話し合うこと
「気をつけるように言われていたのに……本当、申し訳ありません」
帰りの馬車の中で、リーゼはアルフレートに平謝りしていた。
「前回の夜会の後から疑っていたみたいだから。いずれ知られていたと思うし、謝らないでください」
リーゼがアルフレートの贈ったドレスを着なかった。そのときから、すでに怪しんでいたらしい。
「どちらにしろ、私のせいです……」
「この先、ローレンツの手を借りることもあるだろうし、知られたことは結果的に良かったかもしれません。ディータさんでしたか。彼のことも気になりますし」
ローレンツから今夜の一件を聞くだろうが、リーゼは自分の口からも説明をしておきたくて、ディータのことも包み隠さず、アルフレートに話した。
「ナディアが彼のことを話していたし……二人が夜会にいて僕たちに接触してきたのも、偶然ではなく、おそらく共謀していたのでしょう」
ディータのことを話すと、アルフレートもまたナディアと会ったことをリーゼに話してくれた。
「僕と偽装婚約したせいかもしれません……僕のほうが謝らなくては」
「いえ。ディータは、殿下と偽装婚約する前に、よりを戻さないか言ってきていたんで……」
「なら、お互いに目的が一致したから、協力し合うことにしたのかな。……リーゼ、一応、聞いておきますが、彼とやり直すつもりはないのですか?」
リーゼは首をふる。
ディータと再び婚約するくらいなら、一生独り身でよい。
「本音を言うと、かかわりたくないです。殿下のほうは……ナディア様は殿下とやり直したいのではありませんか?」
「ナディアとは幼い頃から婚約していたので、情がないわけではありません。けれど、本音を言うと、僕ももうかかわりたくないです」
どこか疲れたようにアルフレートは言う。
よくよく考えてみれば、正式に婚約を解消しているのだ。いち貴族ならともかく、アルフレートは王太子という立場にある。
今更、よりを戻すなどできるはずもないだろう。
「ナディアのことは、彼女の父親に相談してみようと思います。ディータさんのことは、王家から彼の家に、忠告をしておきましょうか」
「いえ。先にうちのほうから、彼の家に抗議をしておきます」
一応は伯爵家なのだ。父もそれくらいは、やってくれるはずだ。
「そういえば……メルクル家は事業のほうが芳しくないという噂を耳にしています。もしかしたら、それも何かしらの原因なのかもしれません。何か問題があれば、いつでも言ってきてください。僕が不在で連絡が取れないときは、ローレンツに。……性格的に少々問題はありますが頼りにはなります。今から考えれば……僕が最初に彼に打ち明けておくべきでした。あなたを気に病ませてしまった」
「いえ、殿下がよいのなら、それで」
アルフレートは十日後、隣国へ行くらしい。
ひと月ほど戻らないと聞く。
彼がいない間は、社交界に出る必要はないので、しばらくはゆっくりできるだろう。
そんな話をしているうちに、バッヘム家に到着した。
「殿下。……ドレス、ありがとうございました」
「とても似合っています。それから、今夜付き合ってくださり、僕のほうこそ、ありがとうございました」
改めてリーゼが礼を言うと、朗らかに笑んで、彼も礼を返してくる。
そして、一度そこで言葉を切り、
「誤解したり、すれ違ったりする前に、話し合えてよかったです」
と付け加えた。
ディータの言葉で、アルフレートとナディアの関係を疑ったりはしない。
そもそも偽装婚約なので、疑う資格もないし、恋愛感情もないので嫉妬もしない。
けれど信頼がなくなれば、この先、偽装婚約を続けることが重荷になるだろう。
「殿下が……先日、話し合おうと言ってくださったからです。間違ったら、反省会をしようと」
だからディータのことを、リーゼは包み隠さず話すことができたのだ。
「これからも、きちんと話し合いましょう」
「はい。殿下」
隣国へ出立する前に、貸衣装屋に一緒に行く時間を取ってくれるという。
(本当に、優しくて誠実な人だ……。なのにどうして、彼女は殿下を裏切ったのだろう)
馬車を降り、アルフレートを見送りながら、リーゼは疑問に思う。
ナディアのように美しいと、アルフレートだけでは満足できなくなるのか。
あるいは……流行の小説のように、良い人よりも、少し悪い人を好きになったりする女性心なのだろうか。
それとも――リーゼがまだ知らないだけで、アルフレートには何か大きな欠点でもあるのか。
(あれほど完璧な王子様に、欠点なんてありそうもないけれど……)
欠点だらけのリーゼからしてみれば、アルフレートは本当に完璧で、理想の王子様だった。