あの子の肺
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あの子の肺
窓を流れる見知らぬ土地の見知らぬ景色は、どこか懐かしさを感じる程に私達の町に良く似ていた。
一瞬で後ろに消え去る知らない誰かの生活の一片を目で追いかけながら、全然知らない町にも誰かの生きる音に溢れてるんだと当たり前の事が何かよく分からない形になって胸の中に落ちてきた。それは私の心臓をきゅっと掴むように、海のような優しい輝きを発していた。
おばあちゃんに連れられて電車を見にきている小さな女の子や、庭で洗濯物を干している女の人、お散歩をしているおじいさん、当たり前の生活がそこにある事が何だかとても新鮮な気がした。
きっとあの子もこの先の知らない町で当たり前のように生活をしている。知らない町だったなんて事を忘れて、昔からそこに暮らしていたかのように町の空気を体にまとっているのだろう。
あの子は突然、教室から姿を消した。まるではじめからそこにいなかったみたいに、あの子のいたはずの形跡は跡形もなく何も残っておらず、でもまるでそこには初めから誰もいなかったかのようなクラスメイトに、その空気に、私はよく分からない恐怖を覚えた。
すっかりあの子のいない生活に慣れた頃、私は今あの子に会いに行く小さな旅の途中だ。
小学校を卒業するまではずっと隣で笑いあってたあの子とは遠く離れてしまって、今ではお互い中学校で出来た新しい別の友達の隣を歩き笑いあっている。
昔の友達を忘れるのは一瞬だ。新しい生活に慣れるのに精一杯な私たちは、だんだんと連絡を取り合わなくなり遠い記憶の片隅へと隠してしまった。
ガタゴト揺れる電車に体を預け、その心地良さに少し眠気を誘われはじめた頃、この揺れる箱は目的地へと私を運び終わった。
急いで電車から降りた私の目の前に、前よりもぐっと大人びて、でも確かにあの頃の面影を残したあの子が待っていた。少しの間2人の間にあった緊張が一瞬で解けて昔の空気に戻っていくのが分かる。私たちは昔の私たちに戻って懐かしさを共有しながら今日を溶かした。今どんな生き方をしているのか、それは今はまだ、きっと知らない方がいい。私があの頃とは変わってしまったように、きっと彼女も昔のままではないだろうから。
続くかも知れないし続かないかもしれない