャケットの内ポケットから手紙を一通出して差し出されました。
「バシレウス卿の奥方からガブへの手紙だよ」
「デイジー様から――」
ガブリエッタ様へ
お久しぶりですわ〜!
この度は夫を助けていただき本当にありがとうございました。ガブリエッタ様の旦那様に来ていただけて領地の復興は希望に満ちたものになりましたわ。感謝の気持ちとともに、とても素敵な方とご結婚なされたこと心からご祝福させていただきます。
おめでとうございます〜!
「デイジー様……!」
お礼を言うのはこちらのほうですわ〜
デイジー様を見習ったおかげで幸せな結婚ができたのですもの。それをお伝えしなきゃ。
「お返事を書かないと」
「うん。それから――」
パトリオット様はまた、内ポケットに手を入れましたわ。
今度は、首飾りより小さな箱が出てきましたわ。
そう、コレはアレが入っていそうな――
手紙を大事にしまったところで、パトリオット様が両手で包むように箱を差し出してきました。
「これは、私からガブへ感謝の気持ちだ」
真紅のベルベットの箱が開けられて。
中には、ピンクの宝石が輝く指輪が!
「先ほども言ったけれど、この宝石はガブに似合うと思って。私からも贈りたくなったんだ」
パトリオット様〜!
飛びつきたい衝動を押さえて揺れて震える手を取ると、パトリオット様は優しく指輪を嵌めてくださいました。結婚指輪の隣で輝く記念の指輪!
「綺麗ですわ〜!」
指輪からパトリオット様に目を移すと――
宝石のようにキラキラ輝く瞳と笑顔に見つめられてしまい、
「ありがとう、ガブ」
感謝の他の気持ちも確かに、受け取りましたわ……
「パトリオット様、ガブは、幸せ者ですわ! パトリオット様と結婚できて、うぅ」
「それは、私のセリフだよ」
すがるように預けた体。
パトリオット様はしっかりと受け止めて両腕で包んでくださいました――
翌日、パトリオット様と実家にお礼のご挨拶にやってまいりましたわ。
「義父上のご支援ご指導のおかげで全て滞りなく進み、バシレウス卿からも大変感謝されました。ありがとうございます」
「お父様、ありがとうございました」
お父様はとても嬉しそうで手をもみ合わせ、
「息子のためなら、これしきは当然のことだ。バシレウス卿からは手紙でも良いご子息をお持ちだと称賛されたよ。鼻が高い! それに、このことはガブリエッタの発案、やはり賢い!」
隣ではお母様が嬉し泣きしていらして、お父様とお母様の期待に応えられた実感が湧いてきましたわ。
パトリオット様のお父様とお母様にも呼ばれて、
「息子が生き生きとしてきたよ。ありがとう、ガブリエッタ」
「本当に、良い人に来ていただけましたわ」
「お褒めにあずかり、光栄です」
おふたりの喜ぶ顔を見て、パトリオット様も嬉しそうですわ。
「最初は少し心配でしたのよ。以前、社交界でお見かけした時、キョロキョロしていて落ち着きのない方だと思いましたから」
「み、見ていらっしゃったのですね。お恥ずかしいですわ」
笑うしかない私に、お母様は微笑まれて、
「ああしてキョロキョロして、息子を見つけてくださったのね」
「はい! そうなのです。その通りですわ〜、理想通りの方に巡り会えましたのですわ」
お母様とお父様と笑い合う中、ふと、パトリオット様を見ると。照れたように頬が染まっていて。
お部屋を出て廊下を歩きながら、不思議そうに笑いかけてこられました。
「変わり者だな、ガブは。私が理想の男とは」
「初めてパトリオット様を知った時、悪い噂にとりまかれていましたわ。だからこそ、この方だと思いましたのよ。絶対に噂とは違う素敵な方だと思ったのです。思った通りでしたわ〜」
ガブッと腕にしがみつくと、ギクッとなさいましたが離しませんわよ。
「私、少々野心家に育てられましたの。パトリオット様が望むなら、まだまだ名誉と出世のためにご協力しますわ」
「……うん、このままいけば、いつかクラウザーの名を返していただける日が来るかもしれない。ガブとなら叶いそうだ」
ギュッと抱きしめて、笑いかけてくださったパトリオット様。とっても満たされますわ〜。
嬉しいことは続くもので。
カイザー侯爵様から、夜会の招待状が届きました。
美貌と名誉を兼ね備えたパトリオット様の隣で、幸せそうにキラキラする時が来ましたわぁ!
さっそく、パトリオット様のお部屋に。
「パトリオット様。カイザー侯爵様の夜会、ご一緒してください」
「夜会か。私がそういう場が苦手なのは知ってくれているだろう? 特に、カイザー侯爵の夜会は賑やかで気疲れするんだ」
「ですが、今回は行かれた方がいいと思いますわ。なぜなら、今回の主役はパトリオット様だと招待状に書いてあります。バシレウス辺境伯に先んじて、パトリオット様のお働きに祝杯をあげたいそうです。カイザー様は祝杯好きな方、バシレウス様をお助けなさったパトリオット様を大いに盛りあげてくださり、悪い噂を吹き飛ばしてくださいますわ!」
パトリオット様は悩み始めたご様子。
もうひと押しですわ。
「美貌と名誉を兼ね備えたパトリオット様と隣に立つ私。ご令嬢やご婦人方もうっとり見惚れますわぁ〜」
その光景を浮かべて、私がうっとりしてしまいますわぁ。
「私に、見世物になれというのか?」
パトリオット様には、逆効果だったようですわ。
でも、ここで引き下がれません。
私の一番の願いなんですもの!
「なって、ほしいですわ……」
どれくらい睨み合ったか。
今回も、パトリオット様が先に瞬きされて、
「わかった。ガブも、私の態度に歩み寄ってくれるし私も歩み寄らないとな」
パトリオット様の落ち着いた態度に合わせていると、とりまきの頃が嘘のように落ち着いていられるのですわ。
このまま、大人の貴婦人になれるのかも。
でもその前に、夜会で祝杯を楽しめるのですね!
「ありがとうございます!」
「それに、復興支援成功はガブの名誉でもある。君に祝杯をあげるために行こう」
なんて優しい声。泣きそうですわ。
「では、ドレスを選びますね!」
勇んで部屋を出て、すぐにドレスの試着をしていると、パトリオット様がおいでになりました。
「ドレスに合うスーツにした方がいいだろうから、見に来たよ」
「細やかなお気遣い、嬉しいですわぁ〜。これはどうでしょう? 貴婦人を意識したのですが――」
落ち着きのある色味の真紅のドレス。
大人びたパトリオット様と並ぶと思った通り、よく似合いますわぁ。
「カイザー侯爵邸の、カーテンに似ているな」
「カーテン!?」
予想外の感想に、衝撃でフラつきますわぁ……
「腰から斜めにリボンがついているところなんか、まとめて端に寄せてあるカーテンそっくりだ」
「言われてみると、どんどんそんな気がしてきましたわ。危うく壁の花ならぬ、窓のカーテンになるところでしたわぁ」
震える私を見て、パトリオット様はおかしそうに微かに笑われました。楽しそうなご様子に、ショックが少しやわらぎましたわ。
「キョロキョロしている割に、あまり周りの風景を見ていないのだな」
「はい。それは、パトリオット様を探してキョロキョロしていたためですわぁ。カーテンなど見えませんでしたわぁ〜」
パチパチ瞬きして見つめると、パトリオット様はまた照れたご様子で。
「あまりからかうと、そのまま連れて行って本当に窓に飾るぞ」
そう言いながら、別のドレスを探しはじめてくださいました。
パトリオット様が選んでくださった、落ち着きのある濃紺のドレスを着て。ピンクの宝石をつけて。
いざ、社交界。
皆様、特に、かつて一緒にとりまきをしていたご令嬢達はパトリオット様の美貌に見惚れていますわ。
そして、なにやらひそひそ話をはじめたので耳を澄ましてみると、
「以前より美しく見えますわぁ、ルビウス伯爵」
「ええ――」
皆様の目がこちらを見ましたわ。
私の姿、特にドレスと宝石の美しさに魅入っていますわね。確かに、パーティー会場のカーテンは赤でパトリオット様が青にしてくださって助かりましたわ。
ふふん、ですわ。どうですか? 今の私は……?
「隣にいるのが、ガブリエッタ様で大丈夫かしら?」
「大丈夫かしら?」
大丈夫かしら?の合唱ですわ。
――きっと、とりまきの時の不出来な私を思い出されているのでしょう。
不名誉ですわぁ……
せっかく、パトリオット様の隣に立てたのに。
気の抜けていく私には気づかず、カイザー侯爵様がニコニコと杯を高くあげられ、
「諸君、此度はルビウス伯爵がバシレウス辺境伯のために大変な働きをされた。おかげで、国境周辺は元通りになりつつある。ルビウス伯爵の大いなる功績に祝杯をあげよう!」
皆様、にこやかに杯をあげてくださいました。
嬉しいですわぁ。これが、名誉なのですね。
「ルビウス伯爵、此度の働きは誠に見事だったな。若いのに大胆で懐も深い。大いに感動したよ」
絶賛してくださるカイザー侯爵様。
パトリオット様はちらと私を見て、
「私は、妻の助言に従っただけです」
そうおっしゃってくださいました。
「ほう、ガブリエッタ婦人が良妻であったか。まだ幼さの残る可愛らしい婦人に見えるが」
驚きに目を丸くするカイザー侯爵様と、最早言葉も失い驚くご令嬢達。
名誉挽回できたようですわね。鼻高々ですわぁ!
パトリオット様を見ると、晴れやかな微笑みを私に向けてくださっていて――
これが、私達の求めていた瞬間なのですね。
とっても幸せ! 乾杯ですわぁ〜!!