エピソード92:彼女の望みはこの世界の救済。なら、僕達の望みは
「腕が化け物になってる奴は俺が相手する! お前はあの眼鏡を叩け!」
「そんな身勝手な……」
前回、僕が彼等と初めて会った時は二体一の戦いで全身をボロボロに尚且つ敗北に叩きつられた至上最悪の戦闘だった。
しかし今回は状況的に互角。灰色の剣を自由自在かつ時には乱暴に暴れ狂うザットは自分からバルフレードに奇襲を仕掛けて一体一の真剣勝負にのめり込んでいる。
この結果、僕は部隊の中でも唯一冷静沈着で比較的落ち着いている性格ガンマとの勝負に持ち込め込む。
「やれやれ……あの忌々しき灰の戦士がバルフレードに目を付けてしまうとは」
「今度は僕を数でボコれないな」
少なくとも、前回のように惨めに撤退する羽目にはならないだろう。
ガンマは基本後方からサポートしていくタイプだろうから、間合いを上手く取れば勝算は取れる筈。
「バルフレードと一緒にボコれないのは残念ではありますが、致し方がありませんね。こうなれば、私自らが丁寧にお相手するとしましょう!!」
周囲に待機させておいた竜巻が声を上げて、猛スピードで迫り掛かる。
呼び出した真・蒼剣はとてもじゃないが竜巻を全部弾き飛ばすレベルには達成してない。
だから、ここは素直に回避に専念する。しかしガンマは手を緩めようとはせず、次は短刀を大量に出してきた。
もはや手を緩めるつもりは一切ないという。
「おやおや、どうしました? この程度の攻撃で手間を喰っているようであれば、これから先も大変でしょうねえ」
完全に舐められてるな、これ。ガンマは確実に僕を弄んでいるようだ。
「大変だろうが何だろうが、僕は茨の道を進んだ。そう、だからこそ!」
退くわけにいかない。僕らの地球を守る為に、剣を振るんだ!
例え、この緊急事態を知っているのが僕だけだとしても!
「負けてたまるかぁぁぁ!」
「なっ!? 自ら、竜巻に突っ込んだだと!?」
複数の竜巻は一点に集まる。その一点の流れにわざと乗り込みつつ、身体がグルグルと忙しなく回されながらも通常形態である剣から薙刀へと形態を変更。
それから竜巻の隙間から飛び出してきた短刀を悉く薙刀で蹴散らしていく。
短刀がどの地点から襲い掛かってくるかは久々に扱う先読みが教えてくれるから一安心だ。
さて、あとはこれで死んでくれると思っているガンマの喜びを潰してやろう。
薙刀を名一杯回転させて、先読みで短刀が切れた事を確認し終えた後に竜巻を斜めに切り下ろしてから彼の位置を瞬時に確認。
ほうほう。どうやら彼はあたふたしているようだ。まさか、あの攻撃を回避出来るとは思っていなかったのだろう。
まあ、それが僕を馬鹿にした代償だ。その報復を余す事なく……遠慮なく受け取れぇぇ!
「違う違う! 私の基づいた計算が違う!」
「舞い踊れ!! 真・蒼剣舞!」
右手に構えた薙刀。竜巻を斜めに切り落として、彼の位置を確認してから投げ飛ばす。
その際手は真横の位置に。空っぽになった僕の右手とガンマに向かって強烈な回転で舞い踊る薙刀。
上手く直撃してくれた! と思ったのも束の間で彼は直前にシールドのような物を前面に押し出して最小限のダメージで済ませたようだ。
やはり、距離が遠すぎたのが直接の原因だったか。もっと至近距離で叩き込めればワンチャンスあったかも。
「……この結果は少々計算外だったようです」
とてつもなく悔しそうな顔を浮かべている。どうやら僕の取った行動はかなり想定外だったようだ。
「けっ! 馬鹿みてえにやられてるじゃねえか!」
ザットとバルフレードは互いにとんでもない速度でやりあっていた。
それはまさに大乱闘と言っても過言ではなく、二人共額に汗が浮き出ていた。
「どうやら、かなり相手にしてやられてしまったようです」
「お互い。状況はそんなに良くないようだな……まぁ、ドンマイ」
バルフレードはそうした状況下にて遠くの方で地面に膝を付けているガンマを情けないと判断したのか、容赦なき罵倒を浴びせる。
もはや仲間意識すらなさそうだ。バルフレードは特に。
「無様な姿を見せてしまいましたね。よもや、あのバルフレードから上から目線で語りかけてくる日が来ようとは」
僕を睨み付けている。明らかに憎しみの籠った顔付きで見つめる表情と共にガンマはこれまでに以上にかつ僕が見た事のない技を披露してみせる。
「雷の咆哮。この身を一度でも喰らえば、全身に受けるダメージは軽傷では済まされないでしょう」
殺す準備は万端って魂胆か。ガンマもいよいよ手段を選ばなくなってきたらしい。
瞳が血走っているのが何よりの証拠でもあった。
「では誠に申し訳ありませんが、全ては主の望む救済の為。障害となる貴方達を排除します!!」
バチバチと鳴り響く黄色の球体。大量の電気が集まった球体が合図と同時に急速な動きを描いて一斉に襲う。
地面に少しでも到達すればとんでもない程の電気が放電される。
回避するのも必死だった。一度でも直撃すれば身の破滅すらしかねない最悪の技。
ガンマは更に強気になり始めた。主の命令とやらにはかなり従順な性格を持っているらしい。
こういうタイプは希にとって、秘書という立ち位置で扱っているに違いない。
今の現時点ではバルフレードは完全なる戦闘要因でしかないのだから。
「逃げても無駄です。私が作り上げた球体は成長を遂げて……貴方に迫るスピードを加速させる!」
「くっ!! 尋常じゃない速さだ!」
まだ、ショウという人物と直接会っていないが神宮希が発足したメンバーは現状4名だと思われる。
トップは勿論世界を内密に裏から操作していた神宮。並びに部下に該当する者はバルフレード・ガンマ・ショウ。
数で言えば、今回はこちらのが戦力が乏しい。ゲネシス・スクラッシュ・オルディネの各国は希に先手を打たれて戦力を吸収。
治安団の方々も希のスピーチによれば、敢えなく飲み込んだようだ。
「あの屍が溢れたゲネシス王国から脱出した事については、中々にお見事……ですが貴方がこの世界、引いては主から抹殺するように頼まれた以上手を抜くわけには参りません」
本当に君が命令したのか? 未だに僕は信じられなくなっている。
けれど……生まれ育った場所である地球すらも捨てて、僕達を障害として認識し、あまつさえ君が作り上げた世界を創造させるのは間違っている!
この異世界は腐っても、希が築き上げた偽りの或いは存在しなかった世界。
決して存在してはならないんだ。だから! 僕は間違いを訂正する為に、剣を全力で振るわせて貰う!
「僕も手は抜かない! 間違った行いを今も平気で行おうとする希を! 止める為に……」
直撃上等の構えで、ガンマに向かって体当たりを仕掛ける。どれか一撃は喰らうだろうなと身を構えてはいたが、それからは不思議と回避が出来ていた。
迫ってくる僕に対して段々と焦りを募らせてきたガンマ。予想外の行動に出てしまったせいで彼の予定が狂ってしまったようだ。
「何故当たらん!? 私は全力で妨害している筈なのに!!」
「捉えたぞ、覚悟せよ……ガンマ!」
間合いは詰めた! 至近距離から豪快に振るわせた精一杯の一撃はガンマを宙に浮かせる。
咄嗟に障害を築けたようだけど、この真・蒼剣が近い距離に立てば防御しようがこちらの物。
怪しげな空の下で直接刀身を生身で喰らったガンマはかなり見悶えているようで。
自分のプライドが折られたのか、拳をわなわなと振るわせている。
「お、おのれえ。主の優秀な駒を担う私が! このような辱しめを受けるとは!」
「さぁ……どうしますか? 僕としてはこのまま続行して貰っても構いませんよ?」
挑発に乗るかどうかはガンマ次第。ただ、どうせなら乗ってくれてた方がこちらとしてはウェルカムだった。
しかし、落ち着いた立ち振舞いをするガンマは我に戻ってふと冷静になり閉じていた厚紙の辞書をパラパラと捲り始めた。
こんな状況下でよく本をペラペラとしていられるなあ。
「本来の予定ではこんな筈ではなかった! 今頃は奴にもっと不幸と絶望を与えていた。いや、しかし現状彼にしてやられたのであれば……ここは撤退すべきか」
何の脈絡もなく突然魔法陣を展開させてきたガンマ。こ、これは尻尾を撒いて逃げるつもりか!
「バルフレード! 私は先に帰らせて貰います。残るかどうかは貴方の判断にお任せするとしましょう」
「はあ!? なんで、こんな良い所で先に帰るんだよ!」
「状況が変わったのです」
えぇ、だからって何故僕のせいにしてくるんだ……幾らなんでも理不尽過ぎる。
「主よ、お許しを。この汚名は必ずや次の来るべき戦いにて証明してみせます」
勝手に道を封鎖したり、自分の判断で逃げたりと忙しないガンマ。
独りぼっちにされたバルフレードは一気に戦意を失ったのか、奇妙な腕を引っ込めてから自身も魔法陣を展開させる。
「悪いな、興が削がれたからお開きとするぜ!」
「おいおい。随分と自己中だな」
「恨むのならガンマにしてくれ。あいつが勝手に帰ったお陰で取り残されたんだからよ。んじゃあ、今日はここらでとんずらさせて貰いますか」
間もなくバルフレードもどこかへと移動していった。二人が戻った場所は人目に触れられないような隠れ家的な場所か、それとも希が巧妙に作ったかもしれない基地か。
全貌は未だに見えていないが、もう少し粘ってみたら手かがりになりそうな情報が見えてくるかもしれない。
「ちっ! 颯爽と消えやがったか」
ふぅ……何とか凌げたか。二体二でもぎりぎりの状況だった。しかし二人が結果的に撤退してくれたお陰で道は開かれた。
国の大混乱から脱出して数時間ぐらい経ったのか。はぁ、全然休めていないから身体の疲れがロクに取れていないなあ。
どっかで休憩を挟めるとなお良いんだけど、世界が敵に回っている状況ではおちおち休めやしないか。
「まっ、奴等の出所は落ち着いてから調べてやるか。今はあの場所で奴の遺体を調査するのが先だ」
世界が混沌する前から何回か僕らを邪魔してきたアビス。彼は真理という概念を求め、結局は奈落の底へと身を投げ出した訳だけど。
アルカディアが死んだ後に崩壊していく城はゆっくりと真下に落下して跡形もなくバラバラの破片となって砕け散った。
そこから2週間の時が流れ、遺体の一つ二つすら見つかっていない。
遺体がないとなればあくまでも可能性の一つとして、アビスが実は生きていて逃げ出している事も考えられるけど。
「ねえ? これは僕の意見なんだけどさ」
「あ?」
「アビスがどこかで生き延びているっていう線は考えられないかな?」
なっ!? 今、こいつ鼻で明らかに馬鹿にした! もう、そこは笑う所じゃないでしょ!
「生きてたら……とんでもなくタフな野郎だな。俺達の頑張りを無下にされた気分だぜ」
「いずれにせよ、結果は直接見に行けば分かってしまう事だ。お互いにそれまでは気を引き締めて進もう」
「言われずとも分かってる。お前も背中には充分に警戒しておけ。いつどこで襲撃が来るか分かった物じゃねえからな」