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エピソード91:その男、零からの再起動を歩む

「ここは」


 瞳は開いている。しかし、周囲にある景色は無。何もかもが真っ暗な闇にて男は感触を確かめる。

 指の感覚。開いたり閉じたりと自由に感触を味わう。そこに痛みは走らない。

 だが、当然ながら闇に溶け込んでいるので掌ははっきりとは見えない。

 

「輪廻の果て。自らは冥界に至るか」


 死後の世界に生かされている。誰一人も居ない無の空間内で男は一通りの動作を軽く確かめた後に道なき道を歩む。

 暗闇の世界ではいかなる声も届かず、ましてや己の位置をも掴めない。

 通常なら人の心理には不安が叩きつけられるであろうが男は唯一の例外に当てはまる。


「私は天空から落ちた。だが、何故か命は生かされている……一体誰の意思でここに居る?」


 男は生かされた命に恩義を感じてはいない。寧ろ、自分自身が割り切って敢えてあそこで死ぬ事に導かれようとしていた。

 それなのに、何故? 自分を生かそうとするのか? もはや神が死なせないようにと妨害を図ったのか? 謎は益々広がるばかりで。

 

 先の見えない闇をただ歩き、ある地点で男はふと足を止める。そこの人影は段々と近づいてくる。

 男は戦闘体勢に入ろうとしたが様子見を決め込む事に決めた。この暗闇の中で戦闘するには余りにも難易度が高い上に位置の把握すら掴めていないからだ。


「あらら? まだ、あの高さから落ちたというのに死なずに済んだの? もはや怪物ね」


「貴様は……アルカディアに拘束されていた女か」


「あの時はお互い様だったね。まぁ、あいつはいずれ計画が頓挫して殺される顛末にあったから危機感は感じなかったけど」


 この女は演技をしていたのか? アルカディアに絡まれた時に浮かべたあの表情も作り物だとしたら相当の策士。

 マリー・トワイライトは会った時から雰囲気が掴みづらい女であった。

 

「私は天空の城で自ら身を投げ出した。なのに何故天へと昇らない?」


「その疑問に解答すると……貴方の正体その物を教えちゃうんだけどな~」


 以前とはまるっきり態度が違う。アルカディアの件では弱々しさもありながら、どこか強い想いを込めた女性であった。

 

 だが、今目の前に居るのは人を小馬鹿にして嘲笑る魔女。服装も白のドレスから黒のドレスに変わっていてるのが尚更強調しているかのよう。


「まさかお前が私の真理を知っているのか?」


「貴方はどう解答するのかしら? 正体を知る事を望むのか、それとも望まないのか……ここまでしぶとく生き残れた貴方にはどちらか自由に選ばせて上げましょう♪」


 どこまでも上から目線の女である。だが、この女から自分の謎を得られるのであれば是が非でも奪い取らねばなるまい。

 もはや、この暗闇の中。男の答えは決まっているよう物であった。


「真理を喰らうが私の定め。ならばこそ、口に出す解答は」


「望むっていう解答ね。ふむふむ……ここまで来たのなら、さすがに引き下がれないか」


「勿体振らずにありのままを伝えろ。さもなくばーー」


「殺すって言いたいの? でも、生憎私は世界をも創造した神たる存在。決して貴方ごときに殺される程温くはないの」


 指をパチンと鳴らすと自分の周囲にある紫の炎が灯火となって辺りを一気に照らす。

 天井にも同様に紫の炎が灯されたインテリアが吊るされているようでどこか頑丈な建物の中で放置されているようだった。

 

 その間、2週間。自分は殺される事なくずっと様子見をされていたらしい。

 どのような狙いで生かれているのかはこの後の答え次第で決まるのだろう。

 もう腹はくくっている。自分が何故この世界に唐突に誕生したのかという真理を知る覚悟が。


「意図的に隠すつもりならな」


「色々と覚悟を決めて頂戴ね、アビス?」


「私はアビス。だが……その時点から謎はあった」


 そもそもの話。アビスという名前は自然に頭の中で浮かんだ物で名前がないと不便だという考えから使用した物である。

 本当の名前も自分がどうして、あのような場所で目覚めたのかも分かっていない。

 

「まあ、貴方は端的に言ってしまえば“イレギュラー”なのよ」


「イレギュラー?」


「ごめんなさい、言葉が難しすぎたようね。分かりにくいから……もう少し砕けて喋りましょう」


 喋る以前に女はとんでもなく不気味な大剣を赤い魔法陣を用いて取り出してきた。

 非常に危険かつ禍々しいオーラーが漏れている刃。刀身の中心にある奇妙な目玉が気持ち悪さを一層引き立たせている。


 武器を取り出してきたのなら、奴の次に移す行動は明白だ。きっと存在価値のない自分を今頃になって処分しに掛かるのだろうと。

 そう男は断定し尚且つ達観していた。


「私、ミゾノグウジン……いえ神宮希であった私がチート過ぎて、世界に残すのはあんまりに理不尽だとデータごと処分しておいた。けれど、翔大が冒険する異世界で異常なバグが発生してしまった」


「バグ? な、何を言っている?」


「始めの内は自分の勘違いかとも思っていたけど……何度か出会う時にはどうにか気付いた。貴方の存在は本来この世界では生きていない存在って事にね」


 生きていない存在。すると、つまり自分は元々誕生する定めになかったと言いたいのか?

 神宮希と改めて名を上げる女。ミゾノグウジンと言う名前はアルカディアから世界その物作り上げた創造神と聞かされてはいたが……そうなると、こいつは。

 アビスの疑問の糸は次第にほぐれていこうとしていた。目の前で不気味な大剣を振るう黒ドレスの少女によって。


「モンスターを自由に操作可能……なんて、ちょっと理不尽よね! そりゃ、始めは翔大を盛り上げる材料に一回作ってはみた物のどう考えてもチートでましてや物語のペースを掻き乱すかもって想像したら!」


 警告なしに一気に迫り、見た目は実に華奢ながら大剣を豪快に叩き切る。

 辛うじて避けたが地面は粉々に砕け散る。たった一回の一振りで。


「邪魔、邪魔! そう思って本番直前に消しておいたのに。どうしてあの高さから落下しても生きちゃってるの? 私に捨てられた……世界のエラーさん?」


「貴様!! 私の存在を弄んでいたのか!!」


「あはははっ、珍しく感情的じゃない! そういう顔も浮かべられるなんてこれは意外ね」


 この女は人を怒らせる事が上手らしい。アビス自身確かに感情が溢れ出したのは予想外であった。

 望まれておらず、そして自分が世界引いてはミゾノグウジンという名前を使う神宮の手によって捨てられたという驚愕的な事実に絶望しつつ手持ちの腕の先から忍ばせている剣で応戦を開始する。

 しかし、その実力は既に決着がついているような物であり始めから神宮のペースに飲み込まれつつあった。

    

「オウジャやアルカディアが計画を始めようとする以前からお前は裏を操作していたのか?」


「ええ、そうよ。私が内密に奴等を動かしていた。筋書き通りに話を円滑に滑らせる為に」


 大剣の一撃はかなり重い。例え、防御に回ったとしても端まで吹き飛ばされる位には。

 

「ただ……アビスという存在が居るから、いつも何かと描いていた時期やらその他諸々が崩れていた。まだまだ修正は出来たけど、それだけは厄介でとんでもなく苛つかせてくれたのは本当に迷惑!!」


 自分の着ている黒のコートはもはや原型を残しておらず、全身に傷が走っている。

 これ以上まともに戦った所で勝機を捉えられはしない。

 だったら賭けとして下す判断は……アビスは博打に飛び掛かる事に決めた。


「お前の問いで私の謎はようやく晴れて解明した。その礼だけは告げるとしよう」


「礼なんて不要よ。強いて言うなら礼の代わりとして抹殺を受け入れてくれると嬉しいんだけどなあ」


「拒否する。私は世界その物かは拒否されようと……生きる道を選ばなければならない!」


「ふざけないで頂戴! 存在自体が燃えないゴミでしかないアビスに生きる価値は断じてない。だから、せめて苦しまないようにとどめを刺そうとしている私のありがたみを受け取りなさい!!」


「世界のエラー。お前の解答がその言葉を指そうと、私は抗う……今度はこれまで犯した過ちを償う為に!」


 アビスは神宮の一手を避けて、どこかに繋がる道を全力で駆ける。

 そこにどんな罠が待ち受けたとしてもアビスには覚悟が決まっていた。


「あははっ、今まで散々世界を荒らしていていた貴方が償うだなんて……凄く笑えるじゃない!」


 大剣を振るう度に発する黒き斬撃は奇妙な音と共に強大な威力を発揮した。

 回避する度にあちこちの建物に傷が付く。

 

 あれに直撃を許せば、こちらの身が持たなくなるだろう。

 決定打となる武器が欠けた今、アビスは黙々と走り抜ける。場所も分からない迷宮をひたすら走り回りつつ、あの女からの攻撃もどうにか避ける……が、そうしていられるのは僅かな時間。


 アビスを仕留めきれない事に腹が立ってきた神宮は本気を出し始める。

 それは目にも見えぬ速さでアビスの全身を切り裂き、とどめに蹴りで吹き飛ばす。

 その動きは実に無駄がなく、足の捌きは華麗なる振る舞いであった。


「私に一度消されたバグごときが……まだ心底立ち上がるなんて。往生際が悪すぎるんじゃない?」

  

 あの武器に対抗する武器は現時点では存在しない。他にもっと良い手段があるなら。

 しかし、それはあくまでも仮定に過ぎない。いや、もしくはただの希望かもしれない。


「存在する限り、私は贖罪を選ぶ。それが今まで撒いた罪から解放されし唯一の手段となろう」


 迷宮を進む途中にある大きな広場。この神殿の入口付近と捉えて良いのか? とにもかくにも……自分の中にある魔力とやらはまだ感じられるのでアビスは魔法陣を大きく展開して、神宮に閉じ込められた神殿からの脱出を試みる。


 だが、それをよく思わない神宮は妨害に掛かろうとした。

 アビスは一目散に自分の中にある魔力を使い果たす位に魔法陣を素早く広げて、颯爽と準備を開始した。


「そう……貴方は何に抗おうとも神であり創造主である私に刃を向けるのね?」


「あぁ、この答えに未練はない」


 アビスの問いに希は動きを止める。これ以上追いかけ回した所でどうしようもないと判断したのだろう。


「世界のエラーとして未だ生き残ろうとする貴方の選択が最後にどう繋がるか? 楽しみに待っているとしましょう」


 魔法陣から目映い光が発光する中でアビスは流れに身を任せる。

 心を落ち着かせ、しばらく両目を閉じて。頃合いかと両目を開けた時には既に視界の先は別世界。

 

 神殿ではなく、色々と建物が崩壊した街へと場所を移されたようだ。

 看板は愚かあらゆる店が軒並み崩れ去っていて、どれも原型が残されていない。


 しかも人間はもはや別の何かとなって街を徘徊しているという奇妙な光景。

 アビスはなるべく足音を立てずに近場にありそうな手頃な服屋さんを物色。

 

「まだ、現品は生存していたか」


 何着も試す事なく、ただ一つの服を直感で選ぶ。それは黒は黒でも足まで届きそうな位に長いロングコート。

 これを黒のコートに入れ換えて、次に靴もボロボロになっていたのでついでとしてブーツに変えておく。


 ボロボロになっていた服装は全身ごとリセットされた。あとは神宮と乱闘した際に使い物にならなくなった腕型の剣を適当な場所に捨てて、自分の型に合う武器を探すだけ。


「これが新たなる扉。例え、誰に憎まれようとも私は零の再起動へと歩もう」


 自分は全く後悔していない。だが、この選択が望まない火種を生む可能性だってあるかもしれないと。

 アビスは考えに考えて、果てなき選択を取った。新たなる得物をその手に掴んで……あの地へ旅立つ。

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