もふもふとダンジョン経営者の憂鬱
名高いそのダンジョンは始まりの街のすぐ近くにあった。
風光明媚な湖の畔に入口があって、小さなダンジョン管理事務所が立っている。
僕は受付で入場料を払う。若干高額だが、僕らレベルとしては高すぎることはない。まして、刀使いの僕としては、奥に眠る「神刀幾代」が手に入るならば安いものだ。
期待に胸膨らませながら、薄暗いレンガ造りの通路を進む僕を出迎えたのは、中級モンスターのゴーレムだった。だが大した苦労もなく愛刀を片手に突破する。
狭い通路が突然開けた。
遠くでくしゃみや鼻水をすする音が聞こえた。やがて歓声や嬌声が聞こえ始める。
「最高だー」
「もう離れられない!」
僕の背中に嫌な汗が流れ始める。
用心している僕の前に姿を現したのは、大きく巨大な毛玉だった。いや、絨毯と呼ぶべきか。こんもりとした丘が毛皮のようなもので覆われている。まるでネコかウサギの背中のような。
僕はそろりと触ってみる。
手が触れた瞬間、ぞくりと、とんでもない感覚に襲われる。恐ろしく柔らかい毛が手に絡みつき、五感の全てを持っていかれるようだ。僕は意識が吹き飛び、一瞬だけ我に返った時、ただひたすらその毛に覆われた何かを撫で続けていた。
もふもふ、もふもふと……そして、僕はすべてを失った。
数年前、商人たちの間で、ダンジョンの経営が流行になった。探検家たちが発見したダンジョンを購入し、宝を配置し、罠を仕掛け、モンスターを配置し、入場料を徴収して冒険者に攻略させるのだ。
あの手この手で集客をし人気を博すダンジョンもあれば、やがて寂れるものもあった。
ある時、ひとりの男が近場にある手ごろな価格のダンジョンを購入した。
奥行きは特にないものの、広間を通らないと最深部へ辿り着けない構造が気に召したらしい。中級の強さのゴーレムを安く手に入れ初級の冒険者を排除する。何回倒れても復活するし運用コストが低いのも魅力だった。
そして、目玉は、東国から昔のツテを辿って手に入れた珍獣「大毛玉」だった。人より僅かに大きい獣だが、丹精を込めて家より大きいサイズに育て上げた。
ハムスターにも似たこの珍獣は、すべての人をそのもふもふの毛玉で魅了し、僅かな例外にも確実にアレルギー性鼻炎を発症させた。
つまり、誰も奥にはいけないし、その中毒性故に何度もチャレンジを繰り返す好循環を生み出したのだ。
すべて男の目論見通りだった。
大毛玉の食費以外は……
儲からない男は最近うなだれている。