なつ風
前書きはササッと
蝉の声。
川の音。
風が止み、シンと静まり返る畦道。
まだ幼かった頃、夏休みにはよく静岡の田舎の父親の実家に私は預けられた。
もともとあまり丈夫ではない私の身体は、都会での暮らしにはあまり適さなかったようで、それでも、両親の仕事上引っ越しをすることは出来なかった。
喘息持ちで、長時間の運動や、激しい運動は医師から停められており、友達も少なかったと思う。
つまり、夏休みの間くらいは落ち着いた環境で過ごして欲しいという事だったのだろう。
昔は、その事がとても嫌で、両親に対して抗議したこともあったが、今ではとても感謝している。あの場所での出会いは、私の人生を少しだけ、ほんの少しだけ変えた。
そう思える。
「また夏休みの間、蓮をよろしくお願いします」
車内からは、父のその一言しか聞き取れなかった。
夏休み初日の朝、都心から3時間以上かけて秦蓮を乗せた車は父親の実家に到着した。着いたのは正午を過ぎた、日の一番高い時間。
「さぁ蓮、おばあちゃんの所でいい子にしてるのよ」
「……うん」
母に促され、僕は蝉の鳴く外に出た。真夏の日差しが照りつけていたが、涼しい風が山から降りてきており、不快感はなかった。
「蓮くん、また今年もばぁちゃんと仲良くしておくれね」
「うん」
父さんと母さんは、その後何か忙しそうに車に乗りこみ、東京に戻っていった。
それを僕は、ばぁちゃんの手を握り締めながら見ていた。
「さぁ、スイカでも切ろうかね」
ばぁちゃんは目尻のシワをさらに深くして笑っている。僕は上手く笑えなかった。
後書きはススっと