エピソード86:凄く、突発じゃあーりませんか
「治安団を駒にするとは面白れえ策を浮かべるじゃねえか」
「けど、上手く事が運ぶかは全て私に委ねられる。まっ、最悪は貴方を頼るかもしれないけど」
アグリカ大陸は長くは持たない。折角作り上げてきた世界に滅びの兆候はないが、徐々に崩壊の道へのカウントダウンが刻まれている事態に神宮は白いドレスから黒いドレスへとイメージを替えて新たに青い蝶の髪飾りを白い髪にセットした。
そしてその傍らにボディガードの役割を担う男も用意。男はめんどくさそうにしながらも神宮の計画を心より楽しむのであった。
「現在治安団の団員は減少の一歩を辿っている。良くも悪くもミゾノグウジン教が起こした暴動が影響していると言って良い」
「その暴動はノゾミがやったんだろ? あんたも相当性格が悪いな」
「翔大に楽しんで貰おうと考えていたイベント。まさか、あれのせいで色々とご破算したのは私の凡ミスだった」
人物像そして能力等はこれまで神宮が構成して器に埋め込み、肝心のエンジンとなる物は現実世界から一部を拝借。
神無月翔大の邪魔となるような存在に仕上げて、行く手を阻む障害と築き上げてきた神宮は翔大がイキイキと戦っている姿に満足していた。
しかしながら、それが唐突に終わったのは自分の不用意な発言。
この世界には決してあってはならない武器を一目アルカディア戦で出してきたので、思わず言ってしまったのだ。
今にして思えばあれは誰が準備したのか。学生の翔大が拳銃を裏取引で入手するというのは第一考えられない。
あの素直な性格をしている翔大が致し方なく拳銃を使用しているとなれば、アルカディアを撃破する為だったのか。
そして自分から思わず出てしまった要らない発言が異世界を作り出した神だと正体がバレてしまった。
「拳銃を渡した奴は警察関係者だとしたら……私はマークされていたみたいね」
「は? ケイサツって何だ?」
「治安団よりは規模が大きいけど、元々私が住んでいた世界の秩序を守る正義の人達と思ってくれて構わない」
一部の警察は裏に手を染めているようだが。神宮はそこの部分を口に出さず、胸の中に仕舞い込む。
「あっそ。それよりも……あれがそうなのか?」
至極どうでも良かった男は大きな建物に指を指す。白い壁は敵の侵入を許さず、唯一の入り口には数人程の見張りがわんさかと。
敵の存在に大いに警戒しているようで、当然と言えば当然と言えるが入り口の方に歩いてきた神宮一行を見張りをしていた団員はすぐさま察知。
高台の団員は下の者に対して合図を送っているようで、合図を受け取った団員達は武器を抜いて目を細める。
「やれやれ。そっちが殺ろうってんなら、こっちも肩慣らしに殺ってやるとするか」
「こんな序盤で剣でも抜かれたら取り引きがスムーズに進まなくなる」
「だから、止めろと? はぁ……なら、何で俺を連れてきたのやら」
いつも素直でいつになく優しい翔大とは違って、真逆な性格を宿す彼をどうにか宥めて入り口を見張る団員に向かって用件を告げる事にした。
用件は勿論責任者を利用して、この異世界を壊そうとする翔大を力ずくで止める。
神宮が築き上げてきた世界は現実世界と同時に生存が出来ない。
そもそもの話、この異世界と現実世界では時間と構造の概念が超現象と呼ぶべきあり得ない現象を起こしているのだ。
「イクモ団長に話をしたいだと?」
「えぇ、どうしても今日相談したい話があるの。何とかお取り次ぎ出来ない?」
異世界に上手く入り込めるように事故が起きる直前に渡しておいたお守り。
あれを媒体にして、翔大を初めて異世界に招待。
最初の頃はそれで上手く事が進んでいたのに、次から次からに翔大が現実世界に戻ったのははっきり言って想定外。
まさか、自分の知らない内に異世界と現実世界をしていたとは。
「所属は?」
ゲネシス王国に支えていた身ではあったが、こちらから退いた。
自分が動きやすくにするには国に仕えている時間が不要であると考えたからだ。
しかし、そこで無所属と言えば話がややこしい方向に向かいかねない。
だからこそ神宮は合理的に企てるようにした。
「マリー・トワイライト。所属はゲネシス王国の側近で以前蒼の騎士と組んでいた事がある。まぁ、貴方達が一番ご存じなのはザット隊長代行かしら。彼なら私をよく知っている筈よ」
「そ、そうでしたか。では団長の方に一言連絡を入れますので少々お待ちを」
割りとすんなりと事を荒立てずに話を進められた。これで、断られたりしたら転移魔法を使用して直接団長室に潜り込むしかないからだ。
「なんで、もっと手っ取り早くやらねえんだ? テレポートでやっちまった方が時間もさくっと終わるのに」
「ふっ……こういう時に焦りは失敗を生みかねない。急げば急ぐ程に策は闇に溺れる」
「だから、丁寧にやるのか?」
「ショウ。今日の私達の目的は当然分かっているよね?」
話し合いだけでスムーズに治安団を取り組む。こんな価値のない組織を纏めた所でどうするつもりだと言いたい訳だが。
神宮にとってはメリットだらけなのだろう。ショウにとって分からなくとも彼女には分かるのだ。
「……上手くいくと良いな」
「必ず成功させてあげる」
イクモ団長へのアポイントは取り次げた。急遽ではあったが、二人は基本関係者以外の侵入を禁止とする治安団の本部アークスに乗り込む。
初めて潜り込んだ中は中々に作りが豪華。外の外壁に関してはかつてミゾノグウジン教が襲撃した事がきっかけで今もなお補修工事をしている様子があった。
団員に案内されたのはエントランスの1階から2階。その突き抜けた通路の先には団長室のプレートが垣間見える。
そこにイクモ団長が座っているのだろうと神宮は読んだ。しかしながら、部屋の中にはもう一人。
「お前……」
「はーい♪ 貴方に会うのは2週間ぶりね」
「会わない内に随分と服装が変わったようだが」
均一に揃えていない茶髪は相変わらずであったが、真っ赤な服の上に着込んだ白いローブと立派なバッジ。
それらが普段から粗暴な態度を取っているザットを引き立たせていた。
「この期間中、色々とあったのよ」
「ふーん、にしても……お前の隣に居る奴は蒼騎士じゃねえようだな。ショウタとは喧嘩でもしたのか?」
喧嘩などする筈もないし起こす気も毛頭ない。神無月翔大を誰よりも愛する神宮は誰よりも優先で彼を選ぶ。
「俺はショウ。ノゾミにしてみれば駒扱いされている理不尽な野郎だ」
この隣に居るショウは翔大の性格をグルリと変えて、作り上げた人造人間と呼ぶべき存在でその実力は折り込み済み。
銀色の髪が逆立ちし、どことなくショウタを思わせる顔付きと危険な匂いが漂うショウに対しザットは警戒しておく事にした。
明らかにあの男とは別人であると。
「いいえ、これから先も私は彼を心より愛する。例え……誰に邪魔されようとも」
まだマリー対してにロクに話せていないザット。外見も態度も以前とは比べられない事に対して彼は思う。
もはや、目の前に居る黒ドレスの女はひょっとしたらマリーとよく似た別人ではないかと。
「あー、ごほん! お前さんは席を外して良いぞ~」
「は、はい。失礼します!」
退室するタイミングを明らかに見失った若手の団員は団長専用の椅子にもたれ掛かるイクモの言葉で退室した。
その時にじっくりと神宮を観察するイクモの姿は端から見れば不審者である。
団長故にさすがのザットも発言には控えておくが。
「君は……確か、ショウタ君の付き添い人だったかな? あの天空の城で1回会った事があるよね?」
「えぇ、あの城で1度お会いしましたね」
「知ってると思うけど、俺はイクモ・マガツキ。ここの団長として最近は現場の復旧と戦力の増強などに力を入れていて、はっきり言って超激務!! けど、部下の為に精一杯頑張ってるぜ!! さてさて、そんなこんなでわざわざ俺の名前を出汁にして入室してきた理由を聞かせて貰おうか?」
「今日はマリー・トワイライトではなく、貴方達の世界を作り上げたミゾノグウジンとして忠告に来ました」
「へぇ~、ミゾノグウジンとしての……ん? んん!?」
イクモは何度も何度もアルカディアの件にて嫌程聞かされていたミゾノグウジンという名前に困惑した。
まさか、そこのソファーに座っている女の子の口からとんでもない言葉が飛び出るとは。
「何の冗談だ?」
「私自らが忠告したら悪いの? 今訪れようとしている最悪に抗う手段を教えてあげようと思ったのに。あーあ、勿体ないなあ」
「本当に……お前は創造神だって言いたいのか?」
ミゾノグウジン。かつてアルカディアが呼び起こそうとしていた神が何の冗談か自ら神と名乗る女が出てきた。
しかも、それは前に自分のやり方に対して反論をしてくる嫌な女。
マリー・トワイライトでありミゾノグウジン。じゃあ、マリーという名前は偽名として使用していたのか?
神の名を堂々とした態度で晒し、口調も服装も全てを変えたマリーは怒りの感情を向けているザット等に対し真実を暴露する事に決めた。
自分達は神宮の力によって生み出された存在であると。
「貴方達はこれまで過去に沢山の経験を乗り越え、ここまでの地位を築いた。でも、それは彼の物語を作る為の足枷。ザット……貴方の過去の出来事は全部私が作ったの」
「て、てめえ」
「しかし……あいつの存在は消していた筈。本来なら、傲慢王が送り込んだ兵隊に串刺しにされる予定だった。のに、狂ってしまったのはやはりあいつの仕業。まぁ、今となっては消えてくれているから助かったけどね」
「この感情も俺の家族も全てがお前が作った? だとしたら、俺は……利用されていたってのか!!」
「神の私にはそれが可能よ。もっとも、世界の理から外れた翔大だけはコントロールが不可能なんだけど」
「ふざけるのも大概にしろや!!」
神だ抜かしやがるミゾノグウジンをここで封じ込めようと武器である灰色の剣を鞘から引き抜こうとした。
だが、しかしそれは先に読まれる。瞬時に掌から呼び出した白色の剣によって。
相手はほくそ笑む。お前の行動はお見通しだと。
「おいおい……まさか、俺のノゾミに手を出さそうとはしていないだろうな?」
「手を出さそうとしたらどうなんだ? 大体急にひょっこり出てきた野郎が彼氏ぶってんのは笑えるな。そういう台詞をショウタに嫌でも似ているお前が吐いているとヘドが出るぜ。それならまだ、あいつの方がマシだって話だ!」
「俺はショウタを殺して、本物のショウタ・カンナヅキに乗し上がる!! それまではノゾミを守る……ショウとして障害となるゴミを排除する!!」
「あはっ♪ あんまり彼を怒らせないようにね。翔大の名前を出すだけで態度が急に変わるのだから」
「表に出な。それで、俺の強さを嫌と言うほど分からせてやるよ」
団長室の前で武器を振るわないのはミゾノグウジンとイクモ団長の二人きりする為か。
話し合いに余計な者は不要だと……ミゾノグウジンは入室する前からこいつを用意していたのか。それは彼女だけが知っている。
「ザット!!」
「団長……どうやら、退くに退けないようです。ここは俺が相手をするんで、団長はあの女と話し合いを初めて下さい」
「ショウ、余り被害を出さないように努めなさい。今日の目的はーー」
「心得てるさ。そんなのはとっくの前に!!」
ショウはまず横に一振り。それに対しザットは部屋で武器を振るう前に速やかに退室。
髪を銀に染め上げ、紫のラインが所々に刻まれた白色の歪な剣を構えては続くように追い掛け始めた。
扉の奥から荒々しい音が耳に伝わる。ただ事ではない何かが今始まろうとしている中で。
「さて……これから明日の未来に関わる大切な将来の話をしましょうか♪」
ミゾノグウジンと突然脈絡もなく名乗り始めた女の子は計画を押し進めようと動き始めるのであった。