エピソード90:彼女が与えた世界の名前は、実に残酷な物であった
「うらぁぁ!」
「はっ、遅い遅い!」
挑み掛かる集団を圧倒し、風のように通り去るザット。その表情はどこか重い荷物を落として、憑き物が取れたのか晴れやかな顔付きで振る舞う。
出で立ちもすっきりしているのか実に全体の動きが軽やかなのも印象的だ。
大勢相手に草刈りをするかのようにほぼほぼ灰色の剣を凪ぎ払い、無双を披露するザットに対して僕は補助を行う。
あわよくば邪魔をしない程度で彼のサポートに回った方が体力も温存が可能だからだ。
「よっしゃ、とっておきの技を喰らいな!」
稲妻が剣を纏う。ザットはそれを片手で軽々しく振り回し、群れる集団を一掃する。
剣の刀身に一度でも触れた者は強烈な雷を帯びて次々と伝染させていく構図は圧巻。
民間人だろうが一切の情けはかけないつもりか。ザットはもう色々と割り切ったらしい。
それなのに……対して僕は希に作られた民間人に躊躇いの感情が入ってしまっている。
この時点で差は大きく開かれたような物だ。
「ボルティック・ザンバー。個人的にあんまり使いたくなくて封印していたが……組織に捨てられた今なら、それを使う価値もあるか」
「ぐぁぁぁ! お、おのれ!!」
「ミゾノグウジンに操られた傀儡共! てめらの身体はもうそいつの意思に固定された……ならば、せめて苦しまないように逝かしてやるのが唯一の情けだ」
ばたばたと倒れていく民間人。けれども、数はどんどん絶え間なくこちらに来る。
彼等の数は無数で倒しても倒しても終わりは見えないらしい。まともに相手をしていたら、こちらの身も持たないと言える。
ザットはキリがないと睨んだか武器を収めて門の方に走っていく。
僕を置いていこうが結果的に放置しようがお構いなしだ。ああいう態度は以前として変わらないようである。
「やはり敵が全人類だと少しばかり骨が折れるな。この腐った現象にピリオドを下すには……今まで俺、いや俺達を散々裏で弄んでくれたミゾノグウジンの首を取るしかねえ」
彼女の首を取れば、同時に希とは今度こそさよならとなる。異世界のお別れと神宮希との永遠の別れ。
僕らの地球を救うにはそれ相応の代償を伴わなければならないと分かっているのに。
何故……こんなにも辛い選択をしなければならないのか。
「ショウタ、俺は今まであの女に過去と生きざまその物を操られた事が許せねえから絶対に殺す! もっとも、ミゾノグウジンを生んだ原因はどうやらにお前あるって事らしいが?」
その情報は嘘ではない。少なくとも現実世界で僕は異世界をあそこまでしてくれと生前の彼女に頼み込んでいた覚えは一切ないわけだけど。
「事実だ。僕の思いは何であれ希は間違った方向性で解釈してしまった」
「ははっ、今の今……こうなってんのは全部お前が招いた結果ってか?」
「すまない、謝っただけで済むような問題でもないのは分かっている。でも現状を壊すには君の力は必然なんだ」
荷担してくれたら希を倒す為の戦力となる。だけど、それはこの世界を壊す事に賛成しているという結末に至り最後は崩れ行く世界の中でザット・ディスパイヤーは異世界上から消えるのだろう。
我ながら酷い選択を押し付けていると思う。何度謝っても言葉が尽くせないだろう。
「力は貸してやるさ。俺が滅ぼうが……誰かに操られた世界で永遠に生きてるなんて、一生ごめんだからな」
ありがとう。その言葉だけは足りない程に感謝したい気持ちで一杯だ。
最初に会った時はあんなにも尖っていて、仲良くなれる気がしないと思っていたけど今なら上手くやっていけそうな気がする。
まぁ、性格とか基本的なスタンスが違うから結構な凸凹コンビになると思うけどね。
「さて、それよりも門に沢山待機させていたようだな」
「僕達を外に出すつもりはないって事かもしれない」
「強行突破で突っ込むぜ!!」
意気や良しと互いに脱出を掛けた熾烈が始まる。民間人はミゾノグウジンの傀儡の果てとなり門を徹底的に通さない。
しかし、ザットは服装を新たに気持ちも新たに全力で敵という敵をぶったぎる!
だから僕も! 遅れずに行こうじゃないか!!
「おらあ、退きやがれ!!」
「消し飛べ……真・蒼咆哮!」
門を頑なに守ろうとする敵をなんとか退けた。この攻撃で門の障壁も一部払い除けてやった。
「こっから脱出だな」
しぶとく立ち上がる民間人を相手に、止めの一撃を加えてからザットに続くように制御が一切効かない呪われた王国からどうにか脱走した。
ふぅ、危なかった。一人だったら相当以上に時間を喰わされていたかもしれない。
こればっかりは援護に来てくれたザットのお陰だ。
ただ難を逃れて安堵した所で事態は全く収束していない。上を見上げれば雲はあるが、不気味な程に空は赤い。
そしてもう一歩でも入れば死への道が招かれるゲネシス王国からは微かに呻き声が轟いてる。
足が小刻みに、顔が固まってしまい上手く感情が操作出来ない。
あんな恐怖を目の当たりにして僕は平然と過ごせる程のメンタルはないという事だ。
「さてと。ようやく……あいつらからの尾行を撒けたか」
「ザット、彼等はもう二度と戻れないのだろうか?」
「理性が抜け落ちた人間を戻すのは難しい。やるなら悔いの残らないように殺るしかねえ。それが理性のある俺達が唯一の弔いって奴だ」
この世に溢れた波動を受けた者は一部を除いて、モンスターとはまた違った怪物と成り果てるのだろう。
一度でもなってしまえば、その変わり過ぎた姿を戻すのは困難に等しい。
だからそれを理解しているザットは一思いにやるっているのが理想だと抱いてる。
我ながら、その割り切った意見は的確だと思う。とても悲しいってのが本音だけど。
「おやおや、群れとなった民間人相手によくぞすり抜けられましたね」
「へぇ~。やっぱり数々の困難を乗り越えただけはあるな」
「全く……こうなると私達も本気にならざるを得ませんね」
バルフレードにガンマ!? 僕達を待ち伏せていたのか……こうなる事も予想して!!
「わざわざ待機していたのか、随分とお暇な連中だな」
「こんな荒れ果てた世界で貴方達はどこへ向かうつもりで?」
そう言えば、ザットはこれからどうしていくんだ? 組織という唯一の拠り所が無くなった現在彼が果たそうとする目的は、神宮希を倒す事か。
しかし、そうなると今から向かう場所はどこに?
「未だに解決していない疑問があってな……アルカディアを撃破して以来、俺はあいつの遺体を現場で一切たりとも目撃しちゃいない。だから、これからこいつも道連れにして2週間前に発生した空に浮かぶ城の現場に向かう」
ザットはあのアビスを探しにいくつもりなのか? あんなに憎しみの対象であった彼を。
「ほう、あの場所へ向かわれるのですか? ですが……私達は貴方達に裁きを下す者。ここで出会った以上はーー」
「生きて帰さねえ。寧ろ、心臓をもぎ取ってでもぶち殺すぜ!」
「私の前でそんな物騒な言葉は差し支えて下さい。と言うか、話の途中で腰を折らないでくれませんか?」
「はっ! おっしゃあああ! 行くぞ、おらああ!」
「やれやれ……話を聞かないバルフレードと一緒に居ると、中々本題に入るのも難しそうですね」
バルフレードもガンマも戦闘体勢に入った。こちらも応戦する他ないか。
「てめえらに自我があるって事はひょっとしてショウの仲間だったりするのか?」
「ショウ?」
「顔がよくお前に似ている奴だ。ただ、性格はやたらと腐っていたがな」
……希が作った人造人間なのか? だとしても何の意図で僕に似ている人間を作ったんだ?
「性格が腐っているって。そいつは相当なひねくれ者なの?」
「はっきり言えば、短気でミゾノグウジンを一言でも悪く言えば武器を見せびらかす戦闘凶だ。そう考えたら、お前の方が遥かにマシだな」
ショウ。どうやら、そいつは僕と相容れない存在として今もこの世のどこかで潜んでいるらしい。
「ショウも気まぐれな奴ですからね……主以外は基本興味を持たなければ、傍観を決め込むので実に厄介ですよ。自我がしっかりとあるだけに」
「このアザー・ワールドに置いて、未だしぶとく残っているのはお前らだけ。主の為にここらで潔く退場してくれや……」
また気味の悪い腕を見せ付けてくる。いや、それよりも今気になる発言が飛び交ったぞ!?
「アザー・ワールド。それがアグニカ大陸を含む惑星の名前ですか?」
「あぁん? 主が名付けた偉大なる命名にいちゃもんを付けるのか?」
君達はその名前の意図を理解していないらしい、隣で怪訝な表情を浮かべているザットも含めて。
「バルフレード、そいつと語るのは直ちに止めなさい。我々の思考を掻き乱す存在でしかないのですから」
「おおっと! そうだったな!」
実に愚かな連中だ。アザー・ワールドの意味を日本語にするだけで、どれだけおぞましいかも知らずに。
「二体二の勝負だが、さっきの戦闘も相まって体力の消耗も洒落になっていない。だからお互い無理はすんな……まだまだ俺達にはやるべき事が沢山あるんだからよ」
「分かっているさ。お互いに、命は大事にしよう!」
「最後の遺言は済まされましたか?」
「ぶち殺す! 全身を粉々に葬ってでもな!」
アザー・ワールドを日本語に訳せば、来世またはあの世。異世界を題材に仕立て上げようとした僕が一度でも調べあげた単語だから間違いない。
本来異世界なら「otherworldy」で間違いはない筈なのに、この世界では敢えてなのか「otherworld」と発言してしまっている。
バルフレードが発音したその言葉の由来はきっと希から生んだ言葉である。
ただ、このアザー・ワールドという意味自体彼女はよく知っていてるからこそ名付けた可能性もある。
希は小学生の頃から殆んど成績上位に君臨している。だったら、アザー・ワールドという名前を付けたのは意図的に知っていて使ったのかもしれない。
「貴方達は哀れだ。彼女に生かされて……駒として成り果てながらも何故僕達に抗おうとする!」
「はっ? この野郎……俺達を侮辱してきたぞ」
「分かりやすい挑発に乗らないで下さい」
「けどよ!」
「こいつの口を閉じて永遠に口を開けないようにすれば良いのです。では……蒼に鉄槌を下すとしましょう」
ガンマは周辺に幾つもの竜巻を展開して、バルフレードは僕らに向かって化け物じみた腕を振り払おうとしていた。僕とザットは同時に畳み掛ける。
この世界を根本的に操っていた彼女にただ抗う為に。