エピソード83:真実に向かい合う時、それが今
ミゾノグウジン教宗が巻き起こした悲劇の一連は首謀者である宗主アルカディアの死亡と共に地上の部隊の威勢は止み、殆どの信者が投降。
かくして地上へと無事に戻ってきたイクモ団長らの素早い対応によって事態は急速に終わりへと迎えるのであった。
無論今回は治安団だけの活躍に止まらず、三か国の兵士達のお陰でもある。
制圧しきれなかった事には悔いてはいたけど過ぎた事は仕方がない。
結局はアルカディアはああいう結末を迎えてしまったのだし、これも自らの行いの償いだったのかもしれない。
あれだけの被害を出しておいて只で済むとは彼も始めから思っていないのだろう。
……貴方は創造神をどれだけ敬ったのか? それは彼自身が知っている。
ミゾノグウジンに対して神話上の存在としか認識していないのは異世界の住人だけなんだろうか?
少なくとも僕はそう思っていない。この一件で判明した事実はミゾノグウジンがこの異世界を通じて今もなお何かを企んでいる事。
アルカディアは創造神とやらに傲慢王が死んだ後動くように唆されている。
そうなると見えてくるのは。
「ミゾノグウジンがこの世界を操作している」
目的は知らない。と言うか神しか知り得ない。
「僕達の世界で神は嘲笑っているのか……なんて不条理な」
古びれた小屋の窓。あれから2週間ですっかり外は雪景色となった。
やはり僕の異世界移動は刻一刻と滞在時間が長くなりつつある。
それが意味するのはこのまま僕は異世界の人間として成り果てるのではないかと言う事で。
「最悪、現実世界の僕は死を選ぶのか」
2週間の月日。異世界にはカレンダーは存在しない故に正確な日にちは不明。
ただ、雪は降っているので季節としては冬という認識で良いのかな?
最初に異世界に移動した時は夏のようなジリジリとした暑さが身体に込み上げて物だけど。
「季節も神が操作しているのかな?」
起き上がり直前に寒いなあと思いながらも正装に身を通す。あれから2週間の時を経て、僕の異世界生活はぐるりと変化した。
まず分かりやすく言うと紋章が外れた。
アルカディアが起こした一件の責任ではなくあくまでもスクラッシュ王国で主催された会議の後のちょっとしたトラブルの責任である。
あの時の僕はマリーがアルカディアに付いていく形だったけど、結果的に連れていかれてしまったので焦ってしまった。
僕がアルカディアの突然襲撃に敗北を許したのが、余計に精神を乱す結果となりあろうことか将軍相手に剣を町中で抜くという暴挙に。
「いよいよ……か」
一度はバルト国王に宥められた。けど、僕はもうこれ以上王国の側近として身を置ける権利はないと自ら紋章を置いてから身を引いた。
だからこそ、現状の僕は自由の身でありながら何も介入出来ない一般人。
蒼の騎士という偉大なる称号は朽ちてしまったけど、後悔なんてしていない。
ただ、折角綺麗にした屋敷を手離されなければならないというのが結構な痛手であった。
持ち主に謝罪してから、屋敷を後にする僕の哀れな所業。あそこには僅かながら生前僕の所に何度か戯れてきたアン王女。
そして清掃に貢献してくれたザットと最初から手伝ってくれたマリーに対して余りにも失礼な事を仕出かしたと思う。
「さぁ、行こう」
白のシャツと青のズボンそして仕上げはいつもの青色のコートではなく、上は季節に合わせた分厚い青の上着を羽織る事にした。
襟元には寒さ対策に羽毛を敷き詰めた結果、物凄く冬場の服装になってしまったのは歪めない。
役職を失ってからはゲネシス王国は一切関わっていないので世界の情勢は最近知れていない。
しかし、蒼の騎士の称号を破棄してもなお彼女との交流は毎日ではないけど続いている。
寧ろマリーから僕に関わりを持ってくるから余計に続くのだけど。
モンスターもここ2週間でほぼ絶滅危惧種となった。
どうして、そんな早く絶滅まで追い込めるのか……もはや世界の外から操作をしているとしか思えないんだけど。
「スマホよし」
切り札をポケットに突っ込んだ。これが後に真実に向き合う為の重要な道具となり得るから。
騎士としての勤めでどうにか購入した小屋を後にして、僕は雪の道を踏ん張りながら進む。
本日はお日柄もよく……と言って良いのやら。外は雪がまだまだ降らせようとしている。
はっきり言って動きにくくて迷惑だけど。モタモタしていたら彼女との約束の時間が遅れてしまう。
「遅刻だけは避けないと」
マリー・トワイライト。かれこれ2週間前は王国の再建で忙しそうだったが、今日を持ってやっと落ち着ける日が来たらしく晴れて絶景スポットに行く予定を彼女から取り付けてきた。
その約束は記憶の限りではオウジャと渡り合っていた時に密かにどこかに行こうよと話し合っていた。
もう、過ぎた出来事だけどあの頃を思い出すとかなり感慨深いなあ。
あの時は異世界と現実世界を交互に忙しなく移動するという時期じゃなかったら異世界に集中出来たけど問題のオウジャ・デッキは強かった。
一緒につるんでいたアビスはザットの聞く所によるとどこかに逃げたんだっけ。
はーあ。ただ、最後の最後でアビスがあの奈落に飛び込む場面を取り押されられなかったのが後残りだけど……でも、彼の遺体は誰も見ていないようだ。
まさかとは思うけど、どこかで生き延びていたりするのだろうか?
「あっ、いたいた! ショウター!! こっちよ」
マリーは以前と変わらぬ服装だ。季節はすっかり冬でも変わらず、動きやすくしている白のドレス。
それはどことなく安心感を覚えてしまう。彼女の笑顔も合わさって余計に。
「待ってくれていたんだね」
「私もさっきここに来たばかりなの」
ただ……もしかしたらこの関係は終わるのかもしれない。こればかりは彼女の返答次第になるけど。
何かが込み上げてきそうになる。その気持ちをぐっと堪えて僕とマリーはいつか約束した場所へ目指す。
目的地はゲネシス王国から徒歩20分程度の距離にある。マリーが言うにはどうやら、そこに各国から観光目的で行っているだとか。
景色はさながら当然絶景なのは約束されている。ちなみにその場所は神社ばりにパワースポットのようでかなりご利益があるようだ。
これは是非とも行かなきゃ! ここ最近ずっと争いが続いて落ち着く暇がなかったからなあ。
「距離は結構あるけど、馬で移動しようか?」
「うん、そうしましょう」
馬の利用にはお金が不可欠。本来なら、男の僕としては金銭面については全額立て替えておきたかった。
けれど、そこをすかさずフォローするのがマリー。
「金銭は私が払うよ。貴方はここ最近小屋の方に身を置いているのでしょ?」
むー、痛い所を突いてきたな。
「うっ! 僕にお金がないと君は知っていたのか?」
「まぁ……ショウタは、2週間前から職をなくしていたからねえ。止められなかった私にも責任があるし」
別に贅沢な暮らしはしていなかった。けど、家の生活費と食料費諸々を含むと幾ら蓄えがあれど磨耗していくのは時間の問題。
今後の状況を予測すると、金銭は苦しくなるのは安易に見込めた。
当然何らかの職に注ぎ込めば、金銭に関しては安定するだろうけど……
「だから、今日は思う存分気にせず楽しみましょう! すいません、二人でフローラルへ!」
異世界に長く留まれば、現実世界の僕に確実に影響を及ぼす。しかもそれはもっと悪い意味でだ。
だからこそ、のんびりと異世界ライフを過ごしている訳にはいかない。
ある確証を持てたからこそ、僕は追求する。そこに知りたくなかった事実が待ち受けていたとしても!
「あぁ、お互い楽しもう」
街を出れば草原は街と同様に地面に雪が積もっていた。そこを馬は難なくリズム良く音を立てて進む。
時間にして20分から10分。その間僕は今も王国の側近として置かれているマリーの話を聞く。
現状、僕が居ない城ではショウタ・カンナヅキが城を去った事に対して半分の兵士が悔いているらしい。
けれど思っていた以上に切り返しも早く、ここ最近ではアルカディアによって多くの兵士と名のある側近を失ったのでその補充をしているとか。
「そういや……2週間を経て、治安団はどうなっているんだろう」
「気になるの?」
「アルカディアの決戦に最後まで付き合ってくれたからね。あれから、どうしているんだろうかザットは」
地上に何とか戻れた時はイクモ団長もライアン隊長も無傷ではなかった。
とりとめ一番傷が大きかったのはライアン隊長だった。あの傷を見る限り、治療の魔法を施しても数週間程度では元に戻らないだろうとマリーは言った。
そうなると必然的に代わりとなる隊長は必須。イクモ団長も前線に出るなんて叶わないだろうから治安団はかなりの苦労を背負わされているんだろうなあ。
「あくまでも風の噂だけど、ザット・ディスパイヤーはライアン隊長の代わりとして隊長代行を担っているみたい」
「えぇ!? そ、それは本当なのかい!?」
「とても信じられないのは私もよ。まさか、あんな傍若無人が隊長を勤めているだなんて」
そ、そうなんだ。あんな暴れん坊なザットがよりにもよって隊長代行。
単身で突っ込んだり、部下を蔑ろにしたりなど隊長に就くにはかなり無謀な采配だけど……果たして上手くやっているのやら。
「となるとライアン隊長は療養中か。治安団も結構追い込まれたんだね」
「ミゾノグウジン教との戦いは多くの被害を生み出してしまった。私達は結果的には平和を取り戻したけど、その際の犠牲は少ない」
多くの者が死んだ事実。異世界で彼等が死んだとなれば、現実世界にも死者が出ている筈。
それでも現実世界に影響がないとすれば特定の人物が介入するというのが条件になるのか。
「あっ、見て見て!」
マリーに言われて、馬車から前方に見える光景。それは言葉では到底表現しにくい美術。
視界に写る全てが花畑でカラフルな花が僕達を歓迎しているかのよう。
「綺麗だ」
雪が花に掛かっているのも相まって素晴らしい。ここが言わずもがな目的地なのだろう。
馬車から素早く降りたマリーは目に見える花に対し、ぐるぐると回っている。
とにかく楽しんでいるようで何よりだ。
「うわぁ! 最高♪」
さてと……この絶景を、思う存分堪能しようじゃないか。
本題に入るのはそれからだ。今はただ、楽しめればそれで良い。