三十三 落ちたようです
「マジロ、勝手に行っては危ないですよ」
マジロというのはクロノ様がつけた被甲目の名前です。唐突に脳裏に去来したとのこと。「何か知り合いのお名前ですか?」と尋ねましたが、満足する回答といったものは得られませんでした。
えっと……そのマジロという被甲目は抱えようとした僕の手から逃れ、最深部の空間の奥の方へ向かっていきます。
おかしいですね。言うことを聞いてくれません。
「……何か、魔道具があると……君はツァウとかいう人たちに聞いたんだよね」
首肯をします。慌てながら。マジロが向かっている洞窟の奥の方をチラチラっと見ながら。
「なら、その魔道具の場所を教えようとしているのではないか?」
「あれ、そう見えます?」
「いや、被甲目なんて普段見ないし。表情の機微とか別に私はわからないのだけれど」
頭を掻きながら、クロノ様は言っています。
僕をなんだと思ってるんですかね。野生で動物と共に生きていたわけじゃないんですけど。
「いえ、表情は関係ありません。そんなのは僕もわかりませんよ。僕が案内でないと判断したのは、マジロが僕たちのことを全く気にしていないからです。あれはどちらかというと、何かによって奥に引きつけられている感じです。そう見えませんか?」
「……わからない。まあ、君はここに来た当初、被甲目に道案内されていたらしいしね。信じるとしよう」
「ありがとうございます。えっと、先にそこの粉を掃除したいのですが、よろしいでしょうか?」
床に散らばっているので、メイドとしてはどうしても……どうしても気になってしまうのです。
ちょうど、箒を出していましたし物凄くやりたいという欲があります。どこにいれるのかって? 『携帯式魔力屑籠』とかいう奴です。魔眼でちゃんとそれも取り出すつもりですよ。
「……? まあ、いいよ。君はそれでいいのかい?」
「……はい。一瞬追いかけようとも思いましたが、なんか……今、追いかけてもすぐには捕まらない気がするんです。なら、後回しでいいかなって。すみません……」
「……よくわからないな。ここで追いかけなかったら、死ぬかもしれないんだよ。本当にいいのか?」
「掃除くらいすぐに終わりますよ。僕はメイドですので」
会話している暇にやれって? もうやってますよ。魔眼を閉じ、屑籠と箒を持った私はそう思いました。
全速力……でも、そうすると雑になりがちですよね。雑にやったらちゃんと取れないでしょう。なので、丁寧にやります。丁寧にやっても、今の僕ならそう時間はかかりませんよ。
「……終わったか。確かに早い」
有した時間はおよそ三十秒。早かったみたいですね。よかった。
「追おう」
「はい」
マジロは既にいなくなっていました。潜ったわけじゃないことは掃除をしながら見ていたので把握しています。そもそも、よくよく考えればモグラと違って地中で生活していない被甲目が地面から出てきた時点で何か異常があったと思うべきですよね。
消えていった場所は最深部の奥……そこにある祭壇のような物です。そこに乗った瞬間に消えました。
恐らく、転移させられたのでしょう。
僕だけじゃない。多分、それはクロノ様もわかっていると思います。背後の警戒心により、そう感じます。
「……跳ぶよ」
頷き、僕は彼女と手を繋ぎ跳躍。そして、後ろで発動した魔力罠に対し、魔眼で事前に取り出した『消魔器』を使います。
取っ手を引っ張った瞬間に発生した白い煙に戸惑いましたが、すぐに落ち着きました。
この煙、思ったより煙くないのでいいですね。全く咳き込むことはありませんでした。素晴らしいと思います。
「あ、鎮まりましたね」
煙が鎮まり、魔力が消えたことを確認した僕は取っ手を離し、再び魔眼を発動させます。今日一日でめちゃくちゃ使ってますよ。
取り出すは布巾。仕舞うは消魔器。先程の毒々しい色の結界と違い、二重罠になっていることに気づいたのですよ。
「祭壇の近くだから、寄られないように一部の者に対してのみ発動する特殊二重罠を設置したということかな」
「そうでしょうね」
返事後に僕は迅速かつ綺麗に布巾で罠を拭き取りました。洞窟の中でここまでたくさんメイドらしい仕事ができるとは……
出した道具を全て魔眼に収納すると、眼の光が消えぬうちに祭壇へと駆け抜けていきました。
祭壇に乗っても転移されるとは考えていませんでした。何かが現れて攻撃してくるとは考えていましたけどね。
「……」
祭壇は縦六メートル。横は七メートルほどの大きさ。二人ほどなら余裕で乗れるので、僕とクロノ様は二人で同時に乗ったのですが……乗った途端に予想外の驚きを味わうこととなりました。
転移はしていません。したら、わかります。
これは……
……落ちました。
降下感は一切ありませんでした。落ちている間の記憶も同様。でも、落ちたということが感覚的にわかってしまうのです。
「……」
隣にはクロノ様がいます。
いえ、いないのでしょうか。隣に立っているように見えますが、石像のように全く動かないので。
「……幻影、なんですかね」
「ぐかー」
「……!?」
思わず、ビクッと震えて後ずさってしまいます。
「……い、いびき……?」
祭壇の前にいびきをかいて仰向けで眠っている男がいました。
他に誰もいないので、この人が僕をここに連れてきたのだと思いますが、何故に眠っているのでしょう。
「……バレないように探しましょう」
マジロを。ここにいるかもしれないので。
最深部と比べても特段暗い場所ではありますが、そこに眠っている男の影響か、ある程度見えます。
「……マジロー……出てきてくださーい」
小声で呼びかけます。耳は悪くないと思ったので、いればこれで来てくれるかなどと考えました。
「……やはり、いないのでしょうか。クロノ様のところにいることを祈るべきなんですかね」
……いえ。
僕は首を振って頬を叩き、自身を叱咤します。まだきちんと探していないのにここにはいないと判断するべきじゃありません!
そう思って勢いよく、一歩を踏み出そうとしたところで僕は何者かにより足を掴まれ、無様に転倒してしまいました。
ズテーン、という音がしてましたよ。
「ごめん。転倒させちゃったな」
「痛た……なんで掴むんですか!!」
僕は足を掴んだ主のことを見て、睨みます。
「悪い……えっと、お詫びに名前を教えるよ。オラの名前はツヴァイド。少しの間だけど、よろしくね」
仲良くしたいのか笑顔で握手を求めてきましたが……こんなよくわからない場所でこんなよくわからない怪しい人物(?)と安易に握手するほど、僕は馬鹿ではないつもりです。
睨みつけながら、僕は一歩後退していきました。
「……っふぅ」
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