表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/25

ポイ捨て令嬢になるまで3

 リーゼは夕方になり帰宅した父と、再び相談する。

 ラウラとの婚約は、当然、断ることとなった。

 借金の件は、向こうの出方にもよるが、もしものときは家財を売って返すことにする。

『いざとなれば、借金をした原因の古文書を売り払えばいいんだし』

 とリーゼが言うと、そうだね、と父は絶望に満ちた悲しい顔をして呟いた。

 可哀想だが、仕方がないので諦めて欲しい。



 ちょうど明日、二人が懇意にしている子爵家で、お茶会が予定されていた。

 ディータもひとつ年下の妹と一緒に出席する予定だった。

 そこでラウラのことを話しておき、後から正式に婚約の解消をすればよいだろう。


(この場合も、向こうの事情、になるのよね……もしかして、うちのせいになるのかしら)


 明日の準備をしながら、ふと考え、不安になった。

 そして――リーゼの()()()()ところが、ディータは嫌だったのだろう、と思う。

 

(理性的で。上から目線で窘めてばかり……素っ気ない……だったかしら)


 あとは、ラウラの手紙に書いてあっただろう『悪口』だけれど、そちらは読んでいないので知らない。


 婚約の解消を告げられたとき、呆然として涙を零し、ディータに縋り付いていたのなら。そんな性格ならば、妹に心が移ろったりは、しなかったのかもしれない。


 ディータと婚約をしてからの四年間のことを思い出す。

 短絡的なところもあったけれど、優しいところもあった。

 彼の母や妹が、リーゼに対し失礼な態度を取ると、俺のリーゼを悪く言うな、と庇ってくれたりもした。


(誕生日には、毎年、プレゼントと一緒に、赤い薔薇の花束をくれていた……)


 リーゼの髪の色をした赤い薔薇を……と思っていたのだけれど、ラウラにも同じものを用意していた。ディータにとって花といえば赤い薔薇で、特に深い意味はなかったのだろう。


 思い返していると、このままディータと別れてしまってよいのか、と迷いが生じてくる。

 やり直せないだろうか、ディータに頼んでみようかと思うけれど……仮にやり直せたところで、うまくはいかない気がした。

 ――自分、そしてバッヘム家にとって、よい縁組みだから、失うのが惜しい。

 そういう打算的な気持ちを抱いてしまうリーゼのことが、ディータは嫌なのだろうから。


   ***


「ディータ、少しいいかしら」


 子爵家に到着し、先に子爵令嬢に挨拶をすませていたリーゼは、門からディータが入ってくるのを見つけ、声をかけた。

 隣には彼の妹であるコリンナの姿があった。

 長い茶色の髪を綺麗に巻き、大きな青いリボンをつけている。

 なぜか曇り空だというのに、レースがふんだんにあしらわれた日傘を手にしていた。


「なあに? お兄様に何かご用~? あなたってもう他人なのでしょう?」


 コリンナが首を傾げ、ゆったりと笑んで言う。

 二重で大きな瞳が印象的な可愛らしい顔をしているが、ラウラの方が可愛らしいし美しい。


「いや、他人になるわけではない。義姉になるんだ」

「ああ、そうだったわ……残念~。親戚になるのは変わりないのねぇ」


 兄妹が見つめ合い、微笑み合っている。しかし残念ながら義姉にも親戚にもならない。


「そのことで……話したいことがあるの。ディータいいかしら」

「仕方ないな。わかった。コリンナ、先に行っていてくれ」


 コリンナはリーゼを一瞥すると、つんと顎を上げて、お茶会の用意をしている庭の方へ歩いて行く。


「ラウラに話してくれたのか?」


 コリンナの姿が見えなくなると、ディータが嬉しげに訊いてくる。


「……ええ」

「婚約のお祝いに、今度、贈り物をしよう。何がいいか訊ねないとな。お茶会の後に、君の家に行く」


 ディータは断られるとは微塵も思っていないようだった。


「ディータ。申し訳ないのだけれど、ラウラとの婚約は無理よ」

「は?……なぜだ」

「……あの子、実は……父がすでに婚約者を決めていたらしいの」


 嘘である。

 姉の悪口を言う人など嫌。というラウラの言葉を正直に伝えるわけにはいかない。今朝、穏便に断る理由を、父と二人で考えた。


「一体誰だ。その婚約者というのはっ」

「まだ正式ではなくて、内々で決めていることだから。相手もあることだし、言えないの。……ラウラのことを想っているなら、身を引いてあげて」


 顔を険しくさせ怒っているディータを、リーゼは宥める。

 しかしディータは納得できないようだった。


「君がその相手と婚約すればいいじゃないか」


 ディータが忌々しそうにリーゼを見下ろして言う。


「……は」


 リーゼは、馬鹿じゃないの、と喉元まで出てきた言葉を呑み込んだ。


「そんな勝手なこと、許されるわけないでしょう」

「うちより金持ちってことはないだろう? ならば、より待遇のよい家に、求める相手を差し出すべきだ。なんで俺が貧乏くじをひかされる」


 貧乏くじ扱いされたことよりも、求める相手を差し出せ、という彼の傲慢な言葉にリーゼは腹が立つ。


「ディータ。ラウラはモノではないのよ。お金と引き換えに差し出したりなどしないわ」

「君の家が落ちぶれ伯爵家なのは、みなが知っていることだろう? 金目当ての婚約じゃないか」


 リーゼの古めかしいドレスを蔑むように見て、ディータがせせら笑う。


 四年間、婚約者だった。

 いずれ夫になる人だと信頼していたのに――心の中では、彼の母や妹のように、リーゼのことを見下げていたのだ。


「いくら落ちぶれていても矜持はあります。妹をあなたのような人に差し出すことなどできないわ。婚約解消の具体的な話し合いは、後日、立会人を交えて、父とあなたのご両親ですることにしましょう」


 これ以上、ディータと話していても不快になるだけだ。あとは大人達に任せる。

 痛い出費になるけれど、父だけでは頼りないので、しっかりした立会人を同席させねばならない。

 今後の予定を考えながら、立ち去ろうとすると腕を引っ張られた。


「ディータ。放して」

「……そうか。君は嫉妬しているんだな」

「……は?」

「妹に俺を取られそうになり、嫉妬して、俺とラウラの邪魔か。素っ気ないフリをして、俺の気を引こうとして……そんなに俺のことが好きなのか?」


 短絡的な人だとは思っていた。けれど、ただの馬鹿だったのかもしれない。


「放して」


 振り払おうとすると、よりキツく腕を掴まれる。


「いいことを思いついた。そうだ! ラウラが結婚できる年齢になるまで、君と婚約を続けてあげよう。それならばいいだろう?」


 ラウラが十六歳になれば、婚約を解消をされ、捨てられるのか。

 それの何がいいことなのか、リーゼにはさっぱり理解できない。


「ディータ。申し訳ないのだけれど、ラウラだけでなく、私も、あなたと婚約を続けるつもりはないの」

「なんだと……俺との婚約を解消したいというのかっ」


 目前で、唾を飛ばす勢いで叫ばれて、リーゼは眉を顰め、顔を背けた。


「先に婚約の解消を望んだのはあなたの方でしょう」

「ラウラと婚約をしたかったんだっ!」

「でも、ラウラは無理なの。聞き分けてちょうだい。ほら、話はこれでおしまい。だから放して」

「っ! 子どもに言い聞かせるように言うなっ!」


 リーゼの窘める言葉が気に障ったのだろう。

 真っ赤な顔をしたディータは怒鳴り、掴んでいたリーゼの腕を、押しやるように放した。


「……っ」


 反動で後ろへとよろけたリーゼは、どすん、と地面に尻餅をつく。

 早朝まで雨が降っていたせいで、庭はぬかるんでいた。

 泥の水たまりができていた場所に、運悪く転んでしまい、リーゼの古めかしい浅黄色のドレスが、茶色に染まった。


 ディータが大声をあげたせいだろう。

 子爵家の庭で夜会の準備をしていた令嬢やエスコート役の紳士たちが、興味津々の顔をしながら、こちらに歩み寄って来ていた。


(……こんな場所ではなく、最初から、父や立会人をまじえて、話すべきだった……)


 ラウラに真摯な想いを抱いているなら、両親から言われるよりも、リーゼの口から伝えた方が、ディータも傷つかないのではなかろうか。

 四年間、婚約者だった。

 知らない仲でもないのだ。納得してくれるだろう。

 気楽に考えていた自分を激しく後悔するが、もう遅い。


「君のような、貧乏令嬢の意地汚いゴミ屑女! こちらから終わりにしてやる! 婚約は破棄だ!」


 曇り空の中、ディータの荒れた声が響いた。


 そして――その、ほんの少し前。

 ディータの妹、口が空気より軽いコリンナが、令嬢達と挨拶を交わすよりも先に、みなに面白おかしく、

「いっつも安物のドレスばかり着てる、ダサい赤毛女。あの女、妹に婚約者を取られたのよ~。 そうそう、お兄様に捨てられたの~ポイってね! かわいそう~」

 と、リーゼのことを言いふらしていた――。



 その場に居合わせた貴族達は、お茶会での出来事を、面白おかしく、みなに言い広めた。


 ディータの『貧乏令嬢の意地汚いゴミ屑女』と、婚約破棄宣言。

 コリンナが、ポイッと捨てられたと吹聴したこと。

 建国時から続く、由緒ある伯爵家の令嬢のはずなのに、リーゼの姿が泥水たまりに尻餅をつき、悲惨な状態だったこと。


 噂は瞬く間に、醜聞とて社交界に広がった。

 そして、リーゼは『ポイ捨て令嬢』という、おかしな名で呼ばれるようになったのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ