表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/25

反省会

 広間の隣にある休憩室の椅子に座り、リーゼはふぅと大きく息を吐いた。


「どうぞ」


 斜め前の長椅子に座っているアルフレートが、手にしていたグラスをリーゼに差し出す。


「アルコールは入ってません」

「ありがとうございます」


 リーゼは彼からグラスを受け取った。


「少し無理があるかなとも思ったのですが、上手くいってよかった」

「……上手くいきましたか?」

「ええ。たぶん。我が国は他国ほど女性の地位は低くありませんが、夫や婚約者の言葉には従うべき、という考えを持つ男性も少なくありません。そのことに対し、不満を抱いている女性が少なからずいると耳にしたので……きっとああ言えば、あなたに同調する声が上がるだろうと思いました」


 アルフレートは朗らかに言って、微笑む。

 確かにその点は、上手くいったのだろう。けれど。


「ですが、アルフレート殿下のセンスが悪いということに……」


 彼のおかげでリーゼの評価は上がったかもしれない。しかしアルフレートの評価は下がった。


「女性に理解のある男性だと思われるほうが重要だと思います。それに……僕のセンスが悪いから、贈ったドレスを着ていただけなかったのでしょう?」


 リーゼは慌てて、首を振った。


「違います。貸衣装屋でこのドレスを見て、一目惚れしました。けれど、殿下の贈ってくださったドレスは、そのときの気持ちがかすむくらい……素敵でした」

「なら、どうして着て貰えなかったのでしょう……?」


 アルフレートの表情や口調には、嫌味はない。

 純粋な疑問をぶつけられ、リーゼは自分をよく見せようと取り繕うのをやめた。


「……すでにご存じかもしれませんが、バッヘム家が誇れるのは家柄だけで、父は王立図書館に勤めるしがない学者ですし……そのあまり裕福ではないのです」

「……ええ」

「初めてお目にかかったときのドレス……あれも貸衣装でした。ラウラ……妹はデビュタントだったので、新品のドレスを買わなくてはならなくて、自分のドレスにお金を回す余裕がなかったのです。……バッヘム家には家令と、侍女一人しかいません。なので私が家事や、買い出しを受け持つこともあります」

「……苦労をされているのですね」

「違うのです。苦労とかではなく……そもそも、二年前、婚約を破棄されてからは夜会に行くこともなかったですし……殿下も仰ってくれましたが、貸衣装屋といえどもこのドレスも素敵です。家事も買い出しも、やりがいはありますし、億劫だと思うことはありますが、嫌いではないのです」


 家長として頼りない父に腹が立つときもあるが、いくら立派でも威張り倒し、娘の行動を監視するような父親のほうが嫌だ。

 貧しくはあったけれど、家令や侍女との距離が近く、家の中はのんびりとしていて、穏やかだった。

 けれど、それでも――。


「殿下……私は、殿下からドレスを贈られて……卑屈な気持ちになってしまいました」

「……卑屈?」

「貧乏伯爵令嬢だから、ドレスも用意できないと思われているのかと」

「リーゼ。僕は」

「わかっています。偽装といえども、婚約で……婚約者ならドレスを贈るのは普通のことです……。それに……私は二年前、婚約を破棄されています。先日も殿下のおかげで、騒動にならずにすみましたが、二度も男性から拒否されてしまって……」


 ダミアンがラウラにドレスを贈ってきたこと。

 二年前、てっきり自分への贈り物だと思っていた深紅の薔薇の花束が、ラウラへの贈り物だったこと。

 気にしていないつもりだったけれど、心の底には残っていて、『どうせ自分には』と思ってしまった。


「いじけていたんです。いじけていて……殿下の婚約者を演じるということがどういうことか、わかっているつもりだったのに、自分の感情を優先してしまいました」


 一国の王太子の婚約者を演じるのだ。

 わかって引き受けたつもりだったけれど、全然わかっていなかった。

 軽はずみな行動や、みっともない格好をすれば、アルフレートの恥になってしまうというのに。


「殿下。本当に、申し訳ありませんでした」


 グラスをテーブルに置き、リーゼは深々と頭を下げた。


「やめてください。リーゼ。今回のことは、僕にも責任があります。僕たちはまだ出会ったばかりで、お互いのことを何も知らない。だというのに、ドレスを贈れば、それですむと思っていた。もっときちんとあなたの気持ちを聞くべきでしたし、僕の思いを伝えるべきでした」


 アルフレートはそう言うと、はっとしたように瞬いた。


「きっと……もっと……話し合うべきだったのです」


 呟くように言った言葉は、リーゼではなく、別の誰かに向けているかのようだった。

 どこか物憂げな表情を浮かべる彼を見つめていると、視線に気づきアルフレートは穏やかな笑みを浮かべた。


「本音を言うと……今夜は婚約のお披露目でもありましたし、僕の婚約者に相応しい装いをして欲しい……そう思いドレスを贈ったのは事実です。バッヘム伯爵家の内情を詳しくは知らなかったけれど、偽装婚約であなたや、あなたの家に負担をかけたくなかったという気持ちもありました。けれど、それはあなたを哀れんだわけではなく」

「わかっています」


 リーゼが卑屈に受け止めていただけの話だ。


「僕の婚約者を演じることが嫌になったら言ってください。無理強いはしません」

「殿下こそ……私でよいのですか? また失敗をしてしまうかもしれません」

「失敗をしないよう、今度からはきちんと話し合いましょう。それで、もしまた間違ったら……今日のように反省会をしましょう」

「……はい」


(殿下の婚約者を演じると決めたのだ。もう次は、間違えない)


 リーゼは噛みしめるような思いで返事をした。


「もう少し、休憩したら戻りましょう。……あのドレス、あなたの好みじゃなかったのかと思っていたので、ほっとしました」

「色合いもですけど、刺繍に品があって。とても素敵でした」

「次の夜会では着て貰えますか?」

「着ても……いいのでしょうか」


 一度、着るのを断ったのに。

 本当はもっとあのドレスを着るに相応しい女性がいるのでは――と、相変わらず、卑屈なことを思ってしまった。


「当然です。あなたに似合うだろうと思って、選んだドレスですから」


 にっこりと、アルフレートが微笑んで言う。


 その笑みに、いじけた気持ちは消えた。

 代わりに、ふわりと体が上昇するような……なんだかすごく恥ずかしい気持ちになった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
[一言] あああああ…、いいっ!! 本当にいいっ!!! 御鹿様の書かれるヒーローとヒロインの真摯さ! たまらない…っ!! ひたひたと、まるで染み入るように優しさが伝わってきます…!! できる…
[良い点] アルフレートがイケメン過ぎて… ほんと続き楽しみにしてます!
[一言] やっぱりきちんと話し合わなきゃね!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ