届いたドレス
アルフレートとの婚約は無事、成立した。
父はともかく、アルフレート側は相手がリーゼだと知り、反対する場合もあるだろう。
心配していたのだが、特に反対の声もなかったのか、あっさりと婚約者として認められた。
ラウラとダミアンのことは――。
立ち聞きして知った事実を父に相談するつもりだったのだが、考えた末、黙っていることにした。
いろいろと文句はあったけれど、父がうっかり口にしてしまい、ラウラが傷つくのが怖かった。
そのため、アルフレートとの婚約が偽装婚約であることも、父には明かさないと決める。
この婚約が『偽装』であることが知られて困るのは、アルフレートも同じだ。
婚約を解消するまで、いや、解消してからも『偽装婚約』であったことは、秘密にし続けるだろう。
王太子と婚約すると言った時の、父の驚きと喜びを思うと、解消する時のことが少々気が重いけれど。
「ダミアンのことだけど……ラウラはどうかしら」
リーゼは二人の仲を取り持つため、アルフレートと婚約することになりそうだと報告したあと、父に提案した。
アルフレートとの婚約報告に舞い上がっている父は、ダミアンのことが頭から抜け落ちていたらしい。
リーゼの言葉でダミアンの存在を思い出し、はっとした表情になった。
「でも……君が駄目だったから、ラウラでって。彼もすぐには心変わりはできないだろう?」
「決めるのは本人たちに任せて、一応、言ってみてもいいと思うの」
「あちらには言ってみる。ラウラは……」
「私が言うわ」
ダミアンはすぐに了承するに違いない。
息子の意中の相手が本当はラウラだったと知っているハイトマン子爵家も同様だ。
しかしラウラは、あっさりと頷くだろうか。
リーゼの個人的な感情だと、ラウラにはもっと別の、家柄も容姿も、性格も、より優れた相手がいるような気がする。それこそアルフレートのような。
どちらにしろ彼女次第なのだけれど。
あっさり頷かなかったら……それはそれでよい気もした。
そんな風に思いながら、アルフレートとの婚約が正式に決まった日の午後。リーゼはラウラに、ダミアンの話をした。
「お姉様は本当に王太子殿下の婚約者になってよいの?」
アルフレートの婚約者になれば、おそらく他の紳士淑女の皆様からは、「なんであんな女が王太子殿下と!」と、酷く罵られることだろう。
いずれは王太子妃、そして王妃になるのだ。文句が出るのも仕方がない。
気が重かったけれど、全く興味のない他人に悪意を向けられることより、たった一人の妹との関係がギクシャクしてしまうほうが、リーゼにとっては問題だった。
「殿下の婚約者になれば、大変なこともたくさんあると思うわ……でも」
「もしかしてだけれど……断れば家を潰されると脅されたりしているの?」
「していないわよ」
「家のために、婚約するの……?」
「違うわよ」
『寝取られ王太子』というふたつ名を重く受け止めているのだろうか。
ラウラはリーゼが強引に婚約をされたのでは、と怪しんでいるようだった。
リーゼは自身のことを卑下はしていないが、自惚れてもいない。
権力にものを言わせ手に入れたいと、そこまで思わせるほどの魅力は自分にはないと思う。
ラウラにはいったい自分はどんな風に見えているのか。少し心配になったのだが、それ以上に――。
「本当にいいの? ダミアン……さんより、王太子殿下が結婚相手で?」
「え? ええ……」
「……お姉様が納得されているのなら……ダミアンさんとの婚約をお受けするけれど。本当にいいの? ダミアンさんでなくても」
歯切れの悪い口調と態度で、ダミアンとの婚約を受け入れたラウラは、本当にダミアンでなくてもよいのかと、しつこく確認してきた。
その時の様子から察するに、どうやらラウラの中ではアルフレートよりダミアンのほうが格上になっているようだった。
アルフレート自身のことはともかく、ダミアンは子爵家の次男だ。
見かけも優しげな面立ちではあるが、美形とは言いがたい。
ラウラのことを愛していると言っていたが、婚約相手が間違っていると気づいても、両親に言われるがままになっていた。
悪い人ではないのだろうけれど、流されやすい男性だ。
人柄がずば抜けて素晴らしいとは思えなかった。
失礼な話だったが――そこまで惜しむような、男性ではない。
たとえば、ディータのような男性なら、まだわかるのだ。
見かけはよいし、本性はアレだけれど、マメだし、話し上手だ。人当たりがよいので、彼に惚れ込む女性もいるだろう。本性を知ってからも惚れ込み続けられるかは別の話だが。
しかしダミアンは、よくも悪くも普通であった。
お世辞にも女性受けがよいようには見えないのだが、ラウラにはどうやら特別な男性に見えているようだ。
人の好みは様々だ。
リーゼの知らない良さがダミアンにはあって、そのことをラウラが知ってるということもある。
けれど少しだけ……リーゼは妹の男の趣味が心配になった。
***
アルフレートと出会ってから十日後。
婚約発表をかねた夜会が開かれることになった。
正直言って、とても出席したくない。
けれど偽装婚約を持ちかけられ、了承したときに、覚悟をしていたことだ。
(王太子の婚約者に選ばれたのは私! 堂々としていればいいのよ!)
鼓舞するように、自身に言い聞かせるが、元々の性格がある。そう上手くはいかなかった。
目下の悩みはドレスだった。
先日の夜会で、ドレスにお金をかけたばかりだ。
今月、またドレス代に支払うとなると、かなり厳しい。
父とラウラにも招待状が来ていたが、二人には留守番してもらうほかない。
父は華やかなところが嫌いで長い間、夜会からは遠ざかっている。古びた流行遅れの燕尾服しかないし、ラウラはデビュタントの時のドレスがあるが、同じものを着るなどという、みっともないことはさせたくなかった。
自分のぶんの貸衣装代だけなら、なんとかなるだろう。
そう思っていたのだが――夜会があることを聞きつけたのだろう。
エスコートの申し込みとともに、ハイトマン子爵家から、ラウラにドレスが届いた。ダミアンからの贈り物である。
ほんのちょっと。ほんの少しだけれど……自分の時にはドレスを贈ってこなかったのに、ラウラには贈るのねと、微妙な気持ちになった。
僻んでも仕方がない。
ラウラのことはこれからもダミアンに任せられるだろう。楽観的に考え、自分のことだけに集中することにした。
とりあえず、早めにドレスを決めてしまわなければならない。
リーゼは貸衣装屋に行き、安価だったが、品のよさそうなラベンダー色のドレスを選んだ――のだけれど。
「お姉様、王太子殿下からドレスが届いているわよ」
貸衣装屋から戻ってくると、ラウラが頬を上気させ言った。
「殿下から?」
「ええ! とっても素敵なドレスなの!」
クリーム色の生地に金糸と赤の刺繍が施された、見るからに高価そうなドレスだった。
「お姉様に似合うわ!」
「……やめておくわ」
はしゃいでいるラウラに悪いけれど、リーゼは首をふった。
「どうして? 気に入らないの?」
高価そうだが、フリルやレースなどの飾りは少なく、華やかというよりは淑やかといった感じのドレスだった。
リーゼが着ても、『ドレス負け』しない気がした。
リーゼとて年頃の女性だし、ドレスや装飾品を見ると心が弾む。
このドレスを着て夜会に行けたら、どれほど素敵だろうとも思う。
しかし、『偽装婚約』なのだ。
本当の婚約者でもないのに、アルフレートから贈り物をもらうのは気が引けた。
「気に入らないわけではないけれど、ドレスを借りてしまったし……今回は、これで行くわ」
「せっかく贈ってくださったのに……?」
「このドレスも素敵でしょ」
「それはそうだけど……」
ラウラはラベンダーのドレスと、クリーム色のドレスを見比べて、不満そうな顔をした。