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2年後

(でもまあ……ゴミ屑令嬢でなかっただけ……マシな気もするわ)


 二年前の婚約破棄事件のことを思い返し、リーゼはしみじみと思う。

 ゴミ屑よりは、ポイ捨ての方が可愛らしく感じる。言葉の響き的に。


 あれから、泥だらけになったリーゼは、お茶会には参加せず屋敷に帰った。

 侍女頭――といっても、侍女は父の乳母でもあった六十代の女性ひとりなのだが――のマーサが青ざめた顔でリーゼを迎え、妹のラウラが涙目で『何があったの?』と訊ねてきた。

 もちろん、正直に答えることはできなかったけれど。


 その後のことは、父と雇った立会人に任せた。

 そして話し合いの結果、ディータの母親が息巻いていたこともあって、メルクル家側からの一方的な婚約破棄というかたちになった。

 世間的には解消よりも破棄の方が、より醜聞になる。

 リーゼの評判は落ちた。しかし『一方的な破棄』になったことにより、メルクル家から迷惑料をもらえ、借金も消えた。立会人の交渉のおかげである。

 


 最初の頃は、状況的に見て、リーゼに非はないと庇ってくれる人もいた。

 しかし、王都ロゼにはメルクル家の事業の関係者や、お金を借りている貴族が多数いて、次第にディータに味方する人が増えていった。


 そして……ポイ捨て令嬢と揶揄されるようになったリーゼから、かつて親交のあった令嬢達は離れていった。

 そんな誰ひとり味方のいない状況の中、好奇の目に晒されながら、堂々としていられるほどリーゼは強くはない。

 もともと苦手だった社交界からは足が遠のき、婚約破棄事件から、リーゼは屋敷に引き籠もりがちになっていた。

 

 あれから二年経っていたが、父曰くリーゼは未だに『ポイ捨て令嬢』と呼ばれているらしい。

 特にディータは、未だにリーゼのことを、そう呼んで嘲っているという。

 婚約の破棄を彼の父や祖父に相談せずに決めたことにより、ディータはかなり叱られたというので、もしかしたらリーゼを逆恨みしているのかもしれない。


 なんにせよ、リーゼ自身が社交界に戻ることは難しい。

 社交界にもディータにも、リーゼは未練などなかったけれど……妹のラウラは今年、十五歳だ。

 妹には貴族令嬢らしく社交界に溶け込んで、できるならば彼女に相応しい相手と、巡り会って欲しかった。


  ***


 引き籠もっているといっても、何もせず部屋にじっとしているわけではない。

 リーゼの一日はわりと忙しかった。

 バッヘム家の使用人は、家令と侍女のマーサしかいないので、家事はリーゼも受けもっていた。

 午前中に家の細々したことをすませると、午後からは父が持ち帰った文献の整理や、写し、必要であれば翻訳もした。


 ラウラは午前中は、寄り合い教室に通っている。リーゼも十六になるまで、通っていた教室である。

 王都では男子は王立学院に通い、女子は家庭教師を自宅に招くことが多い。しかし、教師を専属で雇うには、費用がかかった。そのため、いくつかの家がお金を出し合って、学ぶ場を共有していた。

 学ぶ時間や、規模は様々だが、それらを呼称して『寄り合い教室』という。

 メルクル家のような裕福な貴族は利用はしないだろうが――年頃の友人もできることから、利用している貴族令嬢も多かった。


 あの事件の後、ラウラもまた、『姉の婚約者に色目を使った令嬢』との噂が少しだけ流れた。

 しかし――ディータが噂を最小限にとどめようとしたのか、単に『ポイ捨て令嬢』のほうが語呂よかったのか、妹の悪い噂はリーゼほどには広まってはいない。

 案じていたのだが、寄り合い教室でも他の令嬢達と上手くやっているようだった。


 それもあってか、父の心配はラウラよりも、そろそろ結婚相手を見つけないと崖っぷちになってくるリーゼに向かっていた。

 何度も職場の同僚を紹介してこようとするのだが、どうしてもその気にならなくて断っている。


 少しでもよい階級の男性と結婚することが、家のためになるのは理解している。けれどディータのことを思うと、二の足を踏んでしまう。

 もとから不仲であったのならともかく、それなりに婚約者として親しくしていたというのに、あの仕打ちだ。

 それだけではない。

 婚約破棄後、今まで親しくしていた人達が、まるで波が引くような勢いで離れていった。

 彼らにとって、自分は簡単に……それこそポイッと軽くゴミのように捨てられるほど、価値のない。どうでもよい人間だったのか。そう思うと、ひどく空しい。

 リーゼは若干、人間不信に陥っていた。


 父もあの事件で傷ついたと思っているのか勧めはしても、しつこくはなかった。


 将来は、ラウラが婿を迎えてくれたなら、家を出ることも考えていた。

 一応教養だけはあるので家庭教師か、父のコネで王立図書館で働かせてもらうか。独り立ちするのも悪くはない。


 だからその時も。

 夕方帰宅した父が満面の笑顔で『よい人がいる』と言ってきたが、リーゼはいつものことと、詳しい話を聞く前に、どう断るか考えていた。


「実はね、向こうから。ぜひ君と婚姻したいと、言ってきたんだ」

「……そう。どんなお方?」


 貧乏だけれど、由緒あるバッヘム家だ。醜聞に目を瞑っても、得られるものがあると判断したのだろう。

 けれどそれが、こちらの利益になるかはわからない。


(そのあたりの不安を訴えて、断ればいいかしら……)


「子爵家の次男坊でね。うちの婿になってくれるらしい」


(ああ……そういうことね)


 父の言葉にリーゼ相手側の事情を把握する。

 次男だと家を継げない。リーゼと結婚することでついてくる『伯爵位』目当てなのだろう。

 よくあることだ。

 ただ、今までも似たような申し入れはあったが、断ってきた。

 なのに、なぜか父が乗り気なのが不思議であった。

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