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婚約発表の夜会1

 嫉妬、そして好奇だろうか。あるいは品定めか。

 明らかに好意的とは思えない視線は、気のせいではないだろう。

 覚悟をしていたとはいえ、じわりと背中から首にかけて冷たいものが走る。

 そのくせ、衆目を浴びているせいで、顔が熱い。


 今夜は化粧を濃いめにしているので、顔色は遠目からではわからないはずだ。

 じわじわと噴き出してくる汗で、化粧が落ちないか心配だったけれど。


 ――堂々としていてください。


 アルフレートに言われた通り、リーゼは顔を上げ、若干引きつらせながらも、笑みをつくっていた。


「はじめまして。リーゼ嬢。ローレンツ・クリュガーです」


 大広間に入って、始めに声をかけてきたのは、背の高い美形の男性だった。

 会うのは初めてではない。リーゼを『痴女』呼ばわりした、アルフレートの叔父でもある公爵だ。

 人前だからか、失礼な態度はなく、丁寧に礼を執っている。しかし、正直な人なのだろう。瞳の奥の探るような不信感が隠し切れていない。


「はじめまして、閣下。リーゼ・バッヘムです。どうぞよろしくお願いいたします」


 リーゼはその視線に気づかぬふりをして、礼を返した。


 ローレンツの案内で、広間の奥で談笑している国王と王妃に挨拶に行く。

 アルフレートが言っていたとおり、二人とも気さくで、にこやかに話しかけてくれた。

 十三歳と十歳のアルフレートの弟である王子たちも紹介された。

 二人ともアルフレートと面立ちのよく似た愛らしい少年だった。


 自国の王と王妃、そして王子たちが敬愛すべき人たちなのは素晴らしいことである。

 満ち足りた気分になり、そこで終わればよかったのだけれど、当然、それだけですむわけはなかった――。


 宰相をはじめとした大臣たちに挨拶をすませ、「少し休憩しましょう」とアルフレートが飲み物を取りに行ったときだった。


「いったい、どんな卑怯な真似をしたのかしらねえ~」


 聞き覚えのある声がした。

 

 アルフレートがリーゼから離れる機会を窺っていたのだろうか。

 コリンナが笑みをにんまり浮かべて近づいてくる。

 彼女は鮮やかな紅色のドレスを纏っていた。

 この前の夜会の時は深紅で、今は紅色。前は確かリボンの飾りがついていたが、今夜のドレスには小さなビーズがいくつもついている。

 全く違うドレスなのだけれど……どこかで見かけた気がした。


(どこで見かけたのだろう……)


 どうでもよいけれど、なぜかとても気になる。

 じっとドレスを見つめていると、コリンナが体が触れ合うほど近くまで寄って来た。


「庭で王太子殿下を襲っていたらしいじゃない? 本当、貧乏令嬢はやることが浅ましいわぁ~」


 耳元で囁くように言う。

 甘ったるい香水の匂いがして、リーゼは顔を顰めた。


 コリンナの背後には、六人ほどの令嬢がいる。

 取り巻きだろうか。見たことのある顔もあったが、全く知らない令嬢もいた。


「どうやって、殿下に取り入ったのですか」


 その中の一人が、リーゼに名乗りもせず、不躾な言葉をぶつけてくる。

 年齢はラウラと同じくらいだろうか。

 よほど胸に自信があるのだろう。胸元を強調するドレスを着ていた。

 目を瞠るほどの美人ではなかったが、愛らしい顔立ちをしている。

 

「あなたのような方は、殿下に相応しいと思えません」


 初対面の令嬢に、真っ向から悪意を向けられ、リーゼは怯む。

 それにリーゼとてアルフレートに相応しいとは、微塵も思っていないので、どう反論してよいのかもわからない。


「何とか言ったらどうですか」


 黙って小柄な令嬢を見下ろしていると、さらに怒らせたらしく、令嬢は顔を赤くさせる。


「彼女ぉ~、アルフレート殿下の婚約者候補だったらしいわぁ~。なのに、候補でもなんでもない、あなたなんかが急に婚約者になったって聞いて、よほど素晴らしいご令嬢かと思ったら、ふふ……思っていたのと違って、許せないんですって」


 コリンナが丁寧に令嬢の気持ちを代弁した。


「ずっとアルフレート殿下に憧れていたのです。ナディア様と婚約を解消されたと聞いて、あの方のそばにいられる幸運を得られるかもしれないと……そう思っていたのに。どうして、あなたのような方が……」


 アルフレートがリーゼを偽装婚約の相手に選んだのは、自分が婚約者の座を狙っていなかったからである。

 それを言うわけにもいかない。


 腹立ちから、失恋の悲しみに変わったのか。

 涙を浮かべ始めた令嬢を前に、リーゼは顔をひきつらせた。


「そう悲しまなくとも大丈夫よ~、どうせ、またポイって捨てられるに違いないわぁ~」


 落ち込む令嬢の肩にやんわりと手をかけ、コリンナが言う。

 ずっと『ポイ捨て令嬢』と馬鹿にされてきたからだろうか。

 怒りを向けられたり、妬まれたり、悲しまれるより……馬鹿にされて、どこかホッとしてしまった。


 そんな自分に情けなさを覚えていると、コリンナはリーゼが一番触れて欲しくなかったことを指摘してきた。


「だって~。そのドレス。貸衣装でしょう? ふふ、どうして知ってるかって? そのドレスと色違いのものを貸衣装屋で見かけたのよ。貧乏令嬢だから、ドレスが買えなかったのよねえ~、というかぁ~、殿下から、仮にも婚約発表だというのにドレスを贈って貰えなかったのかしら? それくらいの扱いしか受けていない人が、婚約者って……愛されていない証拠よねぇ~」


 気づかなかったけれど、色違いのドレスがあったらしい。

 どう言い訳しようかと思っていると、コリンナはみなに聞こえるほどの大きな声で、続ける。

 

「というか、その驚いた顔。もしかして、貸衣装だと知らなかったのかしら~。殿下も、いくら婚約者が、ポイ捨て令嬢だからって、貸衣装を送りつけるなんて……罪なお方ねえ~」


 リーゼを馬鹿にすることに熱中しすぎて周りが見えていないのだろうか。

 コリンナの言葉に、周りの令嬢たちが、若干引いている。

 当たり前である。

 リーゼへの嘲笑が、自国の王太子への嘲笑へとなっているのだから。

 

 しかしコリンナの言動が不敬であるからといって、リーゼへの視線が和らぐわけでもない。

 コリンナの言葉を耳にした者たちの目が、興味津々といった感じでこちらに集まった。

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― 新着の感想 ―
[一言] リーゼの『偽装だから』って自分を戒めるための呪文みたい。 確かに偽装婚約だけど、それは本人達だけが知る事実であって、周りは知らないのに。 まして婚約発表の場で貸衣装は…。 王子じゃなく子爵・…
[一言] ま、所詮は僻みなんでほっときましょ(笑)
[一言] >どうして、あなたのような方が 偽装だし? と言うのは置いといて政略の入り込む余地が無かったのならそういう事を口にする人格が問題かと
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