エピソード85:世界が敵に回り始める
「そらそらあ!」
「ふっ、動きがなっておりません」
バルフレードだけでも強敵なのに、この上短剣を宙に浮かべて投げつけてくる数の暴力を難なくこなすガンマが加われば戦況としてはかなり厳しい。
銃形態で一気に押し切る策も思い浮かんだけど、発射するまでの時間が掛かるのでこれは安易に使えない。
くっ、今回の連中はこの異世界を用意した希の手駒。これまでの敵とは訳が違うのか。
「俺達の世界を奪おうとする悪は滅するのみ!」
「主の障害でしかない貴方には絶望という名の概念を差し上げましょう」
「世界を奪うだなんて一言も言ってません!! 僕はただ、この生まれてはならない世界を取り壊すようにーー」
「同じだろうが! 世界を取り壊すのなら奪うのと変わらねえ」
「言い訳がましいですね。悪は私達が下さねば……この世界を守る為に」
今まで僕は世界を如何なる理由であれ、我が物とせん悪と対峙し続けてきた。
それが、一気に逆転し僕は悪と見なされてしまった。この世界を作りし元凶神宮希を力ずくで止めれば異世界は崩壊。
現実世界の立場で留まっているので、彼等かしたら僕は世界を壊そうとする悪になってしまう。
や、やってくれたな……希。今度は僕を悪として始末する算段か。
あの頃の君は一体どこへ行ってしまったんだ!
心の叫びは届かない。ただただ、バルフレードとガンマの攻撃に傷を受けるだけ。
ははっ、今回ばっかりは……とんでもない事をしてくれるじゃないか、希。
君は時々僕の予想の斜めを行ってくれるけど、まさに今日がそれだよ。
「たーーっぷりと遊んでやるぜ!!」
あの奇妙な腕は格闘だけではなく、伸縮自在になるらしい。ガンマが作り上げた雷の球体はしつこく追跡してとにかく動きを制限された。
そこで隙を掴んだバルフレードは怪物の右腕を真っ直ぐ伸ばす。
掴まったら、簡単には取れない。後は奴の済むまで叩きのめされるだけ。
ぐるんぐるんと振り回されるだけで僕の体力はみるみる奪われる。
これは……頭が正常に働かない!? うぐっ、気持ち悪くなってきた。
「そらあ!」
散々砲丸のように振り回し、挙げ句の果てにはとんでもなく高い所から急降下で叩きつけた。
ようやく掴まった右腕から解放されたが、頭を地面に強く叩きつけられたのでかなりの痛みが回ってきた。
……っ、額から赤い液体がだらだらと流れてきてしまっている。さすがに無事では済まなかったか。
「はぁはぁ」
「どうしたよ? こんなお遊びでお開きか?」
「まだまだ、これからです。私の主を苦しめてきた罪をじわじわと思い知らせてやりましょう」
「ほほう! そりゃあ良いじゃねえか! もっともっと、痛め付けてやるぜ」
希は最後にこんなにも強力な手駒を出してきた。今までずっと長らく……この瞬間が来るまで、隠し持っていたのか。
「それでも僕に負ける選択肢はないんだ」
ただで殺られてたまるか! この異世界でショウタ・カンナヅキとして生きてきた僕は様々な試練に立ち向かったんだ!
こんな絶望を叩きつけてきた所で折れてやる訳にはいかない!
「双剣形態!」
通常形態の剣から二つの剣へ。まずは僕の認識では一番手強いバルフレードから片付ける!
しかし、ガイアは僕の意図に素早く察知したようだ。無数の針が目掛けて飛んでくる。
双剣で降り掛かる物をなるべく凪ぎ払う。けれど、数が余りにも多すぎて幾つかの箇所に傷跡が残った。
そして、そこにチャンスと畳み掛けるバルフレードの猛攻。希が用意した手駒はやっぱり簡単にあしらえないか。
「ショウタ・カンナヅキあるい向こうの世界から移動してきた歪な存在にある神無月翔大」
「お前は世界を歪ませる源として、もうすぐこの世界と戦う運命に辿り着く。現実世界を手にするが為に主を殺す悪魔と化し各国とも戦争を広げる!」
「さぁ、そんな貴方が残酷な運命として織り成す戦場に立てる覚悟はあるのでしょうか? これはかなりの見物となるでしょう」
真相を解明し、いよいよ最後となる敵は神宮希を含んだ世界。世界とやらは彼女と手を組む道を選ぶつもりなのか。
「ただし! それが嫌ってんなら俺達に殺されな。そうしてくれたら早い段階で終われるぞ」
「因みに主はこの世界を受け入れてくれるのであれば、私達は手を止めるように指示されていますが。答えとしてはどう提示してくれますかね?」
異世界を受け入れ、あの世界を捨てろと言いたいのか? そうだとしたら……こんなにも身勝手な判断はない。
僕の個人的な感情で地球に住んでいる何億の人間を殺すなんて、出来る訳がないだろう!
「希に言っておいて下さい……君の思うようには決してならないと!」
「愚かな、主の慈悲を無駄にするとは。幾ら主のお気に入りと言えど許しがたい物だ」
「なあ? もう、俺達二人で始末しようぜ! こいつ……そろそろ消したくなってきた」
「同感です。貴方とはやり方が少し違うようですが、今回に限っては仲良く共同作業に興じましょう」
君達とは何があっても相容れないだろう。僕は彼女の野望を止める為に剣を振るう。
それに反抗するかのように彼等もまた動き出す。双剣形態から通常形態に戻した後に花畑を駆け抜ける。
もう綺麗に咲いていた花はバルフレードとガンマの介入により、花の多くが散る果てていた。
花が散る光景は胸が痛む物だ。本当に辛くなってくる……どうして、こうも望んでもいない事が起こってしまうんだ。
「この世界は私達が守ってみせます。世界を乱す貴方は闇として葬られるのです!」
「けけっ、これで死んでくれると思ったら精々するなぁ」
さっきから派手に動いている筈なのに彼等の息が上がっていない。
一方で僕はと言うと疲労がピークに達していた。何度か先読みの能力を使用して危ない場面を回避してきたけど、そろそろ限界かもしれない。
かと言って、ここで形勢が逆転するような手札は生憎持ち合わせていない。
「惨たらしく死にな! 地獄の腕を持ってして!」
「彼のその腕の名称はヘルハンド。伸縮自在な腕と指一つで岩を持ち上げるタフさ。頭の中は少々あれですが、力に関しては誰よりも強い……さぁ、果たして貴方はそんな彼に勝てる見込みはあるのでしょうか?」
「おい、こら! 最後は余計だぞ!」
ガンマに言われなくても分かっていた。彼のあの化け物じみた腕は今まで戦った奴等よりも上。
戦闘スタイルも中々に、動き方もかなり場馴れしているようだ。
しかし僕はこれまでバルフレードに会った事は今までに一度もない。
この二人はもしかして希が計画の障害となるように作り上げた駒なのだろうか?
世界を作っている彼女なら人間を作り出すなど造作もないだろう。
「それでも僕は抗う。希が作り出した世界を否定する為に!」
現実世界は確かに孤独でつまらない。君が亡くなってからはそれが顕著になったよ。
でもね……だからと言って、小さい頃からずっと育ってきたあの地球を君の一存で壊させやしない!
「威勢だけはご立派で何より。では……その頭を粉々に砕いて差し上げなさい、バルフレード」
「おうよ!! って、さらっと命令すんな!」
ガンマの対応に苛つきながらもバルフレードは右手に備わる化け物じみた腕を展開。
バルフレードに僕の始末を押し付けるガンマは辞書のような厚さがある本を片手で眺めているという余裕を決め込む光景。
まずい、あの化け物じみた腕が近付いてきた……こうなれば、こちらも覚悟を決めよう。
その場で静かに両手を蒼剣の持ち手に。力をぐっと握り締め、バルフレードが近づいてきた直前に豪快に振り落とす。
僕が睨むとバルフレードも睨む。お互い譲るつもりはないらしい。
「何故、お前は俺達の世界を否定しようとする。やはり自分の世界が大事って訳か!」
希は僕が住む世界と彼等が住む世界、それらが二つ同時に存在する事は決してないと。
「いいや! この世界も僕にとってかげかえのない物だ。けれど、あってはならない世界が本来あるべき世界を奪うべきじゃない!!」
そんなやり方を僕は到底許さない。待っていろ、君が取り返しのつかない真似をする前に今度こそ止めてみせるから!
「お前のエゴで! 俺達の世界を壊させねえ!」
「貴方には貴方の理由がある。けど、僕には僕の理由だってあるんだ! はああぁぁ!」
この世界が壊れたら……僕の世界は今まで通りの日常を送る。地球に住む皆は何も考えず、今日も今日もとて生活を送るのだろう。
しかし、自分だけがこうも異世界と現実世界を行き来している現在。
現実世界を手にしたら、きっと異世界が崩壊した事に後悔はせずとも虚しさは残ると思う。
でも……それでも現実世界を選ぶのは、あの世界をそれなりに大事にしているという事になるんじゃないのだろうか。
「うぐっ! この、俺が!?」
「ほおぅ。これはこれで面白い結果を残してくれるじゃないですか」
僅かではあったが、僕が押し切った。傷を付けてはいないがバルフレードはかなり悔しがっているようだ。
どうやら、力勝負で負けたのが相当頭にきたらしい。
「くそくそくそっ! ふざけるなよ! さっきのは幾らなんでもまぐれだ! 次こそは加減抜きでぶち殺してやる!」
「いえ、本日はここまでとします。主からショウタに関して、程々に相手にするよう伝言を預かっていますので」
「ちぃ……主の命令なら仕方がねえか」
運良く命を拾ったか。さっきので大分体力を消耗していたから助かった。
「カンナヅキ・ショウタ。貴方がこの先に待つ未来は絶望しか待ち受けていないでしょう」
「じゃあな。お前の選んだ解答に後悔して死んでいきやがれ」
どこかに去っていったか。追うにしても、この身体では追えそうにないか。
「くっ、安心したら傷が!?」
最初の時に受けた傷がここでぶり返してきたか。急いで家に帰って手当てをしないと。
散り散りになった花畑を引き返し、馬車を探す。まぁ……あんな事態に陥れば、当然どこかに行くよね。
「仕方ない」
徒歩で帰りつつ、途中にある街に寄って馬車なり何なり使用して帰るとするか。
「はぁはぁ。帰るまでに持ってくれよ」
これからこの先身を持って知る。世界を敵に回した僕はもう二度と戻れない道に歩んでいるという事を。