ハズレ治癒士がダークプリーストだとしたら ~弱くても、追放するのはまだ早い~
「なぁリーダー、役立たずのプリーストは追放しようぜ?」
宿屋に着くと、槍使いのデュランが俺に提案してきた。
「俺とリーダーがいれば十分だって。
浮いた食費で装備を買おーぜ」
「ついでに恨みも買いそうだな」
このパーティ、今日できたばかりだというのに。
早くも亀裂がスタートダッシュを決めている。
ギルドの『おまかせ結成サービス』に頼ったのは失敗だったか。
「少し考えさせてくれ」
デュランと別れ、ひとまず自分の部屋に戻ることにした。
回復魔法が得意なプリーストのクレア。
確かに彼女は何もしていなかった。
さっきのクエスト、パーティ結成後の記念すべき初戦では。
──数時間前。
「シャアアア!」
魔王軍の人型魔獣……!
微妙にずる賢いのが厄介だ。
身にまとう黒い瘴気が、邪悪な見た目を引き立てる。
「上等だァアアア!」
大きく踏み込んだデュランが、ずる賢いやつを槍で貫き飛ばす。
槍ってふっ飛ばせる武器なのか?
こいつ、魔獣より狂暴だ。
しかし、こうもあからさまに正面から襲ってきたということは。
「きゃあああ!」
後衛のクレアの悲鳴。
一体目は陽動、二体目の奇襲で撹乱……
なるほど。
それにつられた俺への三体目が本命ということか──
「ジャアアアジィィ!」
振り向きざまに手を当て、スキルで無力化させると。
大柄な人型魔獣はその場に倒れ込んだ。
一方、クレアに全力で避けられた二体目は、脇目も振らず突き進んでいた。
大技で隙を見せたデュランのもとへ。
「おいっ! ボーッとしてんじゃねえ!」
「すみません! すみません!」
何とか体勢を立て直したデュランは、槍で攻撃を受け止める。
だが、それも見越していたのか。
弾かれた反動を利用して、再びクレアに向かう。
思ったよりも速い。この距離ではわずかに間に合わないか。
ならば。
「クレア、伏せろ!」
「は、はいぃぃぃ!」
人型なら。
そのスピードで低い位置を狙うのは不可能だ。
必ず速度を落とす必要がある。
つまり、俺の手が届くということ──
力を失った二体目がよろけて倒れ込む。
伏せていたクレアの長い髪がふわりと舞う横で、苛立つデュランがトドメを刺した。
「チッ、やっぱり回復魔法しか使えないのかよ」
吐き捨てるデュランの前でやや気まずいが。
恐る恐る見上げるクレアへ手を差し伸べる。
「ケガは無いか?」
「はい……ありがとうございます、クラウスさん!」
──その後、クエスト達成報告をして今に至るわけだが。
正直、彼女の回復魔法は必要なさそうだと俺も思った。
むしろ敵に狙われやすい分、守る側の危険が増すだろう。
せめて守りに有効なスキルでも持っていてくれれば……
いや待てよ。
そういえば彼女は「回復魔法が使えます!」とは言っていたが、他に何も使えないとは言わなかった。
デュランは「回復魔法しか使えない」と決めつけたが。
もしかしたら何か特殊能力があるかもしれない。
俺も今となっては色々使えるが、昔は「中途半端なハズレ職業だ」とか散々言われたしな。
パーティから追放されることもあった。
補助系スキル持ちの宿命だろう。
あの頃の俺の気持ちを思い出せば。
一方的な決めつけで追い出されるのは悔しいに違いない。
珍しいケースだが、ダークプリーストの可能性もあるだろうし。
弱くても、追放するのはまだ早い。
少し探りを入れるべきだ。
クエストの後、クレアは確か宿屋から少し離れた共同墓地に寄ると言っていたな。
口の悪いデュランに先を越される前に、声を掛けてみよう。
「よう、ハズレプリースト」
……先を越されていた。マジか。
ひとまず物陰で様子を窺うか。
クレアは何やら墓の前で祈りを捧げていた。
プラチナブロンドの髪に黒いシスター服という見た目も相まって、神秘的な光景だ。
これぞ真のプリーストといった佇まいである。
「このパーティから出てってくんねーか?」
神聖な雰囲気をデュランが破壊する。
本題に入る前に、目の前の墓に入って頭を冷やしてはどうか。
「そ、そんな、困ります!」
「回復はもう必要ねーんだよ。
回復魔法しか使えないなら余計にな」
「ほ、他の! 他のことも頑張りますから! お願いします……!」
「うるせぇ、足手まといなんだよッ!」
泣きつくクレアをデュランが突き飛ばす。
──さすがにマズイな。
と、物陰から出ようとしたが。
それよりも、クレアの諦めが早かった。
「分かりました……あなたの前にはもう現れません……
ですが、ここは神聖な墓地です。
最後にどうかお祈りさせて下さい」
「慈悲深き我らが主よ。
願わくば、恒久の平穏を与えたまえ。
《メル・トジコ》
彼の者を──」
「」
「────」
「──【 】──」
「──【封印せよ】──」
「…………は?」
突如、デュランの周囲がまばゆい光に包まれる。
「おい! 何だこれ!? 体が動か──」
「さようなら」
強烈な光のせいで姿は見えないが。
立場が逆転したぞと言わんばかりの、冷たい声色。
「どういうことだよォォォォ!……」
悲痛な叫びを上げて何とか踏み止まろうとしているように聞こえたが。
その願いは届かず、志半ばでピタリと声が途絶えた。
同時に、視界が開ける。
一体何が起きた?
二人のいた場所へ目を向けると──
増えていた。
墓が1つ、クレアの目の前に。
周りの墓と寸分違わず同じ造り。
どういうことだ。デュランに何が起きた?
まさか、封印……魔法?
それが彼女の特殊能力なのか?
どちらにせよ、パーティメンバーが消息不明になるのはマズイ。
すぐさま様子を確認すべきだが、あの魔法を見た後だ。
無策で彼女の前に出るのは賢明ではない。
こいつ、何者だ……?
思えば、クエストの時は何だかんだで無傷だった。
背後からの奇襲も含め、全て避けていたからだ。
普通のプリーストにそんな身体能力があるだろうか。
彼女は──弱くなかったのだ。
だが、あの時に封印魔法を使わなかったのはなぜだ?
俺とデュランを試していたのか?
なぜ……?
「なぜ、魔王軍との戦いが終わらないか知っていますか?」
デュランらしき墓を見下ろし、クレアが語りかける。
「名だたる冒険者達が魔王軍幹部を討伐しているのに、なぜ勢力が衰えないのでしょう?」
「あなたのような汚れた心を持つ人が、魔王軍に〝闇堕ち〟するからですよ。
今日、あなたも見たでしょう。
人型でありながら醜い姿となった、冒険者の成れの果てを」
あの魔獣が、元冒険者だと……?
「〝闇堕ち〟を防ぐには、永久に同じ時間を繰り返すしかありません。
死んだとしても、魔王軍に転生してしまうのですから」
「優しい世界にあなたは不要です」
「ね、クラウスさん?」
クレアが突然、こちらを振り返る。
「気付いていたか」
「あなたが初めてです。私を追放しようとしなかったのは。
他の人達はみんな心が汚れていました。
その結果がこれです」
クレアは手を広げて辺りを見渡す。
この墓が全部、彼女のしわざだと?
「今回はてっきり、あなたから追放宣告されるものだと思っていました。
回復魔法も使いこなす、あなたから。
見かけによらず優しいのですね」
「見た目で判断してはいけない……お互い勉強になったな」
会話の内容とは裏腹に、緊張感が漂う。
「なので、たとえ他の人より弱くても!
この世界から追放するのはまだ早いです。
これからもどうか、よろしくお願いしますね。
心優しい《ダークプリースト》さん」
危害を加えるつもりはないという意思表示なのか、はたまた誘き出す罠なのか。
俺は念のため。
生命力吸収魔法《サーワル・ドレイン》をこの手に忍ばせた。
お読み下さりありがとうございました。
追放モノの波に乗り遅れたので、少し外した内容にしてみました。
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