【SSコン:段ボール】 思い出
セミの鳴き声が響いて、ワゴン車の中に日差しが差し込む。
ワゴン車の中には20代後半の男が二人座っている。
一人は運転席で車を運転しており、もう一人は助手席で地図と周りを交互に見て目的地を探している。
男はワゴン車がギリギリ通れる程の道を慎重に運転していく。
「鵜飼次はどこで曲がる?」
「あと少しまっすぐ行くと到着です」
「そろそろ良い時間だからそのまま行こうか」
「オッケーです
おっ あの家かな?」
鵜飼は3軒並んでいる中の一つの家を指さす。
表札にはKUDOと書いてあり、男はちょうど一台分空いているスペースに車を停める。
「良い物が見つかると良いですね」
「折角買い取るなら誰かに渡りやすい物を買い取りたいからね」
「そうですね」
「それじゃあチャイムを鳴らすから気持ち切り替えるよ」
「了解です」
ピンポーンと呼び出しチャイムが周りに響くが、セミの鳴き声にかき消されてしまう。
ガチャリと通話が繋がる音がすると、家主がインターホンに応答する。
「はーい」
「こんにちは トイランドの笹島と申します
本日はよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
カチャと通話が途切れる音がすると、家の中からドタドタと足音が聞こえてくる。
ドアが開くと、中から主婦らしき女性が現れる。
「こんにちは 今日は暑い中ありがとうございます」
「お気になさらず」
「早速査定の方をお願いしてもらってもよろしいですか?」
「はい お邪魔します」
「お邪魔します」
二人がリビングを覗くと、大量のおもちゃが所狭しと並んでいる。
その様子に二人とも少年の様に目を輝かせて、興奮した様子で大量のおもちゃを見つめる。
彼らの胸の中からやる気が沸々と湧き上がる。
「圧巻の光景ですね」
「はい 久しぶりのこの量は心が躍りますね」
「結構多いですけど大丈夫ですか?」
「この量なら荷台に入り切るので全然大丈夫です」
「それではお願いします」
二人はダイニングとリビング一面に並べられたおもちゃ達を一つずつ査定していく。
並べられているおもちゃの大半がミニカーが占めている。
「おぉ これって確か限定品ではないですか?」
500個近くあるミニカーの中から、 珍しいものを見つけた鵜飼は興奮した様子で笹島に話しかける。
笹島はそれを見て、鵜飼の興奮が伝染して、目を輝かせる。
「すごい珍しいやつじゃん!」
「そうですよね!僕もこれを見つけた時は一瞬見間違えたかと思う位は驚きました」
「あら?そんな珍しい物ですか?」
喜んでいる二人を見た祥子は興味のある様子で笹島に話しかける。
「はい 確かイベントに行った人しか手に入らない貴重品です
これはかなりプレミアが着きますよ」
「すごい驚き様ですね」
「えぇ かなり状態の良いのもあって結構良い値段で買い取り価格が付きますよ」
「そうなんですね」
そんな話をしていると、次々と掘り出し物が見つかって、笹島と鵜飼は大喜びで査定を進める。
「息子と一緒に主人もコレクションにハマってしまって
息子に買ってあげるという口実で良く大人買いをしていましたね」
「旦那さんも集めていらしたんですね」
「はい 良く二人でいろんな物を語り合っていましたね」
「それは楽しそうですね」
「えぇ 二人とも目を輝かせながら話していました」
「何か良さげな物はありました?」
二人が話をしていると、初老の男性が騒がしい様子に惹かれてリビングに顔を出す。
「お邪魔しています
えぇ かなり良い物が見つかって私たちも興奮しております」
「自分達が集めた物がそう言われるのは良い気持ちですね」
「すごい状態が良くて大切に保管されていたことが手に取るようにわかります」
「はい 息子との大事な思い出ですので
少し熱く語りすぎましたかね?
邪魔するようで申し訳ないです」
「いえいえ 私もお客様の思い出を聞く事もこの仕事の醍醐味だと思っていますので
是非色々な思い出を聞かせて下さい」
「そう言ってもらえると嬉しいです」
箱のあるミニカーは箱に丁寧に詰めて、箱の無いミニカーは梱包しながら査定作業は進んでいく。
笹島と鵜飼はお互いに珍しい物や気になる物を見つける度に感動する。
3時間の間二人は査定して、梱包や箱詰めする作業を繰り返す。
クーラーがかかっているとはいえ、真夏の昼間に作業をする事はかなり辛いものである。
それでも二人は楽しそうに作業をしている。
そんな二人の様子を見て、夫婦は大切な思い出が詰まった物を安心して渡せると感じる。
しかし、夫婦の中には大切な思い出の品を手放す事が寂しいという感情も存在している。
他に欲している人に渡したいという気持ちと、それでも手放すことが寂しいという躊躇いの感情が混ざり合って、複雑な表情を浮かべてしまう。
「安心して下さい
あなた達の大切な思い出の結晶が次の持ち主に渡るまで私たちが責任を持って見届けます」
「ありがとうございます
お陰様で決意が定まりました
これが誰かの大切な思い出になる事を陰ながら願っています」
「はい そう言って頂けるとおもちゃも喜ぶと思います
それでは査定が終わりましたのでご確認の方をお願いします」
「おぉ 思ったより高く付きましたね」
「工藤さんが綺麗なまま保管していたからこその結果です」
「今日はありがとうございます
あなた方のおもちゃに対する情熱に感動しました
また息子と旅行にでも行こうと思います」
「こちらこそありがとうございます
私たちも貴重なお話や経験をさせていただきました」
笹島と鵜飼は段ボールに敷き詰められた、おもちゃをワゴン車へと運んでいく。
段ボールの中にはこれまでもこれからも沢山思い出が詰まるだろう。
そんな段ボールにおもちゃを詰める仕事に笹島も鵜飼も誇りを持っている。
ワゴン車の中にはトイランドとロゴステッカーが貼ってある。
今日も世界中で思い出が詰まったおもちゃが生まれていく。
二人はそんなおもちゃに思い出がはち切れそうになるまで詰める手伝いをしていく。
「これからこの段ボールの中に思い出が詰まっていく事を想像すると心が躍りますね」
「あと少しで溢れそうになるまで思い出が詰まっていくことを願いたいな」
「はい」
彼らは缶コーヒー片手にこれからもおもちゃを段ボールに詰めに行く。