エピソード96:事件の顛末も大詰めって所か
4月9日、月曜日。神無月翔大が再び眠ってからは事件について一切の進展が見受けられない。
櫻井からは彼が目覚めるまでは、連絡を基本しないと連絡があった。
だが、それは逆を表すと連絡が来たら来たで事件についてケリがつくという意味に繋がる。
宮城警察署の刑事課に身を置いている須藤健作は今日も今日とて暇を尽くしていた。
理由は直接の上司である本堂課長の命令に背いた事に該当する。
「テレビも新聞も、いい加減飽きてきた」
天気の良いお昼。にも関わらず洗濯物は中々乾いてくれない。須藤は後悔していた。家なんて安く済めば良いと、こんな壁の薄いボロ貸しアパートなぞ選ぶべきではなかったと。
ただ、幸いな事に自分は一番端に済んでいるので注意するのは隣だけ。
しかもそいつは深夜仕事なので、この時間は家を開けている。
という訳で音量についてはそれほど小さくしなくても問題はない。
しかし、そうなる反面夜が結構シビアなのだが。
「葉山友子。そして王寺務……こいつらがもし仮に櫻井の推測だったら、俺は何を追い掛けていたんだ?」
ふと我に返る。上司の指示に逆らってまで調査した不可解な二つの事件。
それらの黒幕は現実では立証不可解な犯罪を叩き起こしてくれた女性で。
神無月が目覚めれば答えは全て開示される。が、須藤自身求めていたそれは意味もなく果てる結末。
答えを知った所で逮捕は一生出来ない。どれだけ警察が無能でなくとも死んでしまった奴を捕まえる事は決して不可能。
事件は迷宮入りで終わる、結局それで終了するのだ。なのに意地になって事件の解明を急いだ。
後悔先立たず。今の状況に置いて、これ程型にピッタリと嵌まる物はない。
まぁ、あの時は是が非でも調べなければならないと他の職員と違ってかなり夢中になっていたのが原因の一つに繋がるのだが。
「ん? 誰からだ?」
小刻みに震えながら、リズム良くメロディーが流れるスマホ。本来ならやることなすこと何もないので、ここらで寝ようと試みたが急いで電話主を確認してみると。
「おいおい、冗談だろ」
基本連絡はしないとつい最近言っていた言い出しっぺが画面に出ているではないか!
一体どういう神経で電話を掛けてきたのか?
欠伸を押し殺して通話ボタンを押してから耳に当てると意外な事に櫻井の声のトーンが妙に慌てていた。
一体何がどうしたというのだろう?
「少しは落ち着いたらどうだ? それと基本連絡しないと言ってたのに、なんでーー」
『良いから外に出たまえ!!』
やけに上擦っているようだった。ここでは素直に指示通りに動いた方が良いと判断した須藤。
パジャマ姿ながらも適当なサンダルを履いて、外に出てみると……とんでもない光景が目に浮かぶ。
ご近所の皆さんも外に出てており、異様な光景に首を傾げている。
それもその筈、いつも昼間に浮かぶ太陽とは別に決してあってはいけない物が何食わぬ顔で照らしているのだから。
須藤は目を点にしながらも、櫻井に説明を試みる。こういう現実にはあり得ない現象であるなら、こいつに求めた方が早いと断定したからだ。
「これは何だ? 太陽とは別に緑の球体が間近にあるぞ!?」
『健もさすがに驚いたか。やっぱり……とんでもない現象と捉えたようだね』
「何故こんな現象が発生した? 原因はどこにある?」
まず普通にこうなる訳がない。余りにも現実世界では説明不能な現象が発生している事に頭を抱えるしかない須藤。
とりとめ、電話先の櫻井も同様に頭を悩ませているようで。しばらく時間をくれとの連絡を貰い受ける。
『分からない……何故、現実世界で惑星がこうも接近しているのか』
「神無月君に何かしらのアクションがあったのか。こんな不可解な現象……言いようのない何かが迫っているとしか思えない」
余りにも大袈裟に言い切れば、世界は滅びの道を歩んでいるのではないか?
須藤の不安はあの緑の惑星を見るだけで余計な考えがどんどん膨らんでいくばかりで。
犯罪を何度か力業で食い止めた須藤でさえも、これには対処のしようがない。
どうしようもなく、焦りが募っていくだけである。
『翔大君は今現在睡眠中だ。となると……』
異世界とやらの舞台で何らかのリアクションが発生した? しかも、それは悪い流れで。
「犯人を見つけたのか? 異世界を作った張本人を」
『恐らく、そのもしかしたらっていう可能性は極めて高い』
確か櫻井の推測に基づけば、神無月翔大に小さい頃から関わりを持っていたとされる神宮希が犯人であるという線に辿り着いてた。
死んだ人間が天国かよく分からない世界で神無月翔大を連れてきて、裏で散々設定とやらを操っていたと仮定すれば……相当にとんでもない悪女であるが。
真実はきちんと神無月君の口から語られる筈。こうなった以上のんびりとはしていられないが、須藤はこの一連の騒動の被害者である神無月翔大の目覚めに期待する。
自分ではもう解決しかねない案件が身に迫っているからだ。
「犯人は……あの子で決まりか」
『目覚めていないけど?』
「目覚めようが目覚めまいが結果は明らかなんだろ? お前は散々神宮を探れと言っていたからな。忘れたとは言わせないぞ?」
櫻井は悉く自分を足枷代わりに。希についての情報を洗いざらい調べてきてくれとパシリに使われた。
警察としての権限が一時的に失われとはいえ、とんでもなく人使いが荒い奴である。
あの時の恨みは今もなお忘れてはいない須藤。反対にそんな事したかな? と解答が白々しい櫻井。
直接殴ってやりたい。そんな気持ちが表に出てきそうである。
『とにかく! 現在健の視界に関わらず、出現したそれは明らかに異常現象だ。お互い……用心深くしていこう』
「のらりくらりとかわしやがって。まっ、俺は俺でぼちぼちやっていくさ」
通話を切って、再び異常とも呼べる緑の球体に注目する。やはり改めて見上げると本当に恐ろしい物だ。
この物体……いつまで存在するつもりなのか。これからずっと太陽とは別に居座るのかと?
考えるだけで恐怖が込み上げてきた。もう、これ以上居ては居られまいと狭い自宅に戻る。
一度落ち着こうと煙草に火を付けて、テレビを付けるとバラエティ番組の臨時ニュースのテロップが例の如く浮き上がる。
その他の情報番組は謎の緑の惑星。それがこの地球に接近している留まっているという事が大きく緊急速報として取り上げられている。
かれこれ、惑星の急接近から1時間以上。気付けば時間が過ぎ去っていた。
警察の身として……一刻も早く、この事態にどう動いているのか知りたい所ではあるが。
無理だ、動けない。本堂課長からの命令を背けば次は首が飛ぶ。
何も手が出せない状況下。しばらく経って、またしても一通の電話が掛かる。
また櫻井じゃないだろうな? 怪訝な表情を浮かべつつ、机に取り敢えず置いておいたスマホの画面を除く。
「やばっ!!」
コール三回の所で急ぎ、耳に当てる。長く待たせたら何を言われるか分かった物ではない。
電話の掛け主は宮城警察署も一角を担う刑事課本堂課長。階級は自分よりも格上の警部に相当する相手。
会話も慎重にせざるを得ない人だ。但し、櫻井が9年前警察の権限を身として置いていた時は課長相手に堂々としていて上の人から大分煙たがられていた。
今にして思えば、あいつは怖い者知らずである。
『寝ていたか?』
「いえ! 寝ていません!」
『そうか、なら結構だが』
「……用件をお聞かせ下さい」
上司がわざわざ、謹慎中の身である自分に電話を掛けてきたのなら何らかの事情がある。
そう睨む須藤の片手が汗ばむ。これから、どんな小言が待っているのやら。
『真実とやらは掴めたか?』
上司を相手に大見得を切った時に使ってしまった言葉。本堂課長はそれを今まで危機逃さなかったようだ。
ここで返しとして、解決しましたと言いたい所ではあるが解決の糸口に繋がる本人が異世界に行っていて尚且つぐっすりと眠られているのでは話にならない。
それと、まあ自分としては協力の出来る範囲を出し惜しみしなかった。
もう色々と充分であろう。そろそろ、自分が本来身を置かな蹴ればならない部署に戻らねば。
これ以上本堂課長の機嫌を損なう訳にはいかない。
「掴めると思います。全ての解答は神無月君が再び起きた頃になるかと」
『葉山友子氏がプライベートで発言していた青年の名前か。あれは確か、関係性がないという結論に落ち着いた筈だが』
「ところが……それがそうでもないのです」
病死で片付けられた葉山が発言したショウタ・カンナヅキ。以前、心不全で死んだ事に対し疑問を浮かべた須藤が独自の情報を駆使して辿り着いたのが神無月翔大である。
そして一か八か葉山友子がショウタ・カンナヅキという名前を度々使用していたとこちらが主張すると思いの外神無月は思惑に乗ってくれた。
しかし、今でも信じがたい事に神無月にとっては現実世界の葉山友子が異世界のアン王女とイコールの関係性を結びつけている。
実際に自分が行っていないので、偉そうに否定は出来ないが……果たして普通に学校に通う彼女が一国の姫と繋がる理由は何なのか?
それだけは真実を追求する立場として神無月に根掘り葉掘り聞かなければならない。
『お前の疑念はまたの機会にしろ。それよりも、須藤健作巡査長には現場への早期復帰を願いたい』
「お、俺がですか?」
『宮城市に限らず神宮県の範囲で窃盗・強盗・殺人未遂・強制わいせつと尋常ではないケースで犯罪が軒並み増大している。署長の判断に基づき、他府県からの要請も実施しているがこのうえなく人手が足りていない』
「だから一人でも欲しいと?」
『そうだ、何度も言わせるな。須藤、お前はこれから午後を持って謹慎の任を解く。一ヶ月以上のブランクがあるが……いけるな?』
警察として再び職務に戻ってこれる絶好のチャンス。須藤にとってこれを逃してはおけない。
犯罪を未然に防ぐ。あの惑星が人前に出てから、何故神宮県を対象に犯罪が尋常になく増加しているのかは定かではない。
だが、そんな状況下でじっとしていられる程。須藤は腐っていなかった。
「はい、やれます!」
『では須藤健作。階級巡査長として……宮城警察署の勤務の復帰を認める』
「ありがとうございます」
『なお、謹慎という一ヶ月の期間に当たって……これまでのお前の詳しい捜査情報を俺に捜査報告書として漏れがないようにして提出しろ。無論、事件が全て完了してからで構わない』
どうやら、謹慎にさせた割には自分が調べた情報を知りたがっているようだ。
この事件の大元の源である神無月が起床しない限りは何とも言えないが、きっと度肝を抜かすに違いない。
だらけた服を洗濯機に。須藤は刑事課としての雰囲気に削ぐわないようきっちりとしたスーツに身を包み、犯罪者が蠢く外へと飛び出した。




