花嫁捜しの夜会
王宮主催の夜会に参加することを決めたリーゼは、準備を急いだ。
長く夜会へは行っていない。当時でさえ流行遅れだったドレスを着ていくのは、勇気がいる。
しかし、まずは自分よりラウラである。
デビュタントであるラウラには、みっともない格好はさせたくなかった。
今から仕立てるには時間がないので、既製品になる。
リーゼは侍女のマーサとともに、店を回った。そして、ラウラに似合いそうな若草色のドレスを見つけた。
「よく似合ってるわ!」
ラウラはすらりとした体つきなので、スカートがふんわりし過ぎないものを選んだ。
長い金髪は編み込んで、ビーズのあしらわれたリボンで留めている。
化粧は薄く、淡い感じ。華やかさより初々しさを出してみた。
「ラウラ。どうかしたの?」
満足いく出来映えに感心するリーゼとはうらはらに、ラウラの顔は浮かない。
「お姉様のそのドレス……」
リーゼは深緑色のドレスを着ていた。
今夜のために、貸衣装店で借りたものである。
中古のドレスを仕立て直したものだというが、ぱっと見は新品と変わりない。
「似合わない?」
「似合っているわ!……そうではなくて、わたしも貸衣装でよかったのに」
ラウラがじとりと睨んでくる。
「デビュタントは一度きりよ。私だって初めてのときは、ドレスを新調したわ。だからラウラも気にしなくていいの」
あの時もドレスは中古だった。けれど貸衣装ではなく、一度袖を通しただけの中古品で買い取りだった。ほぼ新品と思ってよいだろう。
「それに。……もしもってこともあるでしょう!」
夜会にはデビュタントだけでなく、未婚の令嬢も多く参加するという。
その理由は、ラスター王家の王太子アルフレートにある。
二十日ほど前、王家主催の夜会が開かれることが、大々的に発表された。
名目上は『国王夫妻の結婚記念日と、十一歳になる第三王子の誕生日を祝うため』であったが、本当は『王太子の婚約者選び』なのでは、とみな噂しているらしい。
噂の発端は、その夜会の開催が決まる少し前、王太子が幼い頃からの婚約者と婚約の解消をしたからだ。
ヘンゲル公爵家の一人娘ナディアは、王太子の婚約者という立場でありながら、貴族男性と恋仲になった。
話し合いの末、王太子が身を引くかたちで、婚約は解消された。
ディータとの婚約が破棄される前。
夜会に参加したときに、リーゼは二度ほどナディアを見かけたことがあった。
金色の髪に緑色の瞳。ラウラと同じ髪と目の色をしているものの、印象は正反対。ラウラが儚げで可憐なら、ナディアは華やかで蠱惑的だった。
対するアルフレート王太子はというと――残念ながら、リーゼは自国の王太子の顔を知らなかった。
王太子は病がちな父王の代わりを、十代半ばの頃から務めていた。そのため外交や視察で王都を離れることが多いらしく、夜会に参加することは滅多になかった。
リーゼがナディアを見かけた時も、エスコートしていたのは王太子ではなく、彼女の兄であった。
建国時とは違い、今のバッヘム家は王家との関りが全くなく、式典など王族が出席する行事に呼ばれない。
真面目で優秀で美形。というのは耳にしたことがあったが、リーゼが王太子について知っているのはそれくらいだ。
(自国の王太子を悪く言う人はいないわよね……)
王太子という立場にありながら、幼い頃からの婚約者に心変わりされるくらいだ。
何らかの、大きな欠点があるのかもしれない。
自分が過去に婚約破棄されたのを棚に上げ……いや、似た立場に違いないと決めつけ、リーゼは会ったことのない王太子の姿を想像する。
(公爵令嬢、すごく美人だったから……冴えない王太子殿下に嫌気が差したのかも)
そしてそれを察して、王太子も大人しく身を引いたのだ。
なんて健気で可哀想なのだろう。
リーゼは王太子に自身を重ね合わせ、同情した。
(でも……ラウラは外見を気にしない子だから……ラウラを選んでくれたら、素敵な夫婦になるはず)
落ちぶれたといえども、一応は由緒ある家柄だ。
新たな婚約者として選ばれる可能性も……少しはあるはず。
ラウラは頭もよいし真面目だ。厳しい王太子妃教育だって、きっと乗り越えられる。
「もしかして、お姉様。ちまたで騒ぎになっている王太子殿下の婚約者探しのこと言ってるの?」
妄想を膨らませていたリーゼを、ラウラが呆れたように見る。
「昔に比べれば落ちぶれてはいるけれど……それでもうちは建国時から続いている由緒ある伯爵家よ。王太子妃だって夢ではないわ」
「あれって、実はもう新しい婚約者が決まっていて、発表するための夜会だって噂もあるのよ」
「え。そうなの?」
だとしたら残念だ。
「……まあ本当のところはわからないし。少しでも可能性があるならって、婚約者の座を狙ってるご令嬢も多いらしいけれど」
「ラウラも狙えばいいのに。どのデビュタントよりも、あなたが一番綺麗よ」
大輪の薔薇のようだと賞賛されていたナディアよりも……リーゼは妹の方が美しいと思っていた。
「……お姉様は、わたしが殿下の婚約者に選ばれたら、嬉しい?」
ラウラは僅かに目を伏せ、訊ねてくる。
妹が王族の仲間入りをし、王太子妃に。そしていずれは王妃になる。
没落間近のバッヘム家も、かつての栄光を取り戻す。まるで夢物語だ。
けれど――。
「あなたが本当に好きな人と婚約して、結婚することが、私にとって一番嬉しいことよ。もし王太子殿下がラウラに相応しい人でなければ、不敬だって叱られても、反対するわ」
リーゼにとって何より大事なのは、妹の幸せだ。
ラウラの幸せと引き換えにできるものなどありはしない。
「……お姉様……わたし……」
ラウラは迷うように視線を揺らしながら、リーゼを見つめてくる。
言葉を続けようとして――口を噤んだ。
「どうしたの?」
「なんでもない。……わたしも一緒。お姉様の幸せが、わたしにとって一番、嬉しいことなの」
ラウラはそう言って、優しく笑んだ