表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
97/121

エピソード94:もうどうしようもなく、ヤバそうです

「アビス!? どうして、君が!?」


 あの数階もある高さでまさかの無傷で済まされたのか。そうだとしたら、相当の運の良さだと思う。

 本当の理由はもっと別にあるのかもしれないけど。沈黙を保つアビスは僕とザットの驚きにも目をくれず、何だか一風変わった獲物をぶら下げていた。

 

 ん? あの腕型に備え付けていた剣は捨てたのか。今度は随分と立派な武器を持ち出しているなあ。


「S級戦犯アビス。お前さん、確かアルカディアと組んでそのままポックリと死んだんじゃないのか?」


「世界のバグとして不名誉な誕生を遂げたからこそ、私は起動する」


 刃先の色ごと黒い長刀。難なく自由に使いこなすそれを霞の構えで相手の眼を捉える。

 あんな腕に負担が掛かりそうな長刀を上段でキープするなんて。


「ノゾミから事前に聞かされていたが、随分としつこい野郎だな」


 口では軽く言いつつも再び攻撃を開始するショウ。どうしても頑なに僕をあちらに行かせたがらないようだ。

 こうなると、集団の相手はザットとアビスの押し付けになってしまう。


「けど! 俺はこっちはこっちで楽しむスタイルを突き通すぜ! 偽者のお前さえ倒してしまえば、ノゾミは俺の物になるしな!」


 勝手な出任せを吐いてくれる! どうせ、君が勝った所で束縛とか過剰な命令を嫌う希が従う訳がないだろ。

 僕よりも腕が良くても、所詮は希にとって都合良く準備しておいた駒。

 何が起きた所で希は君の物にはならない! 例え天変地異が襲ってこようと。


「君と希が具体的にどういった関係で成り立っているのかは詳しくは知らないけど、希は君の物にはなり得ない」


「なんだと?」


「どうしてか教えてやろうか? それは彼女は君を程度の良い駒としか思っていないからだ!」


 恐らくだけど、僕がよく知る希は出会った頃から特定の人物以外とは極力話そうとせずに事なかれ主義を敷いていた子だからだ。

 そんな彼女がわざわざ僕に似た青年を用意した目的はただの余興。

 物語のアクセントとして加えただけという可能性が高い。そこにショウという個人の意思は一切関係ない。


「ははっ! 言ってくれるじゃねえか!」

  

 殺意を剥き出しにしてきた。いよいよ僕はというか元より殺す気満々だったけど、さっきの発言で彼の怒りに触れたようだ。


「俺はお前になる。蒼という男はこの世に二人はいらねえ」


 拘りが強い。こうなったら嫌という位に付き合ってやるしかないか。

 蒼の剣と白の剣。ショウはショウタ・カンナヅキである僕を殺して僕になろうとする。

 だが、その目的は譲れない。むざむざと殺されるつもりはないから。


「んじゃ……助長はここまでにしておいて。やりあうとしようぜ? 俺とお前の互いの信念を掛けた殺し合いって奴を」



※      ※       ※          ※


「アビス。お前がしゃしゃり出てきて啖呵を切った以上、成果は出せよ」


「今なら私を背後から切れるぞ」


 ザットはこの状況がおかしくて堪らなかった。どうにも前までいがみ合っていた男がこうして背中合わせで居る事に。

 憎しみという感情は小さい頃から姉と家族をアビスに捌かれた時から抱いていた筈だというのに。


 今ではすっかり、それが抜け落ちている。理由はこのアザー・ワールドという世界がミゾノグウジンという名前を使ったノゾミこそが元凶で。

 自分自身の過去も力もこの女が裏で仕組んでいたと考える度に怒りを覚える。

 アビスではなく、自分が剣を振るい復讐する敵はノゾミにあったと。


「かもな。でも……ここで切ったら、折角の助太刀も無駄になるぜ?」


 だが態度を変えるつもりもましてや謝罪する口もない。これからもずっとアビスとは相対する関係を保つだけ。


 集団相手に抗い、何ヵ所か血が付着した灰色の剣を握り締め眼前たる対象を捉える。


「お前は私を切れない。そこに利が永続するならば」


 ボロボロになった身体。それでも立ててしまうのは、この危うい状況を逆転出来てしまうかもという絶妙なチャンスだからだ。


「相変わらず訳分からねえ言葉をベラベラと喋ってくれるぜ」


「一人増えただけだ! 何も怯む必要も怯える必要もない。ミゾノグウジンの障害となる者達を排除せよ!」


 怒濤の規模が合図を介して襲い掛かる。まるで、土砂崩れのように押し寄せる敵に対しアビスは華麗なる動きを持ってして黒い長刀は舞い踊る。

 その一撃一撃が敵を寸断し、圧倒的な力でねじ伏せる。ザットも遅れは取れまいと灰色の剣をしかと握り締めて果敢に挑む敵をバサバサと凪ぎ払う。


 多くの者が自分と面識のある団員達であったが、もはや遠慮はしない。

 ミゾノグウジンにあくまでも味方につくのであれば容赦をしないだけの話だ。


「へっ! さすがにこれだけ用意されたら身体が悲鳴を上げそうだ」


「絶望的な状況だからこそ這い上がるしかない。それが……世界を敵に回しても、抗う私とお前のーー」


「運命ってか。けっ! よく言ってくれるぜ」


 前まで散々対立していたアビスとザット。今度という今度は契りを結んで、多数の兵士と団員を縦横無尽に蹴散らす。

 相手はたかだか二人だというのに、こちらが逆に圧倒されているという衝撃を上回る光景に多くの者は息を飲む。

 

 確かに劣勢に追い込んでいる筈だというのに……何故奴等は脅威的な力を振るえるのかと。


「だが嫌いじゃねえぜ、その言葉!」


「数は烏合の衆。されど一人一人の力は弱小なり」


 長刀を軽く横に凪ぎ払えば、遠くに飛ばされ血をのたまう愚かしき者達。

 各国の兵士だろうが所属した時からお世話になっていた団員にも躊躇いを見せる事なく次々と灰色の剣であしらっていくザット。

 

 遠方からやって来た兵士達の一部もその覇気にやられているようだ。

 これでは、静めようとして圧倒的な数を用意してきたこちら側が敗北を許しかねない。


「あれえ? こんな予定じゃなかったんだけど……」


 口では軽く言ってみても、ザットの急成長ぶりには恐怖の他ならない。

 段々とこちらの方が焦りを募らせていく事態に治安団のトップに君臨するイクモは自ら戦場の死地に駆け込む事にした。


 この状況では遅かれ早かれ、アビスとザットの手により壊滅されると。

 ならば団長である自分が切り込めば多少の状況は覆せる。そう思っていた矢先に何人かの部隊長もちらほらと武器を抜いて先陣に立つ。

 何年か勤めあげたそこらの兵士とは違う覇気。強そうなオーラを纏う何名かの内、見知った顔がこちらを窺う。


「イクモ。お前は……」


「どうやら立場上、お互いにこっち側の味方に付くしかないようだな」


「ミゾノグウジンに逆らえば私の部下は愚か世界その物が消滅されてしまう。だから」


 苦渋の決断を下したと。口には出さなくとも、その表情には苦々しい態度を表に上げるエレイナ。

 将軍の立場を捨てきれないのか? 或いはミゾノグウジン対して敵対しながらもやむ無しの判断を下したか。


「辛いよな。けど、その気持ちは俺も同じだ」


「そうか。その一言だけで心が救われる」


「バックにはミゾノグウジンとかいう全ての裏を操作する化け物級の女が居るのが、腹立つがな!! 立場は違うが、一緒に乗り越えようや!」


「あぁ!」


 エレイナと分かれ、イクモは猛突進で突っ込む。ギリギリの判断で避けたザットにはやはり感心を禁じ得ない。


「いやあ~、団を抜けた途端に急に成長してくれちゃって。精神面も肉体面も強くなってくれて何よりだねえ」


「それ誉めてるつもりですか?」


 誉めている割には戦意を剥き出しにしている。どうにも、今のイクモには手加減という文字はないらしい。


「誉めてはいるさ。ただ、こっちもこっちでやる気にならなきゃ俺も含めて部下がどうなるか分かった物ではない。ならばこそ!」


「元副隊長を勤めていた俺にも手加減抜きか。まぁ、そっちの方が気分も楽になるけどさ!」


 自分を育ててくれた恩人すらも武器を振るわねばならない。表では堂々と灰色の剣を自由自在に動かしながら楯突くも、裏では苦しみが残る。

 なぜ、こうも対立せねばならないのかと? あの女はどこまでも人を利用すれば気が済むのかと?


「アビス。貴様は指名手配されながらも、次は世界に牙を剥く犯罪者となったか……余程救いがないと見える」


「それはお前の方だ。枠に嵌まりながらも、同時に底へと誘われた途方なき敗北者よ」


 大剣の一撃はあらゆる地面を砕く。普段から身のこなしの軽いアビスはそれすらも回避して、徹底的な速さで間合いを取る。

 長刀の斬撃の範囲は広範囲で真っ向から挑むエレイナを相手にしながら群れとなりて襲い掛かる集団相手に無双。


 モンスターを操る力があるとの警告は風の噂で知ってはいたが、今やモンスターは2週間という流れで絶滅を辿りアビスお得意の力は断じて使えない。

 なのに、その力が使用出来なくとも場を圧倒している無類の強さ。

 微風で揺れる銀髪の下で覆う真っ黒なロングコート。その片手に掲げる長刀が強者の風格を醸し出している。 


「私が敗北者だと!? ふざけるのもそこまでだ!!」


「お前の筋は悪くない。しかし、その一手に迷いが見えるならば私の負けは無となろう」


 無感情でいて、あれだけ激しい動きをしたのにも関わらず息を一切乱さないアビス。

 緊迫とした中。真っ赤な空が何の脈絡もなしにとてつもない物が姿を現した。


 それは……丸い形をしていて、色は青。前まで空はあのような色をしていた。

 懐かしく思えるが同時に危機感は次第に増していく。


「なんだ、あれは!?」


「二つの内の一つか。あの時、あの場所で発言していた不可解な発言がよもやここで解けるとは」


 アビスは何か理解したようだ。この状況でおいてけぼりになっているのは自分だけ。

 

「説明しろ」


「敵であるお前に説明などなきに等しい……が、ここで敢えて発言するとなれば」


 ミゾノグウジンという名前を使い、当人はあくまでもジングウ・ノゾミに拘る真の元凶。

 空の遠く、確かに目で捉えられてしまう程の青い惑星。それを具体的には想像も付かないスケールで執行しようとしているのか。

 これは当人でしか把握出来ない物なのだろう。


「お前達の創造主は目的を為さんとするならば手段は選ばないようだ。どれだけの障害が刻まれようとも……」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ