ラウラ1
※短めのプロローグを割り込み投稿しております。
いずれ本編でも書くシーンですので、読まなくても特に問題はありません。
幼い頃に母を亡くしたけれど、寂しいと思ったことはない。
それは、姉であるリーゼのおかげだとラウラは思う。
リーゼが自国の王太子アルフレートと婚約をして半年が過ぎていた。
王太子の婚約者になったのだ。花嫁修業やら、国の行事の参加やらで忙しくなるのだろうとラウラは心配をしていたけれど、リーゼは前とほとんど変わらない生活を送っている。
今まで出なかった、社交界の場に出るようになったくらいだ。
時折、王太子から手紙やら贈り物が届くが、姉の装いが派手になることはない。
恋にのぼせ、浮かれた様子もなかった。
昇進し給料が上がった父のほうが、ずっと嬉しそうだし幸せそうだ。
「もっと……楽しげにしていてもよいのに」
一国の王太子の婚約者なのだ。
周りは、格上の男を射止めた姉を羨ましがっているというのに。
姉は今までどおり、父の仕事の手伝いをし、家事を手伝っている。
煌びやかさや派手さとは無縁なリーゼの姿に、ラウラはもどかしいような気持ちになっていた。
「お姉さんは、そういう性格ではないだろう」
ラウラの溜め息交じりの呟きを耳にとめ、ダミアンが言った。
そういう性格――。
彼に姉の何がわかるというのか。
自分のほうがさも知っている風に言われ苛立つが、確かに彼の言うとおり、恋愛にかまけるのは姉らしくない。
あの最低のクソ男と婚約していたときも、姉の浮かれた姿をラウラは見たことがなかった。
それにラウラだって別に、優越感に浸り高慢になった姉が見たいわけではないのだ。
ただ……今まで馬鹿にされていたぶん、見返してやりたい。そんな気持ちにはなる。
「そんなことより、今度の婚約発表のことだけれど」
そんなことより。
ラウラにとってリーゼのことは『そんなこと』ではない。
文句を言おうと思うが、ダミアンは幸せそのものなニコニコ笑顔を浮かべていた。
怒って空気を悪くするのも、気が引ける。
ダミアンは実直な性格ではあるのだが、気が弱く流されやすい。そして人の気持ちがわからないというか、気づかいができないところがあった。
ラウラが何度も注意しているので本人も気をつけているようなのだが、性分なのか難しいようだ。
「王太子殿下も来るらしいが……あの人、前にすると、すごく緊張する……。……ラウラ。君は本当に俺でいいのか?」
「……何が?」
「俺と婚約をして本当にいいのか? 殿下のほうがいいんじゃないのか?」
「……あの方は、お姉様の婚約者よ」
「だが殿下だって、君が望めば…………す、すまない。そういうわけではないんだ」
望めば、姉から自分に心変わりすると言いたいのか。
ラウラが睨むと、流石に失言に気づき、どきまぎと視線を揺らしてダミアンは謝った。
***
ダミアンと正式に婚約が決まった十日後。
発表とお披露目を兼ねたお茶会が開かれることとなった。
お披露目といっても、大掛かりなものではない。
招待客は縁戚の者たちと、『寄り合い教室』で交流のある令嬢たちだけだった。
しかし、いくらこぢんまりとしたお茶会であっても、料理人や配膳する使用人が必要だ。
バッヘム家の使用人だけでは人手が足りないし、お金もかかる。
本来なら『婿取り』するバッヘム家が主催すべきなのだが、話し合いの結果、会場はハイトマン家の屋敷に行われることとなった。
少々、恥ずかしくはあるが、バッヘム家が貧乏なのは周知の事実だ。見栄を張っても仕方がない。
なので渋い顔をする姉を説得し、ドレスは貸衣装屋で調達した。
結婚式ならともかく、お披露目とはいえお茶会だ。そうお金をかける必要はない。
貸衣装だと侮られるかもしれないが、堂々としていれば面と向かって嘲る者はいないだろう。
そんなことを思いながら、気合いを入れていたのだけれど――。
「そのドレス、どこで借りられたの?」
「私も次はそちらをお借りしようかしら」
などという会話が聞こえてくる。
会場の令嬢たちの多くが貸衣装屋のドレスを纏っていて、何ら隠す様子もなく、情報を交換しているらしかった。
貸衣装屋でドレスを借りるのが流行しているのは知ってはいたが、想像以上である。
ラウラはホッとしつつも、少々拍子抜けしたような気持ちになった。
二人で招待客にひと通り挨拶して回ったあと、ダミアンは彼の友人たちの元へ、ラウラは親しくしている令嬢たちの輪に加わった。
みな口々に「おめでとう」と、祝福してくれた。しかしどこか、複雑そうな表情を浮かべている。
本来ならダミアンは姉と結婚するはずだった。
しかし王太子であるアルフレートに姉が見初められ、妹であるラウラがダミアンと結婚し、家を継がなければいけなくなった。
端から見れば、姉の婚約者を押しつけられたのも同然だ。喜んでよいものかわからないのだろう。
姉の件はともかく、ラウラの事情はみなが思っている話とは異なる。
けれどそれを説明するわけにもいかないので「ダミアンは真面目だし、とても優しいし、私のことを大事にしてくれるの」などと、今現在、幸せであることを主張しておく。
「そうね、確かに真面目で優しそう」
「いい人そうよね」
「ラウラが幸せなのが一番よ」
心から同意してくれているかはわからないけれど……そう言って微笑んでくれた。
そのとき、にわかに入り口付近が騒がしくなる。
そちらを見ると、王太子――姉の婚約者であるアルフレートが到着して、みなに迎えられていたところであった。
リーゼが父とともにアルフレートの元へ足を進めている姿も見えた。
「本当……麗しいわ。少しでもよいからお話しできないかしら」
「いつ見ても、素敵ねえ……ラウラのお姉さんが羨ましいわ」
「でもあのような方が婚約者だと……緊張して何も喋られなくなるわ」
うっとりとアルフレートを見つめている彼女たちとはうらはらに、ラウラは冷えた視線を向ける。
(確かに見かけはすこぶる良いけれど……うさんくさいわ)
以前リーゼの婚約者だったディータ。彼も見かけは王太子ほどではなかったが、美形だった。
人当たりもよく、明るく優しげに見えたし、姉とも仲良くしているように見えた。
けれど実際は、クソでクズな男であった。
きっと姉を幸せにしてくれるだろうと思っていただけに、あの男の裏切りが腹立たしかった。
姉ではなく、自分を好きになったと言われても、ただただ不愉快なだけであった。
――殿下だって、君が望めば……。
ふと先日言っていたダミアンの言葉が頭を過り、眉を顰めていると、姉がキョロキョロと辺りを見回し、ラウラを見つけ笑顔になった。
アルフレートに挨拶しに来いという合図なのだろう、手招きしている。
ラウラは令嬢たちに「ゆっくりしていらしてね」と言い残し、姉たちのほうへと足を進めた。