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マクガフィン  作者: 白と黒のパーカー
8/12

私に任せて

 カノコと二年前以来のちゃんとした再会は純粋に嬉しかった。

 過去のことを全て忘れてしまったわけじゃないけれど、「崖上のカンバス」での彼女との会話は夢のような出来事で。だからこそ、そんな夢のような出来事の地続きで本当に夢であってくれればいいのにと思うほどの地獄のような知らせに私はしばらく返事をすることができなかった。


 カノコは私にたくさんのあれからを話してくれる。私が眠っている間に転校の手続きをさっさと進めてしまっていたこととか、学校が変わってからも私のことを忘れることができなかったということ。

 そんな中、気晴らしにたまたま入った美術展で目に入った油絵に魅了され、同じような作品を作ってみたいと美術に没頭したこと。

 そして新しい高校で出会った美術部の顧問に教えてもらったのがこの崖上のカンバスらしかった。

 そういえば、この場所の看板には「星空のカンバス」と書かれていたという話を彼女にすると、この場所の名前は代々所有者が好きに変更してよいというルールがあってそれに則って今の持ち主であるカノコがつけた名前が「崖上のカンバス」だったという理由らしい。

 凝り性なカノコにしては結構普通じゃないかと問いかけてみれば、好きな映画の名前からとったとのことで、なるほどとなんだか妙に納得してしまう。


 気づけば時間は十九時を回っていてあたりは暗くなっていた。

 こんな辺境からはもう帰るために出ている電車などない。

 だから、今日は友達の家に泊まって帰るという旨の連絡を入れようと携帯をカバンから取り出す。

 マナーモードを切り、携帯を開いた瞬間プルル、プルルと着信音がなる。

 急に鳴り出したことに驚いて誰からの発信なのかを確認することなく出てしまう。

 そこから聞こえてくる声は少しいがらっぽいが確かにミカのものだ。

 何があったのかをこちらから問いかける前に、彼女が先に口を開く。


「ねえ、リコ......リコの家が、燃えてる」


 絶句。

 ミカが何を言っているのかわからない。いや、意味は嫌というほどに理解してしまっているが、脳がそれを事実だと認識することを拒否している。

 ミカは絶対に私に嘘をつかない。少なくともこういう笑えない冗談などは絶対に言わない。だからこそ、その言葉が嫌というほどの重みを増して私にのしかかる。

 次に気になったのはミカと家族の無事。


「ミカ、大丈夫? けがはない? 家族は、私の家族はどう?」


 努めて冷静に問いかけようとはした。だが、やはりそんなことは無理で、矢継ぎ早に質問をぶつける。が、返事はない。

 とうとうそのまま返事がなく通話は切れた。


 事態がどういう様相を呈していたのかを詳しく理解したのは、さらに数時間後、病院から電話がかかってきた時だった。

 両親は死亡。遺体の損傷は激しく、詳しいことはいまだ解明中だが、おそらく焼死で間違いないだろうとのこと。

 そしてミカ。実はミカが電話をかけてきたのは燃え盛る私の家の中からで、恐らく燃えている私の家をみて家族を助けに行こうとしたのだろうとのことだった。

 体の状態は全身に重度の火傷を負っているが、何とか一命は取り留めたとのことで、一先ずそれは良かったものの傷跡を隠すこと、そしてまた普通の生活に戻ることは難しいだろうと言う。


 急に起こった悪夢のような現実。

 それを受け入れることが怖くて、途中カノコに電話を替わってもらい詳しい話は彼女から後で聞いたところもある。

 大切な人たちに任せきりで私はダメな人間だということを痛々しいまでに理解させられて、それを悔しく思う気持ちと家族が死んだというどこにぶつければいいのかわからない行き場のない感情。

 それらでごちゃごちゃになった私は壊れる寸前で。引き留めるカノコの手を振りほどき、一人彼女のアトリエに籠る。

 心の中を渦巻く気持ちの悪いドロドロ、外側に吐き出してしまうことなんてできずに、何もかもを壊してしまいたいという破壊衝動は内側に向かう。

 アトリエに飾ってある書きかけのカンバス、その横に置いてあるカノコが使っていたペインティングナイフを左手の平に突き刺した。

 普通ペインティングナイフに切れたり刺さったりするような刃はない。

 けれど、カノコが使っている特別なそれは、常に鋭利に研がれている。

 どうすればいいのかわからないこの懊悩が行き着く先は当然のように自傷行為。それをして心が落ち着くわけでもないし、無駄に体を傷つけるだけの無意味な行為であることは理解していた。

 それでも、そこに逃げるしかない。出口のない迷路に閉じ込められた私は、しばらくカノコの部屋で血にまみれた手の痛みと共に一人泣き続けていた。


 どれくらいの時間がったのか、部屋に誰かが入ってくる音が聞こえる。多分カノコだろうその人物は私を優しく抱きしめて囁く。

「これ以上このことについて悩み続けていても仕方がない」どこか遠くでそう言うカノコの声が聞こえる。

「一先ずは眠ったほうがいいよ。後のことはすべて私に任せて」そう話すカノコの声が聞こえたと同時に抗いがたい睡魔が襲ってくる。

 まだ何か言っていたような気もするが、程なくして私は微睡みに呑まれた。


 

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