エピソード93:罪抱きし男。罪の認識を持って、覚悟を選ぶ
ミゾノグウジン教の暴動が起こした大騒動は今や不思議と懐かしく思えた。
まるで過去の出来事のように過ぎ去っていて、あの傲慢王の事件も等しく懐かしい。
「本部アークスの付近に到着したか」
「見事に残骸だらけだね」
「これでも、それなりに撤去された方だ。最初の頃は荒れ果て過ぎて現場の調査すら後回しになった」
地図上では本部アークスの位置は南東にゲネシス王国があって、そこから斜め左に過ぎ去ると到着。
その付近というか、まあまあ離れた位置。以前アルカディアが築き上げた空中の城が崩壊した跡が沢山あって。
ザットは堂々とした態度で城の跡地を進んでいく。僕も続けて進もうとしたけど……うわぁ! 結構危ないって!
「俺は、いやお前も。ここから歴史が変わったんだよな」
いつも荒れているザットにしては珍しく物思いに入り浸っている。
その原因の一つは彼が所属していた治安団から解雇を通知を言い渡されたからなのか?
どういう経緯があって、外されたのかは知る由もない。
きっと僕以上に辛い経験を味わったんだなあと思うだけで申し訳なくなってくる。
今まで副隊長など、それなりの階級を剥奪させてしまった最大の原因は結局の所神無月翔大である僕なんだ。
勿論、こんな落ち着いた時間だからこそ、謝ろうとはしてみた。
しかし、先にそれを察知していたザットは謝罪の言葉を遮った。
そういう言葉は一切不要だと顔が語っている。
「あの女から聞かされたんだが……世界を裏で操ってきた本体ミゾノグウジンまたはノゾミを倒せば、崩壊という結末は絶対なのか?」
希が嘘を言うとは思えない。だからこそ、この事実はアザー・ワールドの住民にとって酷く辛くあまつさえ信じがたい物である。
今や希が思うままにコントロールしているようだけど、正常な思考でこの情報が世界中に渡れば街の全てがパニックになりかねない。
それを上手く利用してみせたのが希。どうせ混乱するのなら、利用した方が早いと判断したのだろう。
彼女はこんなにも腹黒かったのか。僕の時に見せていた、あの可憐な瞳は一体何処へ?
最初に出会った時から計算され尽くされた異世界。希の掌で転がされていた事実に歯痒く感じる。
「偽りなく言えば……真実だ。僕は彼女の口から当人が亡くなれば世界は崩壊の運命を辿る。だから、そんな状況下で君が協力してくれたのは嬉しかった」
ザットが味方に回らなかったら単身でかなりの苦労を強いられていた筈だ。
だからこそ、こんなにも率直な気持ちが現れてしまう。別段僕の言葉に対して嬉しいという表情は浮かべていなかったけど、なんていうか照れ隠しをしているように見えてしまうのは気のせいかな?
「はっ! 俺は世界が滅びようがどうなろうが失う物はねえからな……兄貴と団長に心底悪い事をしたと思っているが、これから先もあの女が世界を操作するなんて考えただけで虫酸が走る」
残骸を宙に浮かし、サッカーボールのように。苛立った気持ちを物で発散するザット。
長らくの間、勤めていた治安団から離れて結果流浪人となり世界の敵として回った。
どうしてかっていう理由も実にザットらしく、衣装も白いローブで治安団所属のバッチを捨てて現代風な緋色のジャケットを羽織っていてお洒落度が上がっている。
そんな彼が今は凄く頼もしく、また手を組めて本当に良かったと改めて思う次第だ。
「オウジャも、そしてアン王女も希の手によって消された。僕にはそれが非常に腹立たしい」
「恨んでるのか? あいつを」
どうしてあんな殺害を平然と出来てしまうんだと癇癪を起こす位には。
けれど、理由なんて聞いた所で彼女の口からは僕の為だとあくまでも主張するのだろう。
確かに現実世界で中学生の時、平凡で何一つ起ころうとしない日常に置いて憂さ晴らしとして小説を描いた。
その小説のジャンルは評価・感想が概ね貰えそうな異世界で書いている内に異世界その物に憧れを抱いていた時期もあった。
「どうだろうか。恨んでいるというよりは何故事前に僕に相談してくれなかったのかって感じかな?」
だから…………僕は取り返しのつかない発言を、よりにもよって彼女の隣で吐露してしまったんだ。
死んだら、異世界みたいな楽しい場所に行けたら良いな。そしたら今まで出来なかった事を思う存分やってやろうって。
思い返せば、そこから起点となり神宮希による計画が始動したのだろう。
最終的な犯人は希であれ、最初が僕なんだから結構な同罪だ。
改めて異世界のアザー・ワールドの住民には多大なるご迷惑を被ったと思う。
「相談なんざ鼻からしねえだろ。希は元から俺達を利用した裁くべき敵なんだぞ」
それは分かっている。けれど、今まで中学まで長らく幼馴染みとして付き合ってきた僕にはどうしても彼女を敵だなんて割り切れそうにないんだ。赤の他人である君には分からないかもしれないけど。
「なぁ……ショウタは世界を今や自分の物とせんが為に本格的に動き出したノゾミを殺せるのか?」
すぐには答えが出ない。あの中学三年生の事故で希が事故で亡くなったと事実に少なからずショックを受けながら、無難な生活を送っていた。
ところが一転して異世界という世界へ何の脈絡もなく突然転がり込み、しかも希の面影がよく残っているマリーとの出会い。
これが後に地球と異世界の命運を掛けた戦いになるなんて誰が思うのか?
ザットの言う通りに、希を躊躇なく殺せば僕らの世界は当然救われる。
希が作り上げた異世界やその世界に住んでいる人達を生け贄にして。
「覚悟はとっくの前から決めている。例え、各国から批難を浴びたとしても……僕にはノゾミを止める義務がある」
「その答え。何があってもねじ曲げるんじゃねえぞ」
アルカディアが以前組み上げた天空の城の落下によりクレーターの中にある残骸をちらちらと眺めるザット。
決意を再び胸に仕舞い込んで、見通した先にはある人物が剣を携えてこちらを窺う。
なんだ? 何故彼はああも僕を獲物を見つけたかのような顔つきを浮かべている?
遠くから見ても、彼の闘争心が煮えたぎっているらしい。
「ようやく会えたな……俺」
「何を言っているんだ?」
「ショウタ・カンナヅキ! 俺はお前を殺さなくちゃ、お前になれない! だからこそ……死んでくれなきゃならねえ」
呆気に取られた。まさか、あんな一瞬で背後を取られるなんて!?
距離に関してはクレーターの端に僕が立っていて、あの男は反対側の端に立っていたのに!
「俺の名はショウ・オメガ!! ノゾミに始めから駒扱いされる理不尽な野郎だ!」
振り下ろした剣は白を強調としながらも所々に紫のラインが刻まれた不気味なシルエット。
ショウは黒髪の僕とはかけ離れて、色は銀髪。更に服装は上下とも銀のズボンと上着と派手派手しい。
そこに妙に僕と顔付きが似ているのが何とも言えないが、性格がいかにも真反対でいて僕よりも明らかに荒れている上に今もこうして牙を剥いて襲ってくるのだから正直堪った物ではない。
だが、ショウの猛攻は止みそうになさそうだ。それどころか段々ヒートアップしている。
「お前を殺せば……ノゾミは俺を永遠に見てくれる。欲しい物を手にする為には手段は選んでいられねえんだよ!!」
ショウ・オメガという男は恐らく僕とは真反対に作られた人間。
作った人は疑う余地もなく希だ。そうでなければ、ショウは希には依存しない筈。
「徹底的に、完膚なきまで潰し上げる! その為にノゾミはお前という反乱分子を……叩くのさ!」
速度のある斬撃。突如として襲い掛かる強襲に対し、真・蒼剣でカバーを続ける。
その中で増援として加勢してきたであろう治安団。しかも、各国を象徴とする旗を持った兵士達も合わせて加勢。
どうやら……始めから僕達の行動は筒抜けだったらしい。ガンマとバルフレードが邪魔してきた際のザットとのある会話が原因かもしれない。
「用意周到か。見事にやってくれるじゃねえか」
舌打ちをしながらもザットの表情には後悔が見えた。自分のあの不用意な発言が相手にチャンスを与えてしまったと。
「悪く思わんでくれよ、こっちも世界の秩序を守る為に必死ならなきゃならないんでな」
「イクモ。あんたはやっぱり、俺の邪魔をするのか?」
「辞めたら……急に口が悪くなるんだな」
「元副隊長とはいえ見損ないました。やはり、貴方も蒼と等しく世界を歪ませる因子です」
「別に構いやしないだろ。俺はもう治安団に属してない……世界の敵に回っても、抗おうとする反乱分子なんでね」
あの女性、どっかで。あっ、確か始めて本部アークスに訪れた時に上から目線で接してきた事務次官か。
まだ治安団に配属していたんだ、へぇ。
「さーて、お前達二人の為にたっぷりとお膳立てをしてやったんだ。遠慮せずに味わってくれよ?」
見事な戦力だ。これでは……僕達に力があっても、人の数で負けてしまう。
僕にご執心ぎみのショウと戦闘を繰り広げていたら、ザットのカバーも出来そうにないのがこの戦いの難易度を過剰に増してくれる。
くそっ、圧倒的な四面楚歌か。相手は相当反乱分子に値する僕達を詰みにさせたいらしい。
「へっ! だからって、こんな絶望的な状況でも俺は負けねえ!! この世界を裏から仕組んでいたあの女を殴り飛ばすまではな!」
諦めをしらない。ザットはこの状況下にしても武器を抜く。もう、何人居ようが容赦なく振るう体勢に入っている。
「たったの二人で何が出来る? ノゾミが用意した、この完璧でいて隙のない戦力で!」
勝ち誇っているのも無理はないか。僕達は二人という劣勢の中で敢えて抗うという選択を選んだのだから。
もう嘆いても、遅い。僕達を潰そうと武器を一斉に抜き始める集団。
ザットはクレーターの中心点で、一人だけで抵抗しようとしていた。
僕も彼を助けたかった。しかし、それはさせまいとショウが邪魔をしてくる。
「って言っても、戦力的に1か? ははっ、これじゃあただのリンチだな!!」
分かっていて、あんな平然な事を仕出かすのか? こいつは本当に僕よりも数倍タチが悪すぎる!
「安心しな! 俺は1でも……しぶとく立ち上がる! どれだけお前達が戦力を引っ張ってこようとな!」
強気で言ってるけど、幾ら修羅場を潜り抜けたザットでも持たない!
理不尽な程に多すぎる暴力の数。それでも覇気をまくし立て、荒々しく剣を振るい上げるザット。
始めの頃は優位に立っていた。だが、限界はあった。やがて無様に切られてしまっている。
「はあはあ……やっぱり威勢良くしても無理だったか?」
ザットが取り囲まれている! やばい、一刻も早く助けに行かないと!?
「おっと、そうはさせないぜ。お前もあくまでも……この俺だ」
「ザット!!」
「ふぅ。何が何でも一人で乗り越えなきゃならないらしい」
遠く、遠く。手を伸ばそうにもショウが行く手を阻む。助けにいけない状況で取り囲んだ人達はじりじりとザットに近付いている。
だがその刹那だった。風のクレーターから軽く飛んでいった黒い服を来た者が次々と華麗に集団の波を片付けた上でザットに踏み寄った。
誰だ? こんな世界から見捨てられた状況で誰が僕達に手を伸ばしたんだ?
そんな……つまらない疑問は以前からよく見知った顔立ちを見ることで驚愕という感情を抱く。
「一人で乗り越えるな。まだ、世界に抗おうとする私が存在する限りは」
「お、お前!?」
「世界のエラーだろうが関係ない。私は私の罪を背負う為に今日を生きよう」