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Ⅱ.建国記念の日

其から、度度(たびたび)この春日宮(カスガノミヤ)には天照(アマテル)が出入する様になった。無論、其は春日丸(カスガマル)がミヤへの受け入れを赦した事を示す。春日丸は毎度、何かしらの手品を仕掛けては天照を驚かせ、その反応を見て愉悦に浸る。天照は毎度むぅと頬を膨らませるも、サプライズで贈られる珍しい物達に魅了され、機嫌を良くするのだった。


そんな情態が長らく続き、天照が宮へ居はすのが当然となった頃、彼女は再び『春日丸』とかれの名を呼ぶ。

己の名前を呼ばれる事に、照れはあれど抵抗を無くした時期であった。


『私、宮が欲しくなっちゃった』

『・・・・・・え?』


春日丸は一瞬、叉天照の戯言かと思った。天照は時時、電波が頭を通ったかの様な飛び抜けた発言を出し抜けにする事がある。(もっと)も、彼女自身は大真面目で、(わら)って取り合わなかったら本当に拗ねて仕舞(しま)うので、春日丸には理解できない論理の段階を幾つも脳内で踏んでいるのかも知れないが。


『―――ねぇねぇ、この宮を、私とあなたのふたりの住居としない?』


『ーーーーーー・・・・・・・・・』


春日丸は戸惑った。己はまだ、この異星から来た少女に完全に心を開いてはいない心算(つもり)だった。己が地球の創造神の子である自負とは関係無いが、突如現れた神の子である己と共通点の多い只ひとりの少女を憎からずも少し畏怖していた。其は、之迄の恵まれぬ生から己と似た異能の力をもつ者は唯のひとりも存在しないと刷り込まれた観念が大きく覆される恐怖と、その否定的な人生を打破するかの様に現れた同士の存在に懐く親近感や希望が綯交ぜになった感情だ。

『・・・・・・悪い、けど』

君がそこまで僕の領域に踏み込むのはまだ早い。そう伝えようとした時、天照がかれの名を呼んだ。



『カスガマル』



『っ!』


・・・叉だ。この頃になると、春日丸は己が天照から名を呼ばれた時に(いだ)く感情が薄薄ではあるが(わか)る様になってきていた。・・・・・・彼女の呼ぶ名に隠された真実については、かれが大和を明け渡す頃になる迄、ついぞ知る事は出来なかったが。



『宮を私にも()れるわよね、カスガマル』



・・・・・・気づいた時には、首を縦に振っており、天照の無邪気な喜びの声が遠くに聞えた。


『・・・・・・』


逆らえない。何か願いがある時、天照は決って己の名を呼んだ。名を呼ばれると、春日丸は耳を(くすぐ)られる感覚と同時にまるで雷に打たれたかの様に背筋に電流じみたものが(はし)り、動けなくなった。縦に微かに首が動き、(うなず)く事で解放される。


天照の普段の会話とは違う女帝(さなが)らの迫力に、怯んでいるのだ。


この頃から、天照は高天原を纏めあげるだけのカリスマとしての片鱗を見せていた。


・・・春日丸は息を吐いた。肯く前はこわかったが、特に断る理由は無い。(むし)ろ彼女が無理矢理心の扉を()じ開けて呉れる事で、叉かれは前へ進む事が出来るかも知れない。孤独に生きる術しか知らなかった己に“ともだち”が出来た様に。




斯うして、春日丸と天照の板蓋宮(イタブキノミヤ)での共同生活が始るが、春日丸が天照に明け渡したのは住いや土地にとどまらなかった。




『春日丸っ♪』



天照がにこにこ微笑み乍ら春日丸の脇腹をつつく。未だ慣れないスキンシップに、春日丸は手を払って

『何なんだい、もう』

と恥かしそうに云った。払われた天照の手が震える。

? 春日丸が其に気づいてゆっくりと視線を天照の身体のラインに沿って上げると、天照は目の縁にいっぱいの涙を溜めて唇を震わせていた。

『っ!?』

『きょう・・・なんの日か、知ってる・・・・・・?』

手を払われた事を拒絶されたと受け取ったのか、天照は直立不動の侭涙を瀧の様に出しっ放しで訊く。慌てた春日丸は必死に天照の(なだ)めに掛った。

『し・・・、知らないよ!というか、今日も何も(ぼくら)の間に日数(ひかず)など・・・毎日が何でも無い日だし』

春日丸が懇切丁寧に涙を拭き、一度は拒否した手を握ってどうどうと背中を叩いて遣ると、(ようや)く落ち着いたかの様に見えた。が『知らないよ!』という否定の言葉が叉しても彼女のナイーブな心に触れて仕舞(しま)った様だ。

『今日私の誕生日なのぉ~~・・・』

『たんじょうび~~?』

天照の口調が春日丸にうつる。も~やだぁ~・・・春日丸まで泣きたくなる。どう対応すればこの女神は機嫌を直して呉れるのか。

『祝ってくれる・・・・・・?』

ん? 春日丸には話が飛躍している様に感じた。抑抑(そもそも)彼女を泣き止ませる事に神経を注いでいたので右から左に聞き流して仕舞ったが。

『・・・・・・何を』

~~~~・・・・・・。今の一言で天照の涙腺は再び振り出しに戻る。

『聴いていなかったの?春日丸・・・・・・』

『ううん!聴いてたけどっ!!;』

春日丸は之以上泣かれては困ると天照の涙声を遮る様にしてがなる。併し聴いているだけでは足りない様で、天照は涙目の侭上目遣いで春日丸を睨んでいた。

『・・・・・・なら、プレゼント、ちょうだい・・・・・・?』

『・・・・・・は?ぷ、ぷれぜんと・・・・・・?』

全くぴんと来ていない春日丸に、天照はぴたりと涙を引っ込めた。暫しの間、きょとんと春日丸を初めて対面する相手の様に見ると


『・・・・・・可哀想な子』


と、やけに冷めた声で呟くのだった。


『誕生日は、生れた事をお祝いする日で、年に一度しか無い特別な日なの。だから、自分が生れた日には家族やきょうだい、お友達が祝いの品を呉れるのよ』


・・・・・・春日丸は『可哀想』と云われた事が妙に心に響いた。まるで誕生日を知らない事そのものが孤独の証である様な気がして、思わず唇を噛みしめる。

だが

『・・・・・・僕は何にも持っていない』

『あら、そんな事は無いわ』

紛れも無い天照から其を否定され、春日丸は顔を上げる。ふと見ると己をふんわりと天照が包み込んでいて、顔が熱くなると共に涙腺が弛んだ。



『・・・あなたには、天之御中主神(おや)から貰った数多の力があるもの。あなたが初めて宮へ招待して呉れた時、太陽を沈ませ(ツク)を思うが侭に退けていた事、知っているのよ、私。之は、地球の創造神の唯一柱の子であるあなたしか持たないものだと確信したわ』



その“唯独りしか持たないもの”こそが自身を孤独に落し込んでいると春日丸が自覚している事に、天照は()うに気づいていた。彼女は姿こそ未だ子供だが、春日丸と違い地球に住まう前から生を繋ぎ続けている。繰り返す命の中で進化を見つけると同じ様に、精神のネット‐ワークは唯一つ悠久の命を生きる春日丸より早く狡猾な大人と成長していた。




『ねぇ、春日丸・・・あなたの力の半分を、私に呉れない?』




天照の神をも堕とす囁きが、春日丸の耳に届く。



『・・・・・・え?』



春日丸は不安を混じらせた表情に変り、天照を突っぱねた。


『其は・・・・・・“たんじょうびぷれぜんと”に・・・・・・?』

『ええ。力が強すぎてお友達が出来なかったのなら、私とはんぶんこにして弱くすればお友達が出来るかも知れないじゃない?』


・・・・・・。春日丸はまじまじと天照を見つめる。“霊力の譲渡”なんて、今迄想像もしなかった事を提案され、天照を純粋に信用する事が出来なかった。元より、之迄は譲渡する相手などいなかったのだから。


『そんな事・・・・・・出来るのかい?』

『ええ』


天照は速答する。この時の為に、度重なる進化を経て感性を洗練させ、神の技術を身に着けたのだ。



『春日丸―――あなたのもつ“太陽を取り込む力”、頂くわね』



“太陽を取り込む力”―――其が土地を支配する力をも秘めていた事に春日丸が気づくのは、近畿の凡てが奪われて仕舞った後だった。

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